第十六話 合法的に割り込む女
昼休みの踊り場の空気は、その後もしばらく微妙だった。
副部長はいつものように笑っている。
今村さんは静かに窓の外を見ている。
僕はその間で、何をどうしていいかわからない。
ナールは階段の途中で黄昏れている。
たぶん一番腹立つ。
その空気を、さらに変えたのは、足音だった。
一定で、迷いがない。
かつん。
かつん。
振り向く。
七瀬だった。
制服の乱れ一つない。
表情もいつも通り。
でも。
なぜかこの場の空気を一瞬で読んだ顔をしていた。
「……何してるの」
静かな声。
副部長が先に答える。
「昼休みの会話」
「三者面談ではなく?」
その一言で、ナールが吹き出しかけた。
僕が睨む。
「お前も笑うな」
七瀬は一歩こちらへ来た。
視線が僕へ向く。
「竹内」
「……はい」
「あなた」
一拍。
「移動してください」
「……え?」
「ここは人の通行を妨げる可能性がある」
「そこ!?」
僕が思わず声を上げる。
七瀬は平然としている。
「踊り場に三名以上が長時間滞留することは避難導線上好ましくない」
「恋愛の空気に法律を持ち込むな!」
副部長が吹き出した。
「相変わらずね」
七瀬は副部長を見た。
「合理的です」
「それで?」
副部長の声が少しだけ柔らかい。
でも、目は笑っていない。
「竹内に何の用?」
七瀬は即答した。
「確認事項」
「何を」
一拍。
「誰と帰るのか」
沈黙。
空気が完全に止まった。
僕の思考も止まった。
「……え?」
七瀬は何でもない顔で続ける。
「最近、放課後の行動ログに偏りがある」
「ログで言うな!」
ナールが横から淡々と補足する。
「事実です」
「お前もやめろ!」
今村さんが、初めて眉を寄せた。
「……何で」
七瀬が視線を返す。
「何が」
「そこまで確認するの」
七瀬はほんの目を伏せた。
「……必要だから」
「何に」
副部長が聞く。
七瀬は数秒黙ってから、静かに言った。
「判断精度に関わる」
「またそれ」
僕が思わず言う。
「違う」
七瀬は即座に否定した。
その否定が強い。
珍しい。
「……違う?」
副部長が少しだけ目を細める。
七瀬はまっすぐ僕を見た。
「あなたが誰といるかで」
一拍。
「私の感情パラメータが変動する」
空気が凍る。
ナールがぼそっと言う。
「壊れていますね」
「お前はほんと黙ってろ!」
副部長は一瞬黙って。
それから小さく笑った。
「……正直ね」
今村さんも、静かに七瀬を見ていた。
たぶん、同じことを思っている。
この人は、自分の感情をロジックでしか言えない。
だからこそ、余計に本音に聞こえる。
僕は何も言えなかった。
七瀬はさらに続ける。
「よって」
また始まった。
「本日放課後、写真部活動終了後」
「駅前再開発エリアの追加安全巡回に同行してください」
「……え?」
「合法的です」
「いや何が!?」
副部長が笑いながら言う。
「デートのお誘いがそれ?」
七瀬は一瞬だけ止まった。
「……」
「違うの?」
一拍。
「……そうね」
今村さんが静かに僕を見る。
「……行くの?」
これが一番困る。
副部長の視線。
今村さんの視線。
七瀬の視線。
ナールはなぜか窓の外のUFOを見ている。
僕だけが何もわかっていない。
でも。
ここで曖昧にすると、また誰かを傷つける気がした。
「……行きます」
言った瞬間。
副部長が小さく笑った。
今村さんは視線を逸らした。
七瀬は。
ほんの少しだけ。
耳元の髪を払った。
それが、たぶんこの人なりの照れ隠しだった。
窓の外。
空には銀色の点がまた七つ。
でも今の僕には。
UFOより、こっちの方がよほど未知だった。




