第2話俺は規格外のバディ、まずは身内を分からせる
アルベールを指一本触れずに精神崩壊させた翌朝。
俺――アルトは、約束通りヴァルキリー聖騎士団の最深部、団長執務室の前にいた。
ノックをして中に入ると、そこにはすでに、まばゆい白銀の鎧に身を包んだエレノア様が凛とした姿で机に向かっていた。
「待っていましたよ、アルト。……さっそくですが、あなたの『絶対防衛の自動魔障壁』の正確な仕様を、私に報告しなさい」
エレノア様は氷のように冷徹な敬語のまま、だが、その青い瞳の奥には隠しきれない期待の熱を宿して俺を見つめる。
俺はポケットに手を入れたまま、淡々と事実だけを告げた。
「はい。俺の結界の展開射程は、俺の視界が届く範囲すべて。発動条件は『全自動パッシブ(常時発動型)』。俺が寝ていようが意識を失っていようが、俺に敵意や衝撃が向けられた瞬間、脳の処理を挟まずに0秒で展開されます。遮断率は物理・魔法・呪いを含めて100%。あらゆる衝撃をそのまま相手に跳ね返すカウンター機能付きです」
「――ッ」
仕様を聞き終えた瞬間、エレノア様がゴクリ、と息を呑む音が静かな室内に響いた。
彼女は机を両手で叩き、身を乗り出す。その美しい顔が、戦慄と――そして歓喜に震えていた。
「全自動、常時発動、あらゆる衝撃の100%遮断……。アルト、あなたは自分が何を言っているか分かっていますか? あなたはただの便利な盾役などではない。戦術、戦略、果てはこれまでの戦争の前提すらすべてを根底からひっくり返す……歩く『国家級の核兵器』です。我が聖騎士団は、とんでもない怪物を引き入れてしまったようですね」
「……最高の評価、光栄です」
エレノア様は俺をただの無能盾と侮らず、その異常性を一瞬で理詰めで見抜いてくれた。
この「完璧な鉄の女」が、俺の実力に完全に魅了されているのが分かって、少し口元が緩む。
だが、その時だった。
バァン! と乱暴に執務室の扉が開け放たれた。
「団長! 失礼します! 納得がいきません!!」
入ってきたのは、ヴァルキリー聖騎士団の精鋭部隊を率いるベテラン騎士、ガイルだった。その後ろには、同じく前線で修羅場をくぐってきた猛者たちが、不満げな顔でゾロゾロと連なっている。
「昨日の噂は聞きました! 隣国の使節をハメ技で追い返したとか! ですが、そんな攻撃魔法すら使えない地味な盾役の男を、いきなり団長の『最高待遇の専属バディ』に抜擢するなど……命をかけて前線で戦ってきた我々への侮辱です!」
ガイルは俺を忌々しげに睨みつける。ベテランたちからすれば、得体の知れない新入りがいきなりトップの隣に座るのが気に入らないのだろう。なろうの様式美とも言える、見事なフラグの乱入だった。
エレノア様は、ため息すらつかなかった。
ただ、その美しい顔から一切の感情が消え、絶対強者としての冷酷な笑みが浮かぶ。
「ガイル。そしてベテランの皆。……あなたたちは、私の目が狂っていると言うのですか?」
「ただこの男がそれに見合うか、我々の目が納得いかないのです!」
「よろしい」
エレノア様は静かに立ち上がり、腰の細剣に手をかけ――そのまま、俺を指し示した。
「なら、全員で、アルトに全力で斬りかかりなさい。魔法でも剣技でも、一切の手加減は不要。殺す気でやりなさい」
「は, はあ!? 団長、いくらなんでも丸腰の身内にそれは――」
「命令です。……もしアルトの髪の毛一本でも揺らすことができたなら、バディの件は白紙に戻しましょう。ただし、一瞬で終わりますよ?」
エレノア様の冷徹な全肯定に、ガイルたちのプライドが完全に火をつけた。
「……そこまで言うなら、容赦はしません! おい、お前ら、あの生意気な盾を囲め! 泣いて謝る暇すら与えんぞ!」
大訓練場へと場所を移し、俺は中央にぽつんと一人で立たされた。
周囲を囲むのは、総勢十名のベテラン精鋭騎士たち。全員が殺気に満ちた大剣や、魔力がバチバチと唸る杖を構えている。
「アルトと言ったな! 恨むなよ!」
ガイルの怒号を合図に、十人のベテランが同時に動いた。
上空から降り注ぐ極大の爆炎魔法。左右から肉薄する、鉄をも断つベテランたちの全力の剛剣。背後からの目にも留らぬ神速の突き。
常人であれば、文字通り一瞬で肉片になる【全方位からの同時飽和攻撃】。
対する俺は――やっぱり、両手をポケットに突っ込んだまま、欠伸が出そうなのを堪えて突っ立っていた。
(障壁展開。半径3メートル。全自動パッシブ――起動)
次の瞬間。
すべての攻撃が、俺の周囲3メートルの空間に激突した。
――スン……。
爆発音すら、起きなかった。
激しい金属音も、激突の衝撃波も、一切なかった。
十人のベテラン騎士たちの全力の斬撃、放たれた大魔法のエネルギー、そのすべてが、アルトの展開した透明な壁に触れた瞬間、音もなく、衣服の埃一つ揺らさず完全遮断された。
風すら起きない。
俺の着ている安物の衣服の埃一つ、髪の毛一本すら、1ミリも揺れていない。
「……え?」
ガイルが、大剣を振り抜いた姿勢のまま硬直した。
他の騎士たちも、自分の武器が空間の何もない場所にピタリと止められ、ビクリとも動かないことに目を見開いている。
「な、なんだこれ……!? 手応えが……ない? 押し込もうとしても、世界の壁にぶつかったみたいに、1ミリも剣が進まねえ……!?」
「魔法が……消えた? 私の最大出力の炎が、消音されたみたいに……消えた……?」
これが, 俺の結界の真骨頂。
攻撃側の「運動エネルギー」も「魔力エネルギー」も、全てをその場で100%遮断・吸収する。彼らは今、絶対に突破できない【神の領域】の内側を殴っているに過ぎない。
「終わりですか?」
俺はポケットから片手だけを出し、目の前で固まっているガイルの剣の腹を、人差し指でコン、と軽く叩いた。
パキィィィィィン!!!
「ぶふぉっ!?」
その瞬間、ガイルがこれまで込めていた「全力の筋力」と「体重の衝撃」が、カウンター機能によって100倍になってガイル自身の手首に跳ね返った。
ガイルは自分の力で大剣を吹き飛ばされ、そのまま地面を十数メートルも無様に転がっていった。
「ひ、ひえっ……!」
「ば、化け物……!」
残された騎士たちは、腰を抜かしてその場にへたり込み、ガタガタと震えながら俺を見上げるしかなかった。
自分たちがどれだけ命をかけて磨いてきた技も、この男の前では「存在しないも同然」だと、身内のプライドを完全にへし折られたのだ。
「言ったでしょう。一瞬で終わると」
訓練場の端から、エレノア様がコツコツと靴音を響かせて歩いてくる。
その顔は、完璧な勝利の笑みに彩られていた。
「これで理解できましたね? アルトは、我が聖騎士団の誰よりも、いや、この国のどの英雄よりも『強い』。……ガイル、すぐにアルトに非礼を詫びなさい」
「は、はひぃ……! も, 申し訳ありませんでしたぁ!!」
ベテラン騎士たちが一斉に地面に額を擦り付ける中、エレノア様は俺の隣にすっと並んだ。
――執務室に戻る。
「ふぅ……お疲れ様、アルト。そこに座りなさい」
エレノア様は俺をソファに促すと、自らも白銀の厳つい鎧をバサバサと脱ぎ捨てた。
そして、中に着ていた薄手の私服ドレス姿のまま、俺のすぐ隣へ、どさりと腰を下ろしたのだ。
肩と肩がぴったりと触れ合うほどの至近距離。
最高級の紅茶を淹れて俺の前に置くと、彼女はおずおずとこちらを振り向き、昼間の「鉄の女」の表情を完全に溶かして、見たこともないほど柔らかくにっこりと微笑んだ。
「私の目に狂いはなかった。あなたが私のバディになってくれて、本当によかった……」
顔を真っ赤にしながらも、超至近距離から漏らされる甘い敬語。
それと同時に、彼女の綺麗な金髪から、ふわりと、もの凄くいい髪の匂いが鼻腔をくすぐった。
「あの、団長……少し距離が近くありませんか?」
「こ、これは団長としての距離感です……。だめ、ですか?」
心臓に悪い。全自動の結界でも、この至近距離の美貌といい匂いまでは遮断してくれないらしい。
だが――二人の世界に、甘い空気が満ちたその刹那。
ガァァァァァン!!!!
王都の夜空を切り裂くように、街全体の『緊急防衛結界の警報』がけたたましく鳴り響いた。
「なっ……!? この警報は……国家壊滅級の襲来!?」
エレノア様が弾かれたように立ち上がり、一瞬で冷徹な団長の顔に戻る。
ほぼ同時に、血相を変えた伝令兵が扉をブチ破って飛び込んできた。
「ほ、報告! 王都の南門に、本来深淵にしか棲まないはずの『災厄級・黒炎の巨竜』が出現! 防衛線のベテラン魔術師たちが、一瞬で全滅しました!!」
「そんな……! 最悪のタイミングで……!」
絶望に顔を青ざめさせる伝令兵。エレノア様も、自分の鎧を睨みつけ、唇を噛む。今から急いで重合鎧を着直していては、王都が火の海になる。
だが、俺はポケットに手を突っ込んだまま、静かに立ち上がった。
「エレノア様。鎧を着る必要はありません。そのドレスのまま、俺の隣にいてください」
「アルト……?」
「大丈夫です。今度は、国ごと【透明の箱】に閉じ込めて守りますから。――行きましょう」
俺の不敵な言葉に、エレノア様は一瞬だけ目を見開き、そして――信頼の混じった、最高の笑みを浮かべたのだった。
第3話は、明日(水曜)の朝7:00に投稿予定。全5話で予定しています。評価、ブックマークお願いします




