表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水の守護者は光の犠牲を選ばない ~前世、世界を救った光は「嫌」を、光を失った水は「選ぶ」を覚える〜  作者: 水音乃碧
第1章 邂逅

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/10

第2話 会議のほころび

二つの組織の合同会議は、開始から三十分ほどで、すでに本来の形を崩し始めていた。


部屋の中央では、風と大地の神官が顔を紅潮させ、交互に声を張り上げている。飛び交う非難の矛先は、何度も対面に座る魔術機関の席へと向けられていた。


「そもそも、禁忌魔法がこうも減らぬのは、魔術士どもの怠慢ではないか」


「まったくですな。なぜ我ら神官が、あのような危険で穢れた地へ赴かねばならんのです。その実務を果たすべきは、魔術機関の役目でしょう」


強い言葉が天井に跳ね返る。


本来なら、禁忌魔法への対策を詰めるための場であるが、議論にすらならず、不満と責任転嫁だけが積み重なる空間へ変わっていた。


精霊へ祈り、その力を乞う神官と、精霊を操り災厄へ刃を向ける魔術士。同じ精霊に関わりながら、両者の流儀は根本から違う。その溝が、こうした場では決まって表へ出てしまう。


非難を向けられている魔術機関側の席は、不自然なほど静かだった。誰もが口を開かず、神官たちの言葉を否定すらしない。


反論する意味がないからだ。魔術機関は、魔術士を束ねてはいるが、その行動までは縛れない。依頼を受ける義務は、原則としてない。動くかどうかは魔術士本人が決める。国に仕えるのも、剣を売って生きるのも、その者の自由だ。


それでも、歪みへ向かうのは、いつも彼らだった。


赤い髪を無造作に束ねた炎の守護者は、椅子の背に深く体重を預け、苛立ちを隠さず指先で机を叩いている。三十をいくつか過ぎた女性で、勝気な面立ちに、火の気質そのままの激しさが滲んでいる。


その隣、肩幅の広い大地の守護者は微動だにしない。厚い体躯を椅子へ据えたまま、重たい視線だけを中央の神官たちへ向けている。


その先、席の最も奥に、白髪の老人が腰を下ろしていた。ハイランディアの光の守護者。深い皺の刻まれた顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。この騒ぎを眺めているのか、それとも眠っているのか、傍目には判じがたい。


レヴィンもまた、最端の席で何も言わずに座っている。緑の瞳は冷ややかに澄み、目の前の騒音すら背景音として聞き流しているようだった。


ただ一人、風の守護者だけが、どこか愉快そうにその様子を眺めていた。仕立ての良い上衣を品よく着こなした、細身の男。薄く笑みを浮かべた唇とは裏腹に、眼鏡の奥の目は、寸分も笑っていない。


その視線は無意味な議論ではなく、この部屋に流れる“別の空気”を追っていた。室内に満ちた精霊たちの気配が、先ほどから妙に落ち着かない。嬉しげに、ひとつの場所へ引かれるように集まっていく。


精霊たちが引かれているのは――光の象徴、シルヴィーンだった。


象徴とは、聖五大国において、各国が戴く属性を体現し、祭事に立つ神官のことであり、本来、その役目は神殿の長たる神官長が兼ねるものだ。

そして、聖五大国の神官長のみが、その国が象徴とする属性を冠した名で呼ばれる。


だがハイランディアでは、神官長の位を持たないシルヴィーンが、光の象徴として祭事に立っている。なぜ彼女がその位を拒み、象徴の役目だけを担っているのか、その理由を知る者はいない。


神官長でない以上、「光の神官」と呼ぶことはできない。呼ぶ名を失った空白を、人々は自然と埋めていった。――光の姫、と。


そんなシルヴィーンが、このような公的な合同会議へ姿を見せるのは、初めてのことだった。


顔の上半分を覆う白い仮面は、繊細な銀の彫金を施され、朝の陽光を受けて淡くきらめいている。中央に嵌め込まれた青い宝石は、その奥の瞳と同じ色をしていた。本来なら祭事でしか見ないような古めかしい仮面が、この殺伐とした会議室の中で、奇妙なほど自然にそこにあった。


シルヴィーンは身じろぎもせず、背筋を伸ばしたまま、ただ静かに、中央で激昂する神官たちを見つめている。神官や守護者の放つ威圧的な空気に呑まれる気配は微塵もない。


風の守護者は、眼鏡を指先で軽く押し上げながら、わずかに目を細めた。


会議室には、なおも神官たちの高圧的な声が響いている。


「風の神官様、大地の神官様」


重なっていた怒声が、ぴたりと途切れた。大声で遮ったわけではない。ただ、激流の中へ静かに石を置いたような、澄んだ声音だった。張り詰めていた空気が、わずかにほどける。


会議室の視線が、一斉にシルヴィーンへ集まった。シルヴィーンは一瞬だけ目を伏せると背筋を伸ばしたまま、穏やかに言葉を続ける。


「お二人が世界の平穏を想われていることは、今のお言葉でよく分かります」


風の神官の表情が、わずかに緩んだ。自分たちを肯定する言葉だと思ったのだろう。そのまま美談として流れていく――はずだった。


「ですが、魔術はとても繊細なものです。そのように叱責されるだけでは、お二人のご卓見は、現場の者たちには届きません」


空気が、静かにずれる。否定の言葉ではない。


だが、先ほどまで部屋を支配していた神官たちの勢いだけが、綺麗に止まっていた。


「どうか、類稀なる力をお示しください」


シルヴィーンは、小さく首を傾げ、穏やかな声のまま続ける。


「禁忌魔法の解除方法を……凶暴な魔獣への対処方法を、今この場で私にもご教示いただけませんか」


水を打ったような静寂が落ちる。誰も動かない。


炎の守護者の指先が止まり、大地の守護者がわずかに顔を上げた。風の守護者は、口元を押さえたまま目だけを細めている。神殿側の後方に控えていたサイラスは、額に手を当て、小さく息を吐いた。


中央に立つ二人の神官は、完全に言葉を失っている。やがて長い沈黙に耐えかねた風の神官が、わざとらしく咳払いをした。


「も、もちろん、我らの手本を見せるのは一向に構わんが……しかし、生憎とここには禁忌魔法の魔法陣もなければ、獰猛な魔獣もおらぬからな。ゆえに、今ここで実演せよと言われても叶わぬ。実に遺憾ではあるが」


言葉の最後が、わずかに鈍る。


「大丈夫です」


シルヴィーンの柔らかな声が、すぐに返る。仮面の奥の青い瞳が、真っ直ぐ二人を見つめている。


「会議の前、魔術機関の方が研究用の魔獣を地下演習場へ運び込むのを見かけました。すぐにこちらへ連れてくるよう、手配いたします」


部屋の空気が、完全に止まった。もはや誰も言葉を返せない。


炎の守護者は顔を伏せ、肩を小刻みに震わせ始める。風の守護者は堪えきれないように笑いを漏らし、サイラスは諦めたように目を閉じた。レヴィンだけが、何も言わずに少女を見つめている。


中央の二人の神官は、顔を青から赤へ変えながら、互いに視線を交わした。


「あっ、いや……そういえば今日は朝から少々、胃の調子が優れぬのを失念していた。実演は次の機会にするとしよう」


大地の神官が、渡りに船とそそくさ扉へ向かう。だが風の神官は、その手前で足を止めた。屈辱に赤らんだ顔のまま、ゆっくりとシルヴィーンを振り返る。


「……貴女とて、神殿に連なる身であろう。それがよりにもよって、魔術士どもの肩を持つとは」


責める声というより、理解の及ばぬものを前にした戸惑いに近い。神官か、魔術士か。どちらの側に立つのか――この男にとっては、それが何よりも先に来る。


だが、シルヴィーンは応えなかった。


魔術士の肩を持ったつもりはない。神殿の者が口にした言葉を、同じ神殿に立つ者として止めた。ただ、それだけのことだった。


その沈黙に、風の神官は、ふん、と鼻を鳴らした。


「象徴の名を戴きながら、位のひとつも受けぬ娘が――ずいぶんと大きな口を叩く」


吐き捨てるように言い残し、逃げるように背を向ける。

バタン、と重い扉が閉まり、残された室内の空気が、ようやくゆるく沈む。


「これはまた……」


風の守護者が、背もたれへ寄りかかりながら呟いた。その視線は、神殿側の端に座るシルヴィーンへ向いている。


「光の姫、お初にお目にかかるが……訂正しよう。とんでもなく面白い姫だ」


シルヴィーンは一度だけそちらへ視線を向けたが、何も言わず、すぐに興味を失ったように中央へ視線を戻した。


会議が崩れ始めた時から、彼女はすべてを見ていたのだろう。


誰が何を言い、誰が黙り、誰が止めるべきか。

必要なところにだけ手を入れ、終われば追わない。去っていった神官も、投げつけられた言葉も、もう彼女の中には残っていないようだった。


空から、あの無防備な姿で落ちてきた時と、同じ目だ。


レヴィンは何も語らない。ただ静かに視線を伏せ、眼前の書類へと目を戻した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ