第十二話 写真は嘘をつかない、たぶん
春季写真展示会当日。
朝から旧校舎三階の部室は戦場だった。
「竹内、それ左」
「はい!」
「ナール、パネル角度三度戻して」
「了解しました」
「藤野、そのタイトルカードまだ?」
「い、今やってます!」
部室というより、もう指揮所だった。
副部長――桐島先輩が完全に司令塔になっている。
眼鏡の奥の目が、今日はいつも以上に鋭い。
僕は言われるがまま展示パネルを運び、ナールは無駄に正確なミリ単位で位置調整をしていた。
「……ナール」
「はい」
「なんでそんなに正確なんだよ」
「展示空間の視線誘導は重要です」
「なんでそこだけ妙にプロなんだ」
「設計です」
仕様便利だな。
午前十時。
一般公開開始。
思っていたより人が来た。
在校生。
先生。
保護者。
そして、なぜか地域の人までいる。
理由はすぐにわかった。
入口正面の一番大きいパネル。
そこに飾られているのは、例の一枚だった。
夕陽の商店街。
雑草を抜く小型UFO。
ガラスに映る僕と副部長の後ろ姿。
タイトル。
『何でもない帰り道』
副部長がこれをセンターに置いた時は驚いた。
でも今は、妙に納得していた。
「……これ、好き」
聞き覚えのある声。
振り向く。
今村さんだった。
制服姿のまま、静かに写真を見ている。
横顔に、展示室の白い光が当たっていた。
「……ありがとう」
僕が言うと、今村さんは少しだけこちらを見る。
「……普通で」
「いい」
前にも聞いた言葉だ。
今村さんの口から聞くと、また少し意味が違って聞こえる。
その時。
「へえ」
また来た。
この“へえ”は絶対面倒なやつだ。
副部長が僕の横に立っていた。
「今村さん、こういう写真好きなのね」
「……はい」
「私も好き」
空気が、ほんの張る。
僕は黙るしかない。
ナールが横でぼそっと言う。
「修羅場です」
「黙れ」
その時、入口が少しざわついた。
人が自然に道を空ける。
七瀬だった。
相変わらず、歩いているだけで空気が変わる。
展示室に入った瞬間、何人かが小さく声を上げた。
「あ、あの人」
「この前駅前で」
「チンピラ止めた人だ」
七瀬は何も言わず、ゆっくり展示を見て回る。
そして。
あの写真の前で止まった。
「……」
数秒。
静かな沈黙。
それから。
「これ」
指先が、別の一枚を指した。
駅前再開発エリア。
カラーコーン。
逃げる男たち。
そして。
夕方の光の中に立つ七瀬の横顔。
タイトル。
『合法ギリギリ』
副部長が勝手につけた。
七瀬は写真を見て、ほんの眉を寄せた。
「……タイトル」
「だめ?」
副部長が笑う。
七瀬は一瞬だけ沈黙して。
「……事実」
とだけ言った。
部長は今日も来ていなかった。どこかで何かを撮っているのだろう。それはそれで、いつも通りだった。
その時、展示室の外からやたら元気な声。
「竹内様!」
「うわ」
コンロボ型が来た。
しかも、なぜか入口に立って案内係みたいになっている。
「ご来場ありがとうございます!」
「何でお前が仕切ってるんだよ」
「来場導線の最適化です!」
「絶対楽しんでるだろ」
「否定は困難です!」
展示室の空気が少し和む。
その時、入口がまたざわつく。
「やあ、竹内君」
「……また“やあ”」
坂本さんだった。
しかも腕には紙袋。
「買えたんですか」
「買えたとも」
得意げに取り出される。
ギャバリン変身ベルト。
「ここで出さないでください!」
その瞬間。
展示室の窓の外がざわついた。
人が一斉に外を見る。
「……また?」
空。
校庭の上。
銀色の点が七つ。
いや、十。
ゆっくり降下してくる。
悲鳴。
ざわめき。
展示室が一気に騒然となる。
でも。
七瀬は窓を見て、すぐに言った。
「問題ない」
「え?」
「公園方向」
ナールも窓の外を見た。
「雑草除去ルートと一致」
「もう誰も驚かないんだな」
副部長が小さく笑う。
「この町、終わってるわね」
「始まってるのかもしれません」
ナールが静かに言った。
「何が」
「日常が」
その言葉に、僕は立ち止まった。
展示室を見回す。
副部長。
今村さん。
七瀬。
藤野。
ナール。
コンロボ。
坂本さん。
外では黄金の鳩とUFO騒動。
ここにあるのは、ちゃんと僕たちの日常だった。
その時。
副部長が小さく僕に言った。
「ねえ」
「はい?」
「今日終わったら」
一拍。
「またモール寄る?」
心臓が、また少しだけうるさくなる。
「……はい」
そう答えた時。
今村さんが、その会話をたぶん聞いていた。
七瀬も、たぶん聞いていた。




