第二十二話 雨上がりの屋上は、だいたい本音が漏れる
雨が上がったのは、夕方近くだった。
校舎裏の騒ぎもようやく落ち着き、先生たちが排水ラインの応急固定を始めている。
コンロボ型は保健室――ではなく、なぜか用務員室に運ばれていた。
「機械系はこっちの方が落ち着く」と坂本さんが言っていた。
何でいるんだ、あの人。
僕は一人で屋上へ上がった。
何となく、空を見たかった。
雨上がりの空は妙に澄んでいた。
校庭の水たまりに、夕方の光が映っている。
金色の鳩が三羽、アンテナに止まっている。
遠くの空には、銀色の点が二つ。
今日はもう、何が飛んでいても驚かない。
「……いた」
振り向く。
副部長――桐島先輩だった。
制服の袖を少しだけまくっている。
今日一日、ずっと動きっぱなしだったからだろう。
「……お疲れさまです」
「ほんとよ」
そのまま隣へ来る。
距離が近い。
でも、もうそれが自然だった。
「……助かったわ」
「え?」
「今日」
「あなたがすぐ動いてくれて」
僕は少し言葉に詰まった。
「いや、僕は……」
「またそうやって下げる」
副部長が笑う。
「そういうとこ、直しなさい」
その言い方は、責めているというより。
少しだけ優しかった。
その時、屋上のドアがまた開く。
今村さん。
静かな足音でこちらへ来る。
「……いた」
今日、その台詞多いな。
今村さんは僕の反対側に立った。
風が少しだけ髪を揺らす。
「……今日」
一拍。
「ちゃんと見てた」
僕はそちらを見る。
「え?」
「動いてた」
「……」
「すぐ」
その言い方が、妙に胸に残る。
僕が誰かと話している時より、動いている時を見ている。今村さんはいつもそういう角度からだと、今日初めて気がついた。
今村さんは、僕が誰かと話している姿より。
こういう時の動きを見ている。
そういう人なのかもしれない。
その時。
またドアの音。
七瀬だった。
今日は珍しく、少しだけ制服が乱れている。
袖口に泥がついている。
さっきまで校舎裏にいたからだろう。
「……全員いる」
「そりゃそうなるわね」
副部長が小さく笑う。
七瀬は僕の少し前に立った。
空を見る。
夕焼け。
雨上がり。
金色の鳩。
銀色の点。
妙に綺麗だった。
「今日」
七瀬が静かに言う。
「よかった」
「何が」
「あなたが」
「迷わなかった」
その言葉に、僕は少しだけ息を止めた。
迷わなかった。
確かに今日は、珍しくそうだった。
動くべき時に動いた。
誰かを傷つけないように遠回りするんじゃなく。
ちゃんと動けた。
七瀬にそう言われると、妙に信憑性がある。この人は、こういう時に余計なことを言わない。
副部長が少しだけ僕を見る。
「成長したわね」
「……そうですか」
「ちょっとだけ」
「そこはもっと褒めてください」
今村さんが、ほんの笑った。
七瀬も。
たぶん。
口元が緩んだ。
その時。
屋上のドアが勢いよく開く。
「竹内様!」
「うわっ」
コンロボ型だった。
胸ランプはまだ少し不安定。
でも、もう歩けている。
「お前動いて大丈夫なのか」
「応急復旧です!」
「それ今日何回目だよ」
コンロボ型が僕の前まで来て、胸ランプを一度だけ強く光らせた。
「本日の機能向上率」
一拍。
「非常に良好です!」
「……何で」
「あなたが褒めたからです!」
沈黙。
副部長が吹き出す。
今村さんも少し笑う。
七瀬だけが真顔で。
「単純」
と一言。
でも。
その空気が妙に心地よかった。
屋上に並ぶ僕たち。
やや近い距離。
雨上がりの匂い。
夕方の光。
遠くの空。
副部長は自然で、今村さんは静かで、七瀬はまっすぐだった。
一つに絞ることが正解なのかどうかも、僕にはまだわからなかった。それよりも今は、全員が同じ空を見ているということの方が、不思議なくらい大事だった。
普通であることの話を、いつかこの三人にしてみたいと思った。たぶん、副部長には笑われる。今村さんには静かに聞かれる。七瀬には即座に論破される。
それはそれで、たぶん正解だ。
世界は相変わらず少し変だ。
こうして並んでいる時間が。
たぶん、今の僕の日常の中心になりつつあった。




