第十三話 帰り道は、たいてい少しだけ本音になる
展示会が終わった頃には、外はもう夕方だった。
最後の来場者を見送り、展示パネルを半分だけ片づけたところで、副部長――桐島先輩が言った。
「行くわよ」
「……はい」
その一言で、僕は自然に鞄を持っていた。
もう説明はいらない。
駅前モール。
帰り道。
この流れは、気づけば僕たちの中でひとつの習慣になっていた。
夕方の商店街を並んで歩く。
人通りは多い。
でも、隣にいるのが副部長だと、不思議と落ち着く。
むしろ、一人で歩くより自然だった。
モールへ入る。
いつものように二階の時計前まで行ったところで、副部長が立ち止まった。
「今日は別行動なし」
「え?」
「疲れた」
それだけ言って、近くのベンチへ座る。
珍しい。
いつもなら服屋に行くか、雑貨を見に行くか、何かしら動くのに。
「……大丈夫ですか」
「大丈夫」
「ちょっと疲れただけ」
僕も隣に座る。
距離が近い。
でも今さら変に離れる方が不自然だった。
しばらく沈黙。
モールのざわめきだけが聞こえる。
下の吹き抜けでは、子どもが風船を追いかけていた。
平和だった。
「……ねえ」
副部長がぽつりと言った。
「はい」
「今日、楽しかった?」
「……はい」
即答だった。
「展示も」
「はい」
「みんな来て」
「はい」
「……私と帰るのも?」
心臓が一拍遅れた。
「……はい」
また即答してしまった。
副部長は笑った。
「素直でよろしい」
またそれだ。
でも今日は、その言い方が少しだけ違って聞こえた。
柔らかい。
少しだけ、安心したような。
僕は思い切って聞いた。
「……先輩は」
「何」
「楽しかったですか」
副部長は少しだけ視線を落とした。
「……楽しかったわよ」
一拍。
「思ったより、ずっと」
その言葉が、妙に胸に残る。
吹き抜けの上のガラス窓に、夕方の光が差し込む。
僕たちの影が、床に少し長く伸びていた。
「ねえ、竹内」
「はい」
「前から思ってたんだけど」
「はい」
「あなたって」
「私といる時だけ、少し自然よね」
言葉が出なかった。
図星だった。
副部長は続ける。
「今村さんの前だと、妙に構える」
「……」
「七瀬さん相手だと、素で感心してる」
「……」
「でも私とは」
一瞬。
副部長がこちらを見る。
「最初から普通」
僕は少し考えて、正直に答えた。
「……そうかもしれません」
副部長は目を細めた。
「それ、結構すごいことよ」
「……え?」
「私は」
一拍。
その声が少しだけ低くなる。
「そういう相手、あまりいないから」
また心臓がうるさい。
何か言うべきだ。
でも。
また言葉が出てこない。
その時。
「竹内様!」
「うわっ!」
来た。
コンロボ型。
しかもなぜかエスカレーターで二階まで上がってきている。
「何でいるんだよ!」
「巡回です!」
「モール内のどこをインフラ管理してるんだよ」
「精神的安定です!」
「お前本当にそれしか言わないな」
副部長が吹き出した。
「ほんとタイミング悪いわね」
「良いタイミングです!」
「お前は黙ってろ」
コンロボ型が胸ランプを明滅させる。
「竹内様の心拍数が上昇しています」
「やめろ!」
副部長が笑いながら、小さくため息をついた。
「……こういうのも含めて」
「好きよ」
僕の思考が止まった。
「……え」
「この感じ」
副部長は視線を逸らした。
「何か起きそうで、でも大したこと起きなくて」
「……」
「でも、ちゃんと毎日が進んでいく感じ」
少しだけ間。
「あなたといると、それが自然なの」
その言葉は、たぶん。
今までで一番、本音に近かった。
僕はしばらく何も言えなかった。
言葉にしたら壊れそうで。
壊したくないと思った。
この距離も。
この空気も。
この帰り道も。
全部。
その時。
モールの吹き抜けの上。
ガラス越しの空に、銀色の点が七つ並んで見えた。
またUFO騒動だろう。
でも今の僕には、それよりずっと大事なものが隣にあった。




