第四章 サザンへの帰還①
朝を迎えて。
コウタたち一行はサザンへと向かっていた。
本来なら向かう先はエリーズ国の王都であるパドロだった。
しかし、馬車は結局修復できず大破。しかも救出した大人数を抱える状況だ。
ならば、どちらかと言えば近く、さらに都市最高の権力者――本人はそう名乗ってはいないが――がすでに事情を知っているサザンに戻る方が都合良かった。
捕らえた盗賊どもに関しては、そのまま奴らのアジトの牢に放り込んで、後で騎士団に捕縛してもらえばいい。
コウタたちは早朝から出立することにした。
体力が落ちている、囚人だった女性たちを気遣いつつ進む。
ただ、かなり異様な一団のようにも見えたのだろう。同じくサザンに向かう道中だった商団に警戒されたが、事情を話すと協力してくれた。
薬や食料も分けてもらい、体力低下が酷い者は馬車にも乗せてくれた。
親切な彼らのおかげで道程は順調に進んだ。
そうしてサザンに到着すると、女性たちは自警団に保護してもらった。盗賊団のアジトも伝えた。確認と捕縛次第、報奨金が出るそうだ。
これで一段落つき、コウタたちは商団の人たちに感謝を述べて分かれた。
しかし、その時になると道中は一緒だった白金仮面の姿は消えていた。
そもそもサザン付近になった時点でいなくなっていた。コウタたちにしてみればバレバレであっても、『謎の正義の味方』としてはいつまでも同行できなかったのだろう。
いずれにせよ。
コウタたちはサザンに出戻ることになったのである。
「……まさかとんぼ返りになるなんて……」
宿の一室。
ベッドの上に腰をかけてコウタは深々と嘆息していた。
途中、異界にて一カ月ほど過ごしたコウタにしてみれば少し間が開いたことになるのだが、改めてこの街に戻ってくることで現実の時間を実感していた。
「まあ、わたくしとしては良かったことなのですが」
と、椅子に座り、片頬に手を当てて呟くリーゼ。
このたった一日での帰還は彼女にしてみればハネムーンのようなものだった。
まあ、かなり危ういこともあったが、とうに覚悟をしていた悪竜の花嫁として遂に本願を果たしたので結果はよしとリーゼは思う。
(まあ、体に異変もないようですし)
薬物を盛られたことは痛恨であり、危惧すべきことではあるが、肉体に変化はない。
コウタの話ではその薬物の影響なのか、発熱時はかなり異常な行動をとってしまったそうだが、精神面も落ち着いていた。むしろ今は安定さがある。
(いずれにせよ、これでわたくしも、メルティアやリノ=エヴァンシードと並ぶことになったのですね)
リーゼはふふっと微かに笑みを零した。
遂にコウタと結ばれた事実。それが確固たる自信になっていた。
だからこそ、彼の妻として気を引き締めなければならなかった。
リーゼは視線を室内に向けた。
現在、ここには九名の人間と二体のゴーレムの姿があった。
ベッドに腰を掛けるコウタと、その左右に座るメルティアとアイリ。リノはリーゼと同じくテーブルの椅子の一つに座っている。エルもだ。アヤメは少し離れて壁際に立ち、リッカと話をしているようだ。「緊張するならいつでも順番を変わるのです」「い、いえ。ここは正念場だと思っています」とそんなやり取りが聞こえてきた。
一方、ジェイクは床に腰を下ろし、零号、サザンⅩの二機と談笑していた。
なおゴーレムたちの愛騎であるボエトロンは馬舎にいた。
この部屋はコウタとジェイクの部屋だった。三部屋とっているのだが、今は全員がここに集まっていた。これからこのことを決めるためだ。
(……さて)
リーゼは少し表情を真剣なモノに変えた。
同じテーブル席に座るリノと、エルの方とも視線を交わした。
リノたちも真剣な表情を見せた。
(どう告げるべきでしょうか……)
リーゼは迷う。
昨夜、リノから聞いた事実が迷いの元だ。
かつてコウタの故郷を奪い、家族を始め、村人たちを皆殺しにしたという仇敵。
死闘の末にコウタが討ち倒した《木妖星》レオス=ボーダー。死してなお、コウタにとっては許しがたい存在であり、決して忘れることのできない相手だった。
そして、花嫁たちの中ではリーゼとリノ以外はまだ面識はないが、昨夜の盗賊どもの女首領はレオス=ボーダーの直弟子であるらしく、男女の関係でもあったそうだ。
その上、魔獣使いの男に至っては血の繋がりまで持つとのことだ。
息子ではない。歪な繋がりのようだが、それでも間違いなく血縁者だ。レオスをよく知るリノが言うのだが、間違いないだろう。
リーゼたちにとっては困惑する話だった。
コウタがどれほど深くレオス=ボーダーを憎んでいるのか。
憎悪を剝き出しにした時のコウタの姿は、メルティアしか知らなかった。
特にレオスの名をいま初めて聞き、あの男が起こしたアティス王国での事件も知らないエル、リッカ、アヤメはかなり困惑していた。
『あまりコウタが憎しみをぶつける姿というのは想像できないのだが』
昨夜、その話を聞いた時、エルが率直にそんな感想を告げた。
対し、メルティアはかぶりを振った。
『コウタはあの男を憎んでいます。仇を討った今でも』
『誰にでも激情はあるものじゃ』
リノが告げる。
『穏やかで優しいコウタであってもな。それゆえにこの話をコウタにどう切り出せばよいのか悩んでおるのじゃ』
と、正直な気持ちを吐露した。
その気持ちはよく分かる。他の花嫁たちも何も言えなくなった。
それが前日のことだった。
(誰かが告げなければならないのでしょうけど……)
リーゼは眉根を寄せる。
候補としては三人だ。レオスのことを知り、コウタと結ばれた三人の花嫁たち。
直近で愛されたリーゼか。
その事実を最初に知ったリノか。
最も親しく、コウタの憎悪の深さも知るメルティアか。
誰が担うにせよ、コウタを少なからず傷つける嫌な役割だった。
(ですが早く決断しなければ)
最悪なのはコウタが事実を知る前に、再びレオスの縁者たちと遭遇することだ。
そこで事実を知るとなると、そのショックは計り知れない。
それだけは絶対に避けなければならなかった。
(やはり後でもう一度、皆と話し合わなければいけませんわ)
リーゼがそう考えていた時だった。
不意に、コンコンとドアをノックされた。
『失礼いたします。ここはコウタ=ヒラサカさまのお部屋でしょうか?』
ドア越しにそう尋ねられて、全員がドアに注目する。
コウタが顔を上げて、「あ、はい。どなたですか?」と尋ねると、
『ドア越しで名乗るご無礼をお許し下さい』
そう前置きして、来訪者は告げる。
『私の名はベン=ロッソ。サザン伯爵家の執事を務める者でございます』
コウタは無論、リーゼたちも言葉を失った。
どうやら悩みの種は一つだけではないようだ。




