第二話 紙は燃える(大正編・一)
大正十四年五月。
四個師団が、書類の上から消えた。
軍縮である。新聞は「宇垣軍縮」と呼び、議会は拍手し、兵営では三万人余りが除隊の日を数えていた。赤羽の陸軍被服本廠にも、廃止された部隊から返納された被服が貨車で届き、私の机には返納品の受払簿が山を作った。
私、榊原征一は二十五歳の二等主計であった。信州の小作の家に生まれ、陸軍経理学校を出て、この春、被服本廠第三倉庫の主計として着任したばかりである。兵科でいえば中尉。しかし私の武器は小銃ではなく、算盤と朱肉だった。
主計の仕事は、兵を飢えさせず、凍えさせず、それを一銭も余さず帳簿に写すことである。私はこの仕事に誇りを持っていた。銃を持たぬ者が国を守る方法は、これしかないと信じていた。
着任の日、倉庫主任の黒岩貞雄三等主計正は、私の書いた受払簿を一頁ずつめくり、最後に言った。
「榊原。字が真っ直ぐだな」
「は」
「印も真っ直ぐだ。印は人柄を映す。傾いた印を押す者に、帳簿は任せられん」
黒岩は四十二歳。少佐相当の三等主計正で、大震災の折には本所で被服の配給を指揮した男だと聞いていた。声が低く、部下を怒鳴らない。私はこの上官が好きだった。上官を好きになることが、どういう危険を孕むか、当時の私は知らなかった。
第三倉庫には、軍属の雇員が十二名いた。
その筆頭が、伊吹惣一である。
三十を少し過ぎた小柄な男で、丸い眼鏡の奥に頑固な光を宿していた。日本橋の羅紗問屋で手代をしていたが、震災で店ごと焼け、翌年から本廠の雇員になったのだという。羅紗の目を指で触っただけで、産地と等級を言い当てた。
私は着任の翌週、彼のやり方に文句をつけた。
「伊吹。この札は何だ」
倉庫の棚には、羅紗一反ごとに小さな木札が結わえてあった。四桁の番号が墨で書かれている。搬入口の柱にも、同じ番号を刻んだ板が吊ってある。仕立て上がった被服の襟裏には、組番号として同じ四桁が縫い込まれていた。
「受入札と、搬入口札と、組番号です」
「帳簿に書けば済むことだ。三重に書くのは、手間の無駄ではないか」
「帳簿は紙です」
惣一は、それが説明のすべてであるかのように言った。私が黙っていると、彼は眼鏡を押し上げ、言い足した。
「本所で、帳簿と一緒に人が焼けるのを見ました。紙は燃えます。濡れます。ですが、札と物と組番号の三つが合えば、紙がなくても、物はあったと分かります。物がなくても、なかったと分かります」
「なかったと分かる、というのは」
「柱に札のない反物は、この倉庫に入っていない、ということです」
私は、その一言の意味を、一か月後に思い知ることになる。
五月の末、雨の日に落馬した。
王子の連隊区司令部へ届け物をする途中だった。馬が泥に足を取られ、私は右手をついて倒れた。骨は折れなかったが、親指の付け根が紫に腫れ、印を押すたびに痛んだ。
「主計殿。印が傾いております」
最初にそれを指摘したのは惣一だった。私が押した受払簿の印影は、右上だけが薄い。痛む親指をかばって、無意識に力の向きを変えていたのである。
「見苦しいか」
「いえ。誰の印か、すぐ分かります」
惣一は笑った。
「本当のことを書いてある頁に、傾いた印が押してあっても、誰も困りません」
その頃、東亜羅紗商会という商社の番頭が、月に二度、黒岩を訪ねてくるようになった。尾形という男で、いつも風呂敷に菓子折を包んでいた。黒岩は尾形が来ると私を席から遠ざけたが、一度だけ、扉の隙間から声が漏れた。
「今年の分は、梅雨の間に」
どういう意味か、私は考えなかった。考えないことが、当時の私の身の処し方だった。
夜、宿舎で古い受払簿を繰っていて、私は一行に目を留めた。
前年九月。台風。天幕八十張、浸水のため滅失。
黒岩の印。真っ直ぐな印だった。
私は翌朝、何気なく惣一に尋ねた。去年の台風で、天幕を八十張も失ったのか、と。
惣一は棚の札を数える手を止めなかった。
「柱に、札は一枚もありません」
「滅失した物の札が残っていないのは当然だろう」
「滅失した物の札は残ります。物が濡れても、札は柱にあります。初めからない札は、初めから入っていない物の札です」
「どういうことだ」
「私は雇員です。帳簿は主計殿の物です」
彼は、それ以上を言わなかった。
私は、それ以上を訊かなかった。
六月、雨が降り始めた。




