第三話 被るもの。
指定された店を見て、行ってみたかったところだとは何となく言いたくなかった。
そういえば何歳なんだろうかと、気になって検索したのが木曜日の夜。6歳上でも驚かないと思っていたら3つしか変わらないらしい。
(あの顔でか。)
16の時に散々20代と言われた女が言えた話でもないのだが。
金曜日、いつものように寺に行った。
「来たか。薪割って来い。」
「タイミング悪かったなあ……」
「最高の間違いだろ。年寄りにやらせるつもりか?」
「御堂さんのどこが年寄りなわけ。」
「お前俺の歳知ってんのか。」
「50とか言ってなかったっけ?」
「さあな。お前よりは上だろ、労われ。」
「虎でも殺して帰れる人に何を労るのさ。荷物はいつも持ってるでしょ。」
「お前もそろそろあれぐらいなら相手できる。終わったら道場来い。」
「虎を相手出来ることを知る機会なんてなくていいね……」
「あと今日カレーだぞ。作れ。」
「あ、ごめん無理だ。」
「何だと?」
「夜食べに行くから。」
「男か。」
「そうだけどそうじゃない。」
「この間のやつは別れたんだろ。」
「大分前じゃん。そっからは殆どデートもしてないの。」
「今日のは違うのか?」
「違う。」
「せめて作るだけ作ってから行け。」
「無理だよ、4時間も煮込めるわけないじゃん。」
「1時間にまけてやる。俺はカレーが食いたいんだよ今日は。」
「仕方ないな……味噌汁は?」
「いる。」
「子供達はそれで納得してんの?」
「嫌なら食わなきゃいい。食ってんだからいいんだろ。」
「私それやったら友達に気狂ってるって言われたよ。」
「好きならいいだろ。」
「まあね。薪割り行ってくる。」
「100は割れよ。」
「はあい。」
拾われたのは12の時だった。何度殺されかけたか分からないが何度生かされたかも分からない。
師の過去も、下の名前も玲は知らない。それでも、親は誰だと聞かれたらこの人のことを言うだろう。
100本割り終える頃には汗もかく。
一息吐いたところで見計らったように現れる師。
「終わったか。遅かったな。」
「コツ忘れてた。」
「普段やらねえからだ。」
「腕に筋肉つき過ぎたら見栄え悪いんだよ。役にも合わないし。」
「女優ってのはめんどくせえなあ。」
「間違いないね。」
「まあいいか。来い。」
広い道場。この殺気を感じる度、どんな戦地を潜り抜けて来たのかと聞きたくなる。だが、それを聞いてはいけないことも感じていた。
鍛錬を終える頃には痣も出来ていた。撮影が無い合間を狙わなければここまでは出来ない。
「あースッキリする……」
「……お前、それで引かれたんじゃねえか。」
「何よ、彼氏の話?」
「何人かいただろ。」
「別れたのは私からだよ。確かに熊ぐらいは大丈夫って言ったらビビってたけどさ。」
「……お前の嫁入り先ぐらい考えとくんだったか。」
「嫁入りの予定もないし別にいいんじゃない。強い方が楽だよ。どこでも行けるしさ。急にどうしたの、御堂さん。」
「今から男に会いに行くのに痣も気にしねえ女に俺は育てちまったからな。責任感じてんだよ。」
「だからデートじゃないって。DVされてると思われないように弁明はしとくよ。」
「責任はそこじゃねえんだよ。茶淹れてやる。チョコも買っといたぞ。」
「ほんと!」
「あのよく分かんねえブランドのだろ。逹樹に行かせた。」
「パシられてんね逹っちゃん...」
「感謝しとけ。ほらよ。」
「おお、いいやつじゃん。ありがと。」
「気に入ったか。ほら飲め。俺は水月の最中買わせて来たからな。」
「達っちゃんに何かあげた?」
「駄賃にアイスやった。」
「かわいそ…後で小遣いあげとくわ。」
「そうしてやれ。お前、カレー忘れんなよ。」
「はいはい。」
カレーを煮込み、小遣いをあげ、子供達と軽く戯れていれば17時を過ぎていた。
「やば、行かなきゃ。」
「ええー!」
「玲、食べてかないの?」
「今日はね。また来るよ。」
適当に別れを告げ、階段を駆け降りた。
細い細い小道を抜けて、車に辿り着く。
いつも、ここで何かを被る。次の現場に行くために。
これから会う人の顔を思い浮かべた。その人は被っている私を嫌う気がした。
どうすればいいか、分からなくなった玲はドアに手をかけたまま固まってしまった。
我に返ると慌てて車に乗り込んだ。時計は17時30分を指していた。
分からないままに、アクセルを踏み込んだ。




