第二十四話 旧校舎裏で、鳩はだいたい全部見ている
部室を飛び出した僕たちは、そのまま旧校舎裏へ向かった。
夕方前の薄曇り。
雨上がりの湿った匂いがまだ残っている。
先頭を飛ぶ黄金の鳩は、妙に迷いがなかった。
「ほんとについて行くのね」
副部長が半分呆れたように言う。
「でも」
今村さんが静かに鳩を見ながら言った。
「……呼ばれてる感じする」
わかる。
なぜか、そういう感じがあった。
ナールは横で淡々と歩く。
「誘導行動の可能性が高いです」
「お前、そういうの慣れすぎだろ」
「最近の日常です」
「否定できないのが嫌だな」
旧校舎裏の管理通路。
普段、生徒はほとんど来ない場所だ。
雑草が多く、コンクリートの隙間からも草が伸びている。
でも今日は違った。
「……綺麗」
副部長が思わず漏らした。
通路の先、排水溝の周辺だけが、異様なほど整っていた。
雑草が一本もない。
ゴミもない。
水の流れも完璧。
まるで、誰かが昨日一晩で全部やり直したみたいだった。
「……これ」
七瀬がしゃがみ込む。
排水溝の脇に、小さな金色の羽根のようなものが落ちていた。
「羽?」
僕が手を伸ばす。
触れた瞬間。
ほんの少しだけ、熱を持っていた。
「……金属?」
羽というより、薄い金属片。
でも、鳩の羽根そのものの形をしている。
ナールがすぐに覗き込む。
「高純度合金」
「鳩にそんなもの生えてるのかよ」
「通常の鳩ではありません」
「それは知ってる」
その時。
通路の奥。
旧設備室のドアが、わずかに開いているのが見えた。
黄金の鳩は、その前に降り立った。
振り返る。
僕たちを見る。
それから、また首をかしげた。
「……入れってことか」
副部長が眼鏡を押し上げる。
「ほんとにイベントみたいね」
七瀬はもうドアに手をかけていた。
「開ける」
「待て」
僕が思わず言う。
「何があるかわからない」
「だから開ける」
「正論だけど怖い」
七瀬が静かにドアを押す。
きい、と音がして開く。
中は薄暗い。
旧校舎時代の設備室らしく、配電盤や古い配管が並んでいる。
中央にあったものに、全員が足を止めた。
「……何だ、これ」
古い制御盤。
その上に。
金色の鳩が、七羽並んでいた。
全員、微動だにしない。
ただ、こちらを見ている。
その背後。
壁面いっぱいに、古いモニター。
そして。
校内各所の映像。
校庭。
旧校舎裏。
川沿い。
駅前。
商店街。
全部、見覚えのある場所だった。
「……監視システム?」
副部長が低く言う。
ナールが前へ出る。
「違います」
「何が」
「維持管理システムです」
モニターの一つに、文字が表示された。
URBAN ECO MAINTENANCE NODE 7
部屋が静まり返る。
「……ノード?」
今村さんが小さく言う。
ナールが続ける。
「都市環境自律維持補助端末」
僕は思わず言った。
「……つまり」
一拍。
「ほんとに清掃業者みたいなもの?」
副部長が吹き出した。
「ロマンがないって言ったばかりなのに」
でも。
たぶんそれに近かった。
七瀬がモニターを見つめる。
「学校だけじゃない」
画面には町全体のマップ。
排水。
街路樹。
公園。
交通。
雑草密度。
ゴミ滞留率。
全部が表示されている。
その中心に、小さく点滅する一つの表示。
TAKEUCHI / LOCAL RESPONSE CORRELATION
沈黙。
全員が僕を見る。
「……え?」
僕が一番意味がわからない。
ナールだけが静かに言った。
「やはり」
「何がやはりなんだよ」
「竹内さん」
「あなた、かなり見られています」
「それ昨日も聞いたよ!」
その時。
コンロボ型が胸ランプを光らせた。
設備室の配線へ近づく。
「……接続確認」
「お前、知ってたのか?」
一拍。
コンロボ型は珍しく、少しだけ声を落とした。
「部分同期対象です」
七瀬が即座に聞く。
「どういう意味」
コンロボ型は、僕を見た。
「あなたの行動範囲で」
「都市維持効率が上がる」
全員がまた僕を見る。
「……何で」
コンロボ型は首をかしげた。
「……私も知りたいです」
その答え方が、妙に本気だった。
そして。
モニターの一つが切り替わる。
そこに映ったのは。
屋上。
雨上がりの日。
僕たちが並んで立っていた、あの場面だった。
黄金の鳩は。
やっぱり全部見ていた。




