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第3話 ドレスでの空中散歩

王都の南門は、文字通り地獄と化していた。


「ギャオオオオオオオオオン!!!」


天を衝くような咆哮とともに、漆黒の鱗を纏った巨躯――『災厄級・黒炎の巨竜』が、口からすべてを焼き尽くす黒炎のブレスを吐き散らしている。

防衛線の石壁はドロドロに溶け、王都の兵士たちは迎撃の術を失って絶望に泣き叫んでいた。


「くっ、団長としての義務を果たさねば……!」


その地獄の最前線に誰よりも早く駆けつけたのは、なんと白銀の鎧ではなく、夜会用のシルクドレスを翻したエレノア様だった。執務室で警報を聞いた瞬間、彼女は鎧を着直す時間すら惜しみ、愛馬を駆って一人で前線に突っ込んでしまったのだ。


「だ、団長! 避難してください! 鎧なしでは――」


「黙りなさい! 領民が焼かれているのに、私が退けるわけがないでしょう!」


だが、無慈悲な巨竜の赤い眼が、無防備なドレス姿のエレノア様を捉えた。

質量を持った圧倒的な『殺気』とともに、巨竜が大きく(あぎと)を開く。その奥で、すべてを消滅させる黒い炎が爆発的に膨れ上がり――最大出力の黒炎ブレスが、エレノア様目掛けて放たれた。

直撃すれば、一瞬で灰になる――その刹那。


――スン……。


彼女の目の前で、極大の黒炎が音もなく消滅した。


「え……?」


呆然とするエレノア様の細い腰を抱きかかえる。

同時に、ふわりと彼女の金髪から、もの凄くいい匂いが俺の鼻腔をくすぐった。


「言ったでしょう。俺の隣から1ミリも動かないでください、と」


いつの間にか追いついていた俺――アルトだった。


「あ、アルト!? なぜここに……! 危険です、下がりなさい!」


「危険なのは鎧もなしに突撃したエレノア様の方です。……まあ、俺の結界の範囲内(ここ)にいる限り、世界中のどこよりも安全ですがね。少し揺れますよ」


俺はドレス姿の美しいエレノア様をしっかりと抱きかかえたまま、何もない空中へと一歩を踏み出した。


(結界・空中固定。階段状に配置)


スカッと落ちるはずの足元には、目に見えない強固な【透明の足場】が完璧に固定されている。竜の追撃を避けるため、俺は何もない空中を、まるで透明な階段を上るようにトントンと軽快に駆け上がっていった。

下で見守る兵士たちからは、ドレス姿の団長と地味な盾役の男が、重力を無視して夜空を散歩しているように見えているはずだ。


「ガァ、ガオ……!?」


空中から迫り来る羽虫のような人間に気づき、黒炎の巨竜が今度は巨躯を烈風のように翻し、その凶悪な尾を叩きつけてきた。山をも砕く質量の一撃。

だが、それすらも俺の周囲3メートルに触れた瞬間――。


パキィィィィィン!!!

「ギャァアアアアアアアアン!?」


カウンター機能が発動。巨竜が込めた自重と怪力の100倍の衝撃が、そのまま自身の尾に叩き返された。パキパキと漆黒の鱗が砕け散り、竜が自らの力によって空中でもんどり打って悲鳴を上げる。


「さて、暴れるトカゲは箱に閉じ込めるに限る」


俺は竜の頭上、遥か上空の透明な足場から、眼下の化物を見下ろした。

ポケットから片手だけを出し、竜の巨躯を囲むように指をパチンと鳴らす。


(結界展開――【透明の檻・完全監禁型】)


ガギィィィィン!!!


次の瞬間、巨竜の身体の皮膚からわずか「3ミリ」外側の空間に、立方体の透明な結界が超高密度で形成された。


「グルゥ……!? ガ、ガオ……っ!?」


竜が翼を羽ばたかせようとした瞬間、その動きがピタリと止まる。

範囲外に動こうとすれば、自分の筋肉の動力がそのまま100倍の衝撃となって自分自身に跳ね返るハメ殺しシステム。

翼を動かせば翼が砕け、顎を開こうとすれば顎が噛み砕かれる。

巨竜は空中に固定された「透明な箱」の中で、ピクリとも動けないまま、ただただ恐怖に目を血走らせて静止するしかなかった。


「これで終わりです」


俺は拘束された竜の脳天に向けて、人差し指を向けた。


(内部衝撃・カウンター蓄積値解放)


ドォォォォォォォン!!!


結界の内部だけで、先ほど竜が放ったブレスと尾撃の衝撃が、何千倍にも増幅されて大爆発を起こした。外側には一切の音も風も漏れない。透明な箱の中で、災厄級の巨竜は完全に肉片へと変わった。

結界を解除すると、灰となった竜の残骸が、夜風にさらさらと溶けて消えていった。


「……信じられない。国家壊滅級の竜を、本当に指一本触れずに……」


ドレスの裾を揺らしながら、腕の中のエレノア様が感極まったように俺を見つめる。


「アルト、あなたはやはり……私の最高のバディです。どこにも行かないで……」


だが、王都を救った余韻に浸る間もなく、俺の目に信じられない光景が浮かび上がった。

上空の透明な足場から王都を見下ろすと、南門の向こうから、きらびやかな黄金の馬車が数十台の近衛兵を従えて遠ざかるのが見えた。

馬車に刻まれているのは、この国を牛耳る無能な上級貴族――『王立賢人会議』の紋章。

俺を「無能のゴミ盾」として聖騎士団に追放し、エレノア様を我が物にしようと画策していた、あの因縁の守銭奴どもだった。

領民を盾にして自分たちだけ逃げようとするクズどもを、俺ははるか上空から冷たく見下ろした。

俺の結界の展開射程は、『俺の視界が届く範囲すべて』。


「エレノア様。あのクズどもの足を、今ここで止めましょう」


ポケットの中で、そっと人差し指を動かす。


(結界展開――対象、賢人会議の馬車一族。移動空間の完全遮断)


ガギィィィィン!!!


逃げ惑う領民を跳ね飛ばさんばかりの猛スピードで加速していた黄金の馬車群。

その鼻先に、俺は目に見えない【透明の壁】を静かに落とした。

――激突音すら、起きなかった。


「ブ、ブヒヒヒィン!?」


「な、なんだ!? 馬車が動かん! 空間に張り付いたように、1ミリも進まないぞ!?」


すべての運動エネルギーを100%遮断・吸収され、馬車群はその場で「ピタリ」と完全静止した。

慣性で前へ投げ出され、馬車の内装に顔を強打して鼻血を流す貴族ども。

馬車の窓から顔を出したゼクスが、血の気の引いた顔で狂ったように絶叫しているのが、はるか上空の俺の目にははっきりと見えていた。


(これで、あいつらの逃げ道は完全に塞いだ。……さて、明日になれば敵前逃亡の罪で破滅するあの無能どもが、今夜どんな『悪あがき』をしてくるか、見ものだな)

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