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happy end

HAPPY END


今までの想いを告白した小包を送った漣だった。けれど、栄嗣からの返事を待つ間は、居ても立ってもいられなかった。

告白などしないまま、今まで通りの親友で居た方が良かったのじゃないかと、後悔が何度も波の様に漣を寄せては返す。


この想いが成就できなくてもいい。

栄嗣の親友でいられさえすれば…だけど、もうそれさえも許してもらえないかもしれない。


二日後、小包を受け取った、というメールが栄嗣から来た。

漣の想いは受け取ったよ、とも書いてあった。

そして、今度家に帰った時に、漣の顔を見て、直に返事をするから…

と、続く。


この言葉の意味はどう解釈すればいい。

漣は悩んだ。

嬉しかった、想いは受け取った。という、栄嗣の言葉を信じるなら、漣の想いは通じた…と、言うことになる。

だが、すぐに返事をする気はない栄嗣には、本当のところは漣を恋愛の対象だとは認めてはいないのかもしれない。

それでも…

良い方に解釈すれば、親友の座は維持できるかもしれないのだ。

と、漣は半分諦め、半分胸を撫で下ろす結果に自重した笑みを浮かべた。


しょうがない。断られても後悔しないって決めて、あの手紙を書いたのだし…。

大丈夫さ、栄嗣と会う時は、親友の顔で居られる様、頑張ろう。


落ち込みそうになる自分を奮起させながら、漣は運命の時を待った。



冬休みが始まる。


受験生の漣にはクリスマスも正月も関係ない。毎日夜遅くまでの塾通いが続く。

毎年派手になっていくクリスマスイルミネーションが煌く住宅街に、毎度呆れながらも、なぜだか心が癒される。

あの灯火はクリスマスの魔法なのかもしれない。


栄嗣と一緒に眺めたのなら、どんなに楽しいだろう。

きっと居もしないサンタクロースについて、延々と語りあうんだ。そしてプレゼントは何がいいかなんて言いあって、僕は栄嗣が居ればなにもいらない…なんてさ…。


クリスマスイブの夜も漣には塾が待っていた。ありがたいことにクリスマスプレゼントと称して、テストまでも用意されている。だから早めに夕飯を終えて、しっかりと予習をするつもりだった。

西日が射し込み始めたガラス越しの机に向かう漣に、ふいに栄嗣からの着信音が鳴り響く。

あわてた漣は思わず携帯を床に落としてしまった。


「やば…」


大切に扱っていた栄嗣とのお揃いの携帯に少しだけ傷がついてしまい、漣は少なからずショックを受けつつ、栄嗣の声を聞いた。


「漣?」

「うん」

「なんだ?声、元気ねえな」

「今、あわてて携帯落っことして、傷がついちゃってさ…落ち込んだわ」

「なんだよ、そんなことぐらい」

「だって…(栄嗣とお揃いの携帯だし…)」

「今、大丈夫?」

「え?」

「俺、実家戻って、裏山の頂上まで散歩してるんだけど…来れる?」

「う、うん」

「この間の、返事をしたいからさ」

「あ…はい…わ、わかった。すぐ行くよ」

「うん、待ってる」


…良かった。普通どおりに喋れた…と、思う。


携帯を切った後、机に広げた参考書とノートを閉じた。

どんな返事にしろ、今日は塾など行く気にはならないだろう。

どっちみちテストの結果より、栄嗣から聞く結果の方がよっぽど重要だ。


漣はコートを手に急いで家を出て、裏山まで走った。


冬の落日は早い。

さっきまで天空が青かったのに、今はオレンジ色に染め尽くされている。

裏山の曲がりくねった階段を二段ずつ駆け上がる。

息が上がる頃になると、頂上が見えてくる。

乱れた息が微かに白い。

森と見紛うほどの林の間を吹き抜ける風の所為で、木陰は真冬の冷たさだ。

慌てて家を出た漣は、手袋とマフラーを忘れてしまったことを後悔した。

氷の様に冷たくなった両手を合わせ、息を吹きかけた。


栄嗣の姿を探す。


夕焼けに染まった展望台に黒い影が見える。

「栄嗣」と、声を掛けると、影はこちらを振り返り、手を上げた。

漣は少し緊張しながら、展望台を目指した。

栄嗣の顔はとてもじゃないが、マトモには見れたもんじゃない。




見慣れた風景も、こちらの気分でこんなにも違ってみえるものなのか…と、展望台に座り込んで漣を待つ栄嗣は変に感心した。


漣からの告白を受け取ってからひと月近くになる。

それだけの時間が栄嗣には必要に思えた。

漣への想いが一時の感情ではない証拠を、ひとつずつ確かめたかった。

その想いを強固にする為に。


漣への想いは、確かに友情だけだとは思えない。

漣を他者に奪われるのは嫌だし、なにより独占欲は自分でもおかしい程、自覚している。

しかし、このまま恋人になるには、色々と障害が大きすぎるのではないか…と、どうしても考えてしまう。

考えれば考える程、男同士の恋愛なんて、リスクばかりでメリットなんざひとつもないように思える。

それに学生時代のお遊びなら、それはそれで青春の影にでも日向にでもなりえるだろうけれど、社会人になってしまえば、足枷どころか、致命的な欠陥人間として扱われるかもしれない。

それを乗り越える力がふたりの愛情でしかないのならば、お互いにもっと理解や確かめなくてはならないことが山ほどあるのではないか…

と、栄嗣はふと我に返り、果たしてそこまで考える必要があるのだろうか…と、自分を笑ってしまう。


漣に会って話してみなきゃ、始まんねえよなあ~。



展望台を目指して階段を昇ってくる漣を、栄嗣は見つめた。


親友であったこいつを、恋愛の対象者として見れるのだろうか。

しかし、恋人同士になったとして、親友を辞めるルールなどは見当たらないようだから、親友プラス恋人ということになれば、お得感がある。


それに…さあ。


「寒いのに、呼び出したりして悪かったな」

「いや、全然大丈夫だよ」

「…勉強、大変なんだろ?塾とか…」

「大丈夫」

「そう、ならいいけどさ…」


栄嗣の隣に座りこむ漣は、自分を見つめる栄嗣に緊張して、まともに顔を見れず、正面の落日を見つめ続けた。


「おい、そんなに太陽を見つめ続けると、目が焼けるぞ」

「ん?…ホントだ。栄嗣の顔が黒い斑点でボケて見える」

そう言って、お互い笑いあう。


「ごめんな、漣。返事が遅れてしまって…。受験で大変な時に不安だったんじゃないかと、心配だったけれど…大切なことだから色々と考えたかったんだ」

「うん」

「好きな女の子なら、こんなに考えたりしない。適当にかっこつけて、付き合えば済む話だ。だけど俺は漣に嘘はつけないし、今まで散々だらしないところも弱いところも見せてしまっているからね。それでも俺を好きだと言ってくれる漣に、どうかして良い未来を歩ける道筋を見つけたかった」

「…あの…さ。僕は栄嗣に無理して好きになって欲しいとは微塵も思っていないよ。友情じゃない想いも確かにあるけど、それが邪魔なら、栄嗣への想いは捨てていいんだ」

「そうなの?でも…簡単に捨てられるぐらいの想いなら、もっと早く俺に言っていただろ?」

「…」

「あの空のチョコの箱には、漣の想いが詰まっていた。それに気づかずにいた俺はとんでもないアホウで、漣の親友を気取る資格はねえのかもしれないね」

「…」

「嬉しかったけれど、少し癪だったよ。だって、俺の方から漣に告白しようって思っていた矢先のことだったしさ」

「え?」

「漣に対して友情だけでなく、恋に近い感情が自分の根底にあるって認め始めていたからさ。漣に打ち明けなきゃって…でも親友に恋してますっていうのもなあ…恥ずかしすぎるよな」

「…ごめん」

「え?…別に漣を責めているんじゃなくて…さあ…」


心に溝の無いふたりでも、こんなわずかなやり取りに困惑してしまう。

一体友情と恋愛との違いはなんなのだ…と、栄嗣は怯みそうになった。



沈黙したふたりの真上を、森の巣へ帰るカラスがカアカアと鳴きながら飛んでいく。

陽は落ち、半分ほどになり、一時だけ燃え盛る空を魅せた。


毎日のように繰り返す落日なのに、美しく空を染め上げる空に、人々はそれぞれに心を揺り動かされる。

栄嗣にも漣にもその力を与えてくれるのなら…。


「なあ、漣。俺、チョコ買って来たんだぜ」

「え?」

「漣から貰った箱の店、探してさ。中身はわかんねえから適当に選んだけど、めっちゃ高くて驚いたよ。ほら…」


栄嗣がポケットから出した箱もリボンも、三年前に栄嗣が買ったバレンタインチョコと同じものだった。


「貰った奴と同じに二個入りの奴だ。一緒に食べようか」

「う…ん」


これを食べることに何の意味があるのだろう…と、漣は栄嗣の気持ちを測り兼ねた。けれど、栄嗣に後ろ暗さはないことだけはわかっているから、贈ったチョコの店を探し出して、買ってくれた栄嗣の想いは素直に喜ぶべきものだろう。


手の平に受け取った箱を開けると、白と黒のチョコが並んでいた。


「色んな種類のチョコがあって迷うよなあ~。見た目もどれがいいのかわかんなかったから、ホワイトチョコとビターにしてみたよ。好きな方を漣が選んでいいよ」

「…あ、あのさ」

「ん?」

「僕たち、どうなるの?このまま…親友でいられるの?」

「そうだな…。俺の希望としては…親友プラス恋人同士…ってことなんだけど、上手すぎる話かなあ~」

「プラス…できるの?」

「できたら将来同じものを目指し、切磋琢磨する技術者としても、尊敬しあえる同士だったら非常に有難い」

「…なんか…栄嗣のポジティブさに拍車がかかってる気がするんだけど…」

「…そうか?だってさ、せっかく恋をするのなら、世間を気にして下を向いて歩くより、笑いあって高みを目指した方が楽しいじゃん」

「…そりゃそうだけど…」


そんな美味しい話が、うまく転がっているわけない…と、漣はこれまで隠し続けてきた栄嗣への想いと、栄嗣の馬鹿みたいに能天気な話を比べていた。


「人目のある時は親友同士、ふたりきりの時は恋人同士。どっちも嘘は付いてないから、後ろ暗くもねえし、人にも堂々と漣を紹介できる…駄目かな」

「…」


漣は栄嗣を見つめた。

見慣れた、整った誰よりも好きな栄嗣の顔は半分は夕日に染まり、半分は暗い影になっている。


自信ありげな栄嗣でも、踏み出したことのない領域にきっと不安もあるのだろう。それでも漣と一緒に歩き出そうとしてくれている。

縮こまる漣に、精一杯手を差し伸べてくれる栄嗣の勇気を、漣は受け取ろうと覚悟した。


「良いと思う。嘘つかなくていい事も、親友で居られることも、こ、いびと同士ってことも…ありがたいし…」

「だろ?我ながらいいアイデアだよなあ~。で、セックスだけどさ、上か下か、攻めか受けか、入れるか入れられるかは…ジャンケンでいいよな?」

「え?…」

「その方が公平じゃん」


この場合の栄嗣が、半分本気で半分冗談なのはわかっている。だから漣も同じように返した。


「じゃあ、僕はいつもグーを出すからね。決定権は栄嗣に負わせるよ」

「…なんだよ。人に責任押し付けるのは漣の悪い癖だ」

「栄嗣のはもっとタチが悪いだろ。でも…エッチするよりも先にさあ…お互いの感情を恋愛モードにしなくちゃね。…色々大変な気がするけどさ」

「そうなんだよね。漣は俺とセックスできる?つうか、俺で抜いてたりするの?」

「…た、まにはね」

「そっか…。じゃあ、俺の方がもっと漣への恋心を育てなきゃなあ~」

「…うん」

「可愛がって育てりゃ、愛しさも募る…もんじゃねえ?」

「…そう…だと思うよ」


始まったばかりの恋愛を、栄嗣は育てていこうと言う。漣もまた栄嗣への想いを懸命に育ててきた。そしてこれからもっと、大事にしていこう。ふたりが仲よく生きていけるように。


「チョコ食べよう。漣が選んでよ」

「うん」

漣は白いチョコを選び、栄嗣は残ったビターを口に入れた。


「あまっ」

「にがっ」

同時に声に出した言葉は反対の意味だったけれど、ふたりには心地良い。


「じゃあ、お互いの味を混ぜ合わしてみない?そしたらちょうど良い塩梅になるかもしれねえし」

「え?どうやって?」

「そりゃ、こうやるのさ」


そう言うと、栄嗣は漣の腕を掴んで引き寄せ、自分の口唇を漣の口唇に合わせた。

口を開き舌を入れ、お互いの口に残るチョコを混ぜ合わせ、味わった。


「…どう?」

「…どうって…ビックリし過ぎて味がわかんなくなっちゃった…」

「もったいねえな。高級チョコなのに」


栄嗣の笑い声がすっかり暮れた辺りに響く。


頂上にひとつだけの電灯に灯りが点いた。

薄暗い灯りは頼りないけれど、ふたりの影をはっきりと地面に映し出す。

展望台から見渡した街も、あちこちに灯りが灯り始めた。


「…クリスマスの奇跡かもね」

「なにが?」

「栄嗣とこんな風になれるなんて…不思議だから」

「奇跡じゃねえよ。漣を親友って決めた時から、ここに繋がってたんだよ。これからだってず~っと続くんだから、いちいち奇跡なんか言っていられねえよ」

「…栄嗣ってさ」

「なに?」

「ロマンチストなのか、リアリストなのかわけわかんねえよねぇ」

「そんな事、今気づいたの?」


「いいや、かなり前から知ってたよ」



ふたりは顔を合わせて微笑んだ。

出会った頃よりもずっと、ずっと大好きな笑顔だなと、栄嗣と漣はそれぞれに思った。



   終


挿絵(By みてみん)



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