第十四話 窓際の人は、だいたい全部見ている
翌週の月曜日。
朝の教室に入った瞬間、空気が少し違う気がした。
ざわめき。
いつもの月曜のだるさ。
でもその中に、どこか細い緊張が混じっている。
原因は、たぶん僕だった。
というより。
土曜の展示会のあと、副部長とモールへ行ったことを、思っていたより多くの人が見ていたらしい。
高校生の情報伝達速度を甘く見ていた。
席につく。
視線。
窓際。
今村さん。
……見てる。
いや。
今日は、たぶん本当に見てる。
いつもの「たまたま窓の向こうに僕がいる」感じではない。
視線が、ちゃんとこちらに向いている。
心臓に悪い。
絵島がぼそっと言った。
「怒ってるな」
「やめろ」
「いや、わりと本気で」
「……そんなに?」
「窓見てないからな」
僕は思わず今村さんを見る。
本当だ。
今日は外じゃない。
僕を見ていた。
その瞬間、目が合った。
今村さんは視線を逸らさない。
逆に僕の方が先に逸らした。
「……うわ」
「何したんだよお前」
「何もしてない……と思う」
そこへ、ナールが教室へ入ってくる。
いつもの完璧な眼鏡位置。
今日も腹立つほど整っている。
「おはようございます」
僕と今村さんの間の空気を見て、一拍。
「進展しましたね」
「お前は黙ってろ」
「今村さんの感情パラメータに揺らぎを確認」
「お前ほんと何でわかるんだよ」
「視線解析です」
「それもうやめろ」
一時間目の前。
僕の机の上に、またメモが置かれていた。
昼休み、屋上前
短い字。
綺麗な筆跡。
今度は名前が書いてあった。
今村
逃げられない。
昼休み。
屋上前の踊り場。
人の少ない場所。
風が少し強い。
金色の鳩が校舎のアンテナに二羽。
もう誰も騒がない。
でも、僕の方がよほど騒がしかった。
心臓が。
そこに、今村さんがいた。
階段の窓から入る光で、横顔が少し白く見える。
「……来た」
「うん」
短い沈黙。
でも今日は、先に今村さんが口を開いた。
「……土曜日」
「……はい」
「副部長といた」
直球だった。
「……うん」
「楽しかった?」
言葉に詰まる。
でも、ここで濁したら駄目な気がした。
「……楽しかった」
今村さんは少しだけ視線を落とした。
「……そう」
一拍。
その声が、少しだけ低い。
怒っているというより。
拗ねている。
その方が近い気がした。
「……怒ってる?」
また同じことを聞いてしまった。
でも。
今村さんは少しだけ眉を寄せて。
「怒ってない」
と答えた。
そして、少し間を置いて。
「……ちょっと」
「え?」
「……嫌だった」
思考が止まった。
風の音だけが聞こえる。
「……何が」
「……見たから」
「……何を」
「一緒にいるところ」
心臓が、また変な音を立てる。
今村さんは窓の外を見る。
でも、今日はすぐにこちらへ視線を戻した。
「最近、ずっと副部長といる」
「……」
「帰りも」
「……」
「モールも」
「……」
「写真も」
全部見られていた。
その事実に、変な汗が出る。
その言葉の意味は、もう少し別のところにある気がした。
「……今村さん」
「何」
「嫌って……」
「……寂しかった」
その一言で、頭の中が真っ白になった。
今村さんは、少しだけ顔を逸らした。
耳が、ほんの少し赤い。
「……だって」
小さな声。
「最近、ちゃんと話せるようになったのに」
その言い方が、妙に胸に刺さる。
僕はたぶん。
思っていたより、この人を見ていなかったのかもしれない。
その時。
「竹内ー?」
副部長の声。
タイミングが悪すぎる。
階段の下から上がってくる足音。
終わった。
でも。
今村さんは逃げなかった。
副部長が踊り場へ上がってくる。
一瞬で空気を読む顔。
「……あ」
またその“あ”だ。
副部長は僕を見て。
今村さんを見て。
少しだけ笑った。
「ごめん、邪魔した?」
今村さんが静かに答える。
「……まだです」
え。
副部長の目が少しだけ細くなる。
面白がっている。
たぶん全部見えてる。
僕だけが何も見えていない。
そんな気がした。




