4話 失われるもの
いつも読んでいただきありがとうございます。
夜は、まだ終わっていなかった。
街の外では、戦いが続いている。
止まらないものを、止め続ける戦い。
アオイの手は、もう感覚が曖昧だった。
掴む。捻る。外す。
何度繰り返したか分からない。
目の前のそれは、もう人の形をしていなかった。
関節は歪み、骨は浮き、動きは崩れている。
それでも、前へ進もうとする。
「……やめろ」
届かない。
腕を掴む。
捻る。
“バキッ”
また1つ、壊れる。
それでも、止まらない。
「……なんでだよ……」
声が震える。
何度止めても。
何度壊しても。
進んでくる。
背後で、仲間が叫ぶ。
「下がれ!数が――」
言葉が途切れる。
鈍い音。
振り返る。
仲間の1人が、地面に叩きつけられていた。
動かない。
「……っ」
足が止まる。
一瞬だけ。
その隙を、突かれる。
衝撃で体が吹き飛ぶ。
地面に転がる。
息が詰まる。
視界が揺れる中で、それがこちらに向かってくる。
壊れた体で。
歪んだ動きで。
「……来るな!」
立ち上がる。
構える。
だが、その時。
遠くから、光が見えた。
街の中心。
あの装置のある場所。
“稼働音”が変わる。
嫌な予感が走る。
「……ユイ」
名前をつぶやく、
気づいた時には、もう走り出していた。
戦いを、背にして。
街へ。
装置の前には、人がいた。
いつもと同じ列。
いつもと同じ静けさ。
その中に、ユイがいた。
アオイの足が止まる。
「……ユイ」
呼ぶ。
振り向く。
いつも通りの顔。
いつも通りの優しい目。
「アオイ?」
その一言で、胸が締め付けられる。
「……何してるの?」
分かっているはずなのに、聞いてしまう。
ユイは少しだけ困ったように笑う。
「順番、待ってるだけだよ」
“だけ”
その軽さに、言葉が詰まる。
「やめろ」
すぐに出た。
ユイは首を傾げる。
「どうして?」
当たり前のような問い。
「……必要だけど」
「だからだよ」
迷いがない。
「誰かがやらないと、守れないから」
その言葉に、息が止まる。
守る。誰を。何を。
「……それでいいのかよ?」
声が低くなる。
ユイは、少しだけ考えるように目を伏せる。
「……よく分からないけど」
顔を上げる。
「でも、誰かが困るなら、やるよ!」
その言葉は、あまりにも“いつも通り”だった。
だからこそ、苦しい。
列が進む。
ユイの番が近づく。
「……ユイ」
呼ぶ。
何か言わなければいけない。
止めなければいけない。
でも。
言葉が、出ない。
何を根拠に止める?
何を正しいと言える?
分からない。
ただ1つ分かるのは。
「……それ、やったら」
声がかすれる。
「……戻れない」
ユイは、少しだけ驚いた顔をする。
でも、すぐに笑った。
「大丈夫だよ」
その笑顔は、どこまでも優しい。
「アオイがいるでしょ?」
――違う。
そうじゃない。
「……っ」
否定の言葉が、喉で止まる。
列が、進む。
ユイが、装置の前に立つ。
「提出内容を確認します」
機械の声。
ユイは、少しだけ迷ってから言う。
「……大切な人との記憶を」
時間が、止まる。
アオイの視界が、揺れる。
「……やめろ」
今度は、声になった。
だが、遅い。
光が走る。
ユイの体が、わずかに震える。
そして。
「……あれ?」
小さな声。
ゆっくりと、こちらを見る。
その目に。
もう、自分はいない。
「……あなた、誰?」
世界が、音を失う。
アオイは、何も言えない。
ただ立っている。
ユイは少し困ったように笑う。
「ごめんね、知らない人に声かけられるの、ちょっとびっくりして」
その言葉が、刺さる。
何も残っていない。
全部、消えた。
アオイの中だけに残って。
「……ああ」
やっと出た声は、ひどく小さかった。
「……そうか」
それだけ。
それだけしか言えなかった。
装置は、静かに動き続けている。
誰かを削りながら。
守るために。
その前で、アオイは立ち尽くす。
何もできずに。
何も守れずに。
ただ1つ。
“壊す理由”だけを、手にして。
以後よろしくお願い致します。




