200ページ
十歳までクソの掃き溜めのような場所で過ごしてきたオルチェにとって、老人の家で暮らすことは大きな変化だった。まず、家自体が壊れそうにもないような頑丈な建物であること。雨漏りは一切しない。そして、硬い地面ではなく、フカフカのベッドで安心して寝ることができた。食べ物だって、初めて見るような温かい物。白い煙――湯気が美味しそうな香りが鼻を突き抜ける。
初めは躊躇していた。ここで暮らすことに。つい最近までボロボロの身なりをしたクソガキがこうして裕福そうな家に住むこと自体がおかしいと思っていたから。この場所にいること自体が相応しいとは思えない。それでもオルチェが遠慮をすると、老人は殴ってきた。「私はこうしてきみのために尽くしてあげているんだ。感謝しろ」と。
どこが。一方的なありがた迷惑だとも思える。確かにこう言った生活は老人の援助なしでは不可能だろう。だとしても、だ。なぜに見ず知らずの人間が、赤の他人の自分にこんな待遇をくれるのか。
老人は言う。
「何も疑問に思うな。ここできみは過ごすだけ」と。
そう言われると、疑問に思うしかなかった。何かの罠だと思うしかなかった。オルチェは心の中で神様はいないと断言しているのだ。信じたところで、こうした生活はできていても――貧しいながらも本物の家族と過ごした日々が忘れられなかったのだ。それに「オルチェ」だなんて名前は本当の名前じゃない。
「私を父と思いなさい」と老人は言う。
そう思わない。思いたくなかった。父親は死んだ。確かに目の前で死んで逝った者こそが自身の父親。老人が父親ならば、世の中はおかしいだろう。
こうした生活が続いて四年が経った頃。老人の部屋に偶然訪れたときだった。この部屋にやって来た理由は本を読むため。そのためならば、快く許してくれたから。それ以外で立ち入ることを禁止しているのだから。
どの本を読もうか。適当に取った本を片手に部屋を出ようとするのだが――。
老人の部屋にある机の上――そこには一通の封筒があった。老人宛の手紙であることには間違いない。本来ならば、オルチェはそれを手にして読もうだなんて思わなかった。だけれども、読みたくなった。今、彼は外出しているから。あとで元に戻せばいい。そう思って。
見た。そこに書かれていたのは軍養子補償金制度という文書だった。内容は養子として招き入れた子どもが軍を定年退役、もしくは殉職するまでに従事させるならば補償金がもらえるという制度である。この文書を見て、一瞬にして老人の目論見がわかった。補償金をもらうためにオルチェを強引に拾ってきたのだ。身寄りがいないから。独りで生きていた自分に狙いをつけて。じゃなきゃ、ああして見知らぬ人間に屋根付きの家を提供なんてするものか。
事実を知ったオルチェは吐き気がした。老人の家から逃げるようにして出た。その日の内に。追手が来ないように、身を潜めながら。
それでも自分に行く宛がないのも事実だった。




