第1話:冷徹かつ美しきな聖騎士団長、規格外を拾う
「おやおや、ヴァルキリー聖騎士団も随分と落ちぶれたものですね。そのような『ただ突っ立っているだけの地味な男』をわざわざ引き抜くなんて」
王都の大訓練場。
不快なせせら笑いを響かせたのは、隣国のエリート使節団の長であり、傲慢な天才魔術師として名高いアルベールだった。
彼の視線の先にいるのは、俺――アルト。
そして、俺をこの『ヴァルキリー聖騎士団』にスカウトしてくれた、王国最高峰の美貌を持つ聖騎士団長、エレノア・フォン・ローゼンバーグ。
「口を慎みなさい、アルベール殿。アルトの防衛能力は、我が聖騎士団が正当な手続きを経て招聘した至宝です。あなたのような部外者に、あれこれと言われる筋合いはありません」
エレノアが白銀の鎧を鳴らし、氷のように冷徹な瞳でアルベールを睨みつける。
だが、アルベールは鼻で笑い、自らの豪奢な杖を誇示するように掲げた。
「ハッ、防衛魔法なんてただの引きこもり術でしょう。実戦で敵を滅ぼせない盾など、戦場ではただの肉壁、無能も同然です。……よろしい、ならば私の『最上級爆炎魔法』を、その男の結界ごとブチ破って差し上げましょう。どちらが本当に価値ある存在か、ここでハッキリさせようではありませんか」
アルベールの放つ強烈な魔力に、周囲の使節団や野次馬の騎士たちがどよめく。
エレノアがその圧倒的な威圧感に対抗すべく、腰の細剣に手をかけようとした。だが、俺はそっと手を上げて彼女の前に進み出た。
「エレノア様、お手を汚すまでもありません。私が下がらせます」
「アルト……? ええ、分かりました。あなたに一任します」
エレノアはスッと引き下がった。その青い瞳には、俺に対する絶対の信頼が宿っている。
「クハハ! 諦めて私の引き立て役になる気ですか! 灰になりなさい!」
アルベールが絶叫し、すべてを焼き尽くさんとする紅蓮の炎が彼の杖に集束していく。
だが、俺はポケットに手を突っ込んだまま、一歩も動かない。
俺の固有スキルは『絶対防衛の自動魔障壁』。
あらゆる物理攻撃、上級魔術、果ては即死の呪いに至るまで、俺が意識せずとも全自動で100%完全シャットアウトする、完全不可視の絶対結界。
そして、この結界の真の恐ろしさは――「展開する座標を、数ミリ単位で自由に指定できる」ことにある。
(障壁展開。形状、立方体。対象――アルベールの皮膚の『3ミリ外側』に完全固定)
頭の中でパチリ、と設定を完了させる。
アルベールには見えていない。自分の身体が、今、のぞき込むことすらできないほど精密な「透明な箱」に密着して閉じ込められたことに。
「喰らえ! 『インフェルノ・――』」
アルベールが大技の呪文を叫び、杖から爆炎を放とうとした、その瞬間だった。
ドガァァァァァン!!!
「ぶッ!!?? げほっ、ごほっ!?」
凄まじい爆発音とともに、アルベール自身が放った極大の火力が、彼の目の前わずか3ミリの「透明な壁」に衝突。そのまま全威力を自分自身で受けて暴発した。
煙が晴れると、アルベールの顔は煤で真っ黒になり、高価な魔術衣はボロボロに焦げていた。
「な、なんだ!? 何が起きた……!? 私の魔法が、なぜか目の前で弾けたぞ!? お前、一体何をした!!」
パニックになり、激昂して俺に向かって一歩踏み出そうとするアルベール。
「あ、動かない方がいいですよ」
俺は冷静に、淡々と告げた。
「は? 何を言って――」
アルベールが右足を数センチ前に出そうとした、その刹那。
ガチチチチッ!!!
「ぎゃああああああっ!!??」
アルベールの右足の靴の先端が、不可視の壁に激しく擦れ、凄まじい摩擦熱と火花が散って爪先を焼き払った。
使節団の部下たちから悲鳴が上がる。
「な、なんだこれ……! 体が、動かない……!? 周りに、何かあるのか!?」
アルベールは冷や汗を滝のように流し、目を見開いたまま完全に硬直した。
「俺の自動魔障壁は、あらゆる衝撃を100%遮断して弾き返します」
俺はポケットに手を突っ込んだまま、ゆっくりとアルベールに近づく。
「今、あなたの全身の皮膚から3ミリ外側に、その結界で『箱』を作りました。あなたが大声を出すと、声帯の振動(衝撃)が喉に跳ね返って吐血します。服を少しでも大きく動かせば、その摩擦熱で服ごと身体が燃え上がります」
「ひっ……!?」
「つまり、今のあなたは、瞬きと呼吸以外のすべての動作が【自滅のトリガー】です。……さあ、得意の最強魔法で、その箱を内側からブチ破ってみてください。今度は顔面が焦げるだけじゃ済みませんが、どうします?」
俺が極上の笑顔で言い放つと、アルベールは完全に理解した。
今、自分は「1ミリでも動いたら、自分の筋力と魔力で肉体が肉片になる」究極の檻に閉じ込められたのだと。
「あ……う……」
アルベールは声を出すことすら恐怖し、彫刻のように静止するしかなかった。大衆の前で、手も足も出されず、ただ泣きながら直立不動を晒し続ける天才魔術師。完璧な精神崩壊だった。
「見事でした、アルト」
背後から、心地よい金属の擦れる音が近づいてくる。
振り返ると、エレノアが白銀の兜を外し、その息を呑むほど美しい素顔をのぞかせていた。
その青い瞳にあるのは、アルベールへの氷のような冷徹さと、俺へ向けられた底知れないほどの「驚愕」と、そして微かな熱だ。
男たちにナメられまいと「鉄の女」として張り詰めていた彼女の心が、目の前の光景に激しく揺れ動いていた。
「あの傲慢な男を、指一本触れずに無力化してしまうなんて……。我が聖騎士団のスカウトの目は、やはり狂っていなかったようですね」
エレノアは凛とした佇まいのまま、周囲の聖騎士たちへ冷厳に命じた。
「不快なハエの処理は部下に任せます。そこの方は、ご自分が勝手に放った魔法の暴発で怪我をされただけです。我が騎士団への侮辱罪も含め、使節団の長として然るべき処分を下しなさい。――行きましょう、アルト。これ以上、このような格下のものにあなたの時間を割く必要はありません」
「はっ」
エレノアは俺の隣に並び、大衆が見守る中、堂々とした足取りで歩き出す。
ただ、そのすれ違いざま。
周囲に聞こえないほどの極小の囁き声で、彼女は俺にだけ、ほんの少し聲音を柔らかくして言った。
「アルト、今日のあなたの戦いぶり……実に見事でした。……今夜は私の執務室へいらっしゃい。王国最高峰の茶葉と、最高級のお菓子を用意してあります。あなたのその素晴らしい『絶対防衛』の理論を、ぜひ二人きりでじっくりと聞かせてくださいね?」
「……分かりました。楽しみにしています」
俺の返答に、エレノアは一瞬だけ、本当に一瞬だけ、ふっと少女のような美しい笑みをこぼしたのだった。
動けない檻の中で絶望するアルベールを置き去りにし、俺は美しき騎士団長と共に、聖騎士団の牙城へと向かうのだった。




