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コンロボと黄金の朝  作者: 佐々木勇二


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第七話 告白の正解は、だいたい存在しない

 写真部の部室は珍しく静かだった。

 副部長は生徒会との展示会打ち合わせ。

 ナールはなぜか旧校舎の廊下で「夕方の光量変化を観測しています」と言って出ていった。

 たぶん、ただ窓際に立って黄昏れたいだけだ。

 部室にいるのは、僕と一年の後輩、藤野だけだった。

 藤野は展示用の写真を並べながら、ちらちらとこちらを見ていた。

 何だろう。

 何か言いたいことがある時の顔だ。

「……部長」

「うん?」

「好きな人って、いるんですか」

 僕の手が止まった。

「え?」

 藤野は慌てて手を振る。

「い、いや告白じゃないです!」

「そういう言い方されると逆に身構えるんだけど」

「違うんです、違うんです」

 彼女は顔を赤くしながら言った。

「ただ、部長って、誰にでも優しいから」

「……」

 その言葉は刺さった。

 優しいのか。

 優柔不断なだけではなくて?

「で、どうなんです?」

 藤野が少し身を乗り出す。

「……聞く?」

「聞きます」

「副部長とはそういう話してるじゃないですか」

「……ああ」

 そこまで見られてるのか。

 僕は少し考えた。

「……よくわからない」

 本音だった。

「副部長とは、なんか自然に話せる」

「はい」

「今村さんは、まだ何考えてるかわからない」

「はい」

「七瀬さんは、怖い」

「それはわかります」

「コンロボは……」

「そこ入れるんですか?」

「いや、なんとなく」

 藤野が少し笑った。

 その笑い方が、どこか安心したようにも見えた。

「部長って」

「うん?」

「鈍感なふり、してます?」

 僕は完全に固まった。

「……え?」

「だって」

 藤野は少しだけ視線を落とした。

「気づいてるのに、気づかないふりしてる時、ありますよね」

 言葉が出なかった。

 その時、部室のドアが開いた。

 ナールだった。

 しかも、なぜか椅子に腰掛けるように足を組み、部室の窓から夕日を見ている。

 その姿勢が妙に腹立つ。

「部長は」

 ナールが静かに言った。

「鈍感ですから」

「お前またそこか」

「事実です」

 藤野が小さくため息をついた。

「やっぱりそうなんだ……」

「いや、何が」

 その時。

 ドアがまた開いた。

 副部長だった。

 書類を持ったまま、部室を見渡す。

「……何この空気」

「いや」

 僕が言葉に詰まる。

 藤野がぱっと立ち上がった。

「な、何でもないです!」

 そして、その勢いのまま。

「部長!」

「はい?」

「……好きです!」

 沈黙。

 部室の時計の音だけが聞こえる。

 僕の思考が完全に止まった。

 副部長の眼鏡が、夕日を反射した。

 ナールだけが平然としている。

 藤野は顔を真っ赤にして、でもまっすぐこちらを見ていた。

 逃げたくなった。

 でも、逃げたらもっと駄目だ。

 僕は立ち上がった。

「……ありがとう」

 声が少し震えていた。

「でも」

 言葉を選ぶ。

 傷つけたくない。

 できるだけ。

「僕は……」

 何て言えばいい。

 正直に?

 曖昧に?

 その時。

 頭に浮かんだのは、今村さんの横顔。

 副部長の笑い方。

 七瀬の一言。

 全部がごちゃごちゃになった。

 結果。

 僕は最悪の方向へ進んだ。

「僕なんか、やめた方がいい」

 副部長が一瞬だけ目を細めた。

 ナールが小さく息を吐いた。

 でも僕は止まらなかった。

「見ての通り、鈍いし」

「……」

「頼りないし」

「……」

「ロボットにまで便通管理されてるし」

「そこは否定できません」

 ナールが挟む。

「今じゃない!」

 僕は続ける。

「だから、もっとちゃんとした人の方が」

 言い終わる前に、藤野が小さく笑った。

 笑っているのに、少しだけ目が潤んでいる。

「……そういうとこです」

「え?」

「部長、やっぱり優しいです」

 そう言って、彼女はぺこりと頭を下げた。

「でも、ちょっとずるいです」

 そのまま、部室を出ていった。

 ドアが閉まる。

 沈黙。

 副部長が静かに言った。

「……最悪ね」

「……ですよね」

 ナールが追撃する。

「最大限に相手を傷つけまいとして、自分も相手も損をする典型例です」

「分析するな」

 副部長が僕のネクタイをぐいっと上に直した。

 少し乱暴に。

「あんたは部長なんだから」

 一拍。

「最低限の威厳は保ちなさい」

 その声は少しだけ優しかった。

 優しいのに、妙に胸が痛かった。

 たぶん。

 僕はまた、間違えた。

 部室を出た頃には、外はすっかり夕方だった。

 校舎の窓が橙色に染まっている。

 帰り支度をしている生徒たちの声が、どこか遠くに聞こえた。

 副部長――桐島先輩は、何も言わずに僕の横を歩いていた。

 旧校舎の階段を下りる。

 昇降口を抜ける。

 校門を出る。

 そこでようやく、先輩が口を開いた。

「で?」

「……はい?」

「何であんな断り方したの」

 直球だった。

 僕は少し歩幅を落とした。

「……傷つけたくなくて」

 先輩は即答する。

「傷ついてたわよ」

「……ですよね」

「ものすごく」

「……はい」

 少しの沈黙。

 風が制服の裾を揺らす。

 校門前の街路樹には、今日も金色の鳩が二羽とまっていた。

 もう誰も驚かない。

 たぶん、この町の感覚は少しずつ麻痺してきている。

 副部長が前を見たまま言った。

「あんた、昔からそうなの?」

「何がです?」

「相手を傷つけないために、自分を下げるの」

 言葉に詰まった。

 図星だった。

「……まあ」

「癖ね」

「そんな感じです」

 副部長は小さくため息をついた。

「優しいっていうより、不器用」

「よく言われます」

「私にも?」

 心臓が少しだけ跳ねた。

「……はい」

 先輩は少しだけ笑った。

「でしょうね」

 そのまま並んで歩く。

 この沈黙は、不思議と気まずくない。

 むしろ落ち着く。

 いつもそうだ。

 しばらくして、先輩がぽつりと言った。

「でも」

「はい?」

「あの子、ちゃんとわかってたと思う」

「……え?」

「あんたが、傷つけないようにしてるってこと」

 僕は足元を見る。

「……それでも傷つけた」

「そうね」

 先輩はあっさり肯定した。

 でも、その声は責めるものじゃなかった。

「だから、今度ちゃんと話しなさい」

「……はい」

「逃げないで」

「……はい」

 商店街へ入る。

 夕方の人通り。

 買い物帰りの人たち。

 そして、やたら元気な声。

「竹内様!」

「うわ」

 いた。

 コンロボ型インフラ管理ロボ。

 なぜか総菜屋の前で待機している。

「またお前か」

「精神的安定の確認に参りました!」

「タイミングが良すぎるだろ」

「本日の竹内様の心拍・呼吸パターンから高ストレス状態を検知しました」

「だから何でそんなにわかるんだよ」

「寄り添い型支援です」

「インフラの仕事しろよ」

「排水管の点検は完了しております!」

「そこだけ妙に優秀なんだよな」

 副部長が小さく笑った。

「ほんと、あんたの周りだけ賑やかね」

「望んでないです」

「でも」

 先輩が少しだけこちらを見る。

「嫌じゃないでしょ」

 僕はすぐには答えられなかった。

 コンロボ型が誇らしげに胸ランプを点滅させる。

「竹内様だけでございます!」

「いやそこ喜ぶなよ」

 副部長が吹き出した。

 その笑い方が、少しだけいつもより柔らかかった。

 商店街の角で、先輩がふと立ち止まる。

「……ねえ」

「はい?」

「今日、私のこと見てたでしょ」

「え?」

 思考が止まった。

「いや」

「部室で」

「……」

「私がネクタイ直した時」

 終わった。

 顔が熱い。

「……見てました」

 正直に答えるしかない。

 先輩は目を細めた。

「そういうところよ」

 またそれだ。

 その一言で、何も返せなくなる。

 少し歩いてから、僕は思い切って聞いた。

「……先輩」

「何」

「何でいつも、そんなにわかるんですか」

「何が」

「僕の考えてること」

 先輩は前を向いたまま言った。

「長いから」

「……え?」

「付き合い」

 さらっと言う。

「夫婦みたいですね」

 口をついて出た。

 言ってから終わったと思った。

 でも先輩は少しだけ笑って。

「今さら?」

 と言った。

 その言い方が自然すぎて、逆に僕の方が落ち着かなくなる。

 コンロボ型が横からぼそっと言う。

「熟練個体同士の会話に類似しています」

「お前は空気を壊す天才だな」

「設計です」

 空を見る。

 夕焼けの向こうに、また銀色の点が三つ。

 UFOっぽいもの。

 でも今は、もう誰も空ばかり見ていない。

 僕もそうだった。

 今見ているのは、隣を歩く副部長の横顔の方だった。

 翌日。


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