第四話 人か、ロボットか。
案内された部屋には、前回と何一つ変わらない顔で本を読んでいる男が一人。
「お待たせしました。」
「いや、時間通りだ。何かあったか?」
「いえ。何か変ですか?」
「眉間に微かな皺、目線が僅かに下。前回は予定10分前には来ていたのがオフであろう日にギリギリだ。それにその痣はなかった。アクションか?」
「はは……そんなところです。よく見てますね、外神さん。」
「お前も見てるだろう。」
「見える所が違いますけどね。ここ、よく来るんですか?」
静かな灯りが壁に影を作り、無音の小さな個室は心を鎮めるのに役立ってくれた。
「一度来たことがある。悪くなかったと思ってな。」
「自炊したりするんですか?」
「基本な。帰国すると日本食が食べたくなる。」
「それは分かりますね。謎の飢えを感じるんですよ。」
「向こうでも食べれんわけではないが不思議だな。飲むか?」
「んー……一杯だけ。外神さんは?」
「俺はいい。普段は飲むのか?」
「まあそれなりに。」
飲み物を頼み、メニューに目を通していると呆れた声が上から降ってくる。
「お前はよく誤魔化すな。」
「人間そんなもんです。」
「今もだ。来て5分で2度目か。」
「騙されてくれないですねえ……」
「騙すつもりで来たのか?」
「外神さん相手に詐欺やろうと思う人はいないか余程のアホでしょうね。」
「詐欺師か。下手なのはつまらんがな。」
「つまらんで片付けられる詐欺師に同情しますよ。」
来て早々始まった取り調べに、玲は透明に揺れる酒を喉に流し込んだ。
「……何か不都合でもあるのか?」
「何がですか。」
「大した質問じゃないはずだ。オフの1日、飲む量。仮に余程の酒豪だとして、俺に知られて何が困る?」
「普通初対面の人に武術の師匠に散々やられてカレー作らされて痣作って酒にも慣れさせられたなんて話さないんですよ。」
「何故だ?」
「……外神さん、失礼ですが交友関係は?」
「家族と友人が数人いる。あとはチームメイトか。で、その武術の師匠とやらは何者なんだ?」
周りはさぞ苦労したのではなかろうか。それか同類か。
「私もよく知りませんけど、親みたいなもんです。」
いいタイミングで運ばれて来た陶器の器には丁寧に盛り付けられた前菜。
既に名前を忘れた野菜の白和えを口にすると、確かに期待通りだと内心舌鼓を打った。
「一緒に暮らしてるのか?」
「17で出たんで、それまでは暫く。今はたまに顔出すぐらいです。」
「17か。」
正確過ぎる観察眼に、変わらないトーン。実は人工知能だったりしなかろうか。
「……何だ。」
「あ……いや、役のことを考えていて。」
「役?」
「次の役です。ちょっと外神さんが被るんで。」
「バスケ選手か?」
「いえいえ。とある女の脳を元に作られた人工知能。誤って世界を破滅寸前に追い込むんですけどね。」
「俺は世界を破滅させん。」
「そこじゃないです。」
「なら何だ。」
「何だろうな……」
違和感の正体は何なのか。
もう一度見据えた目は鋭く、澄んでいた。だがその黒の奥には、人工知能にはない温度があった。
頭の中で繋がる線。新たに落ちて来た糸を編み込むために、不意に沈みたくなる。
「……おい。」
「あ。すみません。」
「謝らなくていいが、何があった。」
「ひとりでに納得して沈みかけてました。」
「何に?」
「ロボットと人間、両方だと思ってたんですよ。ロボットだなと認識を変えました。」
「俺がか?」
「役です。外神さんは人間なので。」
「当たり前だ。」
困惑したのか、箸を動かす手が止まった。その姿が面白いと思った。
「……食べるか。」
これは案外そこらの人間より人間なのかもしれない。
折角来たのだ。少しは楽しまなければ損というものだろう。
「魚は白身派ですか?それとも赤身?」
「……白身だ。何で気になった。」
「先に赤身取ったからどっちのタイプかと思って。好きな物残す人と先に食べる人、いるじゃないですか。」
「そうやって役作りしてるのか?」
「そうですね。自分の推論と実際の答えに違いがあれば仕草なのか、無意識の行動なのか検討出来るんで。」
「それはそうだな。試さなければ分からない。」
「どうなんですか?練習で試せることと試合で試せることって違いません?」
「違うな。試合の中でしか出ない発想がある。」
「試します?」
「状況と相手次第だ。価値があると思えば試す。」
「勝敗かかってますもんね。」
「チームが気にするからな。」
「そっち?」
「そっちだ。」
「へえ……お、これ美味しい。」
出汁は嫌味のない物に限る。舌に残らない、喉を通り抜ける味が気に入った。
「ここは汁物が美味かった。」
「この出汁は家じゃ取れないんですよね。」
「作るのか?」
「いいえ。」
「それ以前の問題だな。普段は惣菜か?」
「いや、惣菜はあんまり……刺身とか豆乳とか。ナムル多めに作って1週間食べるとか。」
「……ダイエットか?」
何とも似合わない言葉である。至極真っ当な考えではあるのだが。
「いや、面倒で。週一は外食するようにしてます。」
「変わった努力だな。」
お前には言われたくないと言わなかった玲は大人だ。
口にした大根が柔らかく溶けた。
やはり良い店は素材がいい。向かいの視線を他所に玲は頷くと、何を被るか迷ったことを忘れてしまう気がした。
向かいの男が、静かに箸を置いた。
「で。」




