第二話 既読はつかない。通知は鳴る。
[来週、都合のいい時間は?俺は夕方以降ならいつでも構わない。]
本当に送ってきた。わけのわからない男だ。
「いや、わざわざカツ丼食べに行くとかさあ……」
取調室でカツ丼を挟んで向かい合えば、自白してしまいそうな無表情の男。カツ丼を食べるのかは知らないけど。
控室で台本片手にぼやいていると、マネージャーの千鶴がこちらを向いた。
「何言ってるの?」
「いや別に。」
「ふうん?」
どうも察しのいいマネージャーは、即座に話を理解したようだ。
「何よ。」
「メッセージ見てコメントなんて珍しいじゃない?」
「する時ぐらいあるでしょ。」
「既読すらつけない癖に?」
ぐうの音も出ない。
[玲、今度カリブのリゾートで————]
一つ上のメッセージは確かに開く気にすらならない。
カリブのリゾートなら未知のスーパーの方がまだマシだ。
「Henriなんていたかな?」
「あんたフランスの王侯貴族をその扱いだと外交問題に発展するわよ。」
「フランス……あーあの人か。作法は綺麗だったね。流石貴族。」
「この間えらく手のかかった工芸品も贈ってきてたじゃない。」
「ああ、あの鳥のやつ?」
「そうよ。どうしたの?」
「あれ技法がえげつないのよ。工房見てみたいけどね。」
「何、調べたの?」
「ちょっと。」
「なら返事してあげたら?工房連れて行ってくれるかもよ?」
「役に必要ならね。返事したら後がめんどくさいじゃん。」
「で、鳥はどうしたの?」
「さあ。どっか飛んでったんじゃない。」
「あっそ。で?カツ丼は食べに行くの?」
この女の観察眼は侮れない。
「……気が向いたらね。」
「白崎さーん、入ります!」
「はーい」
「返事しないの?」
ニヤついてる顔にお前が行くかと言ってみたくなった。
台本を置いて立ち上がり、足早に控室を出て行く。
「入りだからね。」
「あっそ。」
来週、夜が空いている日はあったかと考えたがこの女に聞くのは嫌だ。
(後でいいか。)
楽しそうな女を尻目に、白い光が照らすスタジオへと入って行った。
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「はい、終わり。オーバーワークはしてないみたいね。」
「欧州で散々釘を刺されたからな。」
「いいことよ。肩の左右差が若干気になるけど。」
「フォームの問題かもしらん。調整する。」
「そうしなさい。ご飯食べる?」
「ああ。」
事故による怪我によって競技生活を断念した母は、今では腕の良い整体師だ。昔から練習後は診てもらっている。
オフはあまりにも好きではなかった。
実家に顔を出すのは悪くない。だが出来る練習は限られる。いつものように練習を終え、母に身体の調整をしてもらい夕飯を食べた。
いつもただ震えるだけの携帯の通知を、わざわざ音が鳴るように変えて。
風呂に入り、身体を伸ばして本を読んでいると、携帯の通知に気づいた。
[金曜日、18時以降なら空いてます。]
簡潔な文章。見やすくていいと思った。
[分かった。好きな物と嫌いな物を送ってくれ。店を予約する。]
[焼肉やラーメン以外なら大丈夫です。外神さんの都合の良い所にして下さい。]
気を遣っている。そう分かる文面が面白くなかった。
[好きな物は。]
[強いて言えば和食ですが、食事管理的にどうなのか分からないので。]
和食なら普段から好んで食べる。都合がいい。そう思った。
[問題ない。また場所と時間は送る。]
[分かりました。ありがとうございます。]
通知音が不快ではなかったことに、秋は気づいていなかった。
(あの顔が剥がれたら。)
面白い。そう考えると携帯を置いた。
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(肉とかいらないのかな……アスリートって何食べるんだ?)
問題ないとはどういう意味なのか。玲は計りかねていた。
質問に対して正直な回答が欲しい人なのだろうことは初対面ながらよく分かった。だから嘘はつかずに答えたのだが。
(……分かんね。車乗るか。)
キーを掴むと部屋を出た。熱帯夜と呼ぶ日も近いであろうこの頃。湿気と熱気と冷気を同時に運ぶ夜風が、嫌いじゃない。
ふと夜空を見上げた。光り輝く街が星の明かりを覆い隠していることに、どこか苛立った。
(星に何か感じたりすんのかなあの人。)
光として役に立つぐらいは言いそうだと、考えながら苦笑した玲は地下へと降りて行った。




