第一話 端にいただけなんですが。
数年前。
女優とアスリートの会食という名の極秘の合コン。
疲れて端に逃げた女と190cmを超える巨体で物置の如く動かない男。両名とも世界の看板を負うスターとは思えない沈黙が、決して狭くはない部屋の一角を包んでいた。
「……バスケ、いつからやってるんですか?」
目の前の女が口を開くことを予期していなかったのか、僅かに開いた目は考えるように目線を下げた。部屋に流れる静かなジャズと、隣から聞こえる楽しげな会話だけが響いている。
(気まずい……帰りたい……)
そもそも来る予定などなかった。伊都に泣きつかれさえしなければ。
「……5歳だな。」
聞こえた声が不快を示しているのか、判断がつかなかった。
「何かきっかけがあったんですか?」
「母親が知り合いのクラブに顔を出す時についていってな。そこで見て始めた。」
「そこからブレずにバスケ?」
「そうだな。」
職業病と言ってくれて構わない。片っ端から会う人に職業と経緯を聞いてみたくなる。
「何か聞きたいことがあるのか?」
何故分かった。
「いや……バスケは何が面白くて続けてるとか、明確な理由はあるんですか?」
「明確な理由か。」
「なければいいんですけど。」
一蹴されると思った質問に対して、考え込んでいる。真面目なのかなんなのか。
「……検証に終わりがないからじゃないか?」
そっちか。この男、見た目と頭の中身が違うタイプかもしれない。
「あー……でも他のスポーツもないんじゃ?」
「……数秒だ。その間に解を出す必要がある。そこだろうな。」
「なるほど。ポイントガードなんですよね?」
「ああ。見たことあるのか?バスケ。」
「何も知らないですよ。面白いと思ってちょっと観ただけです。」
「何が面白いんだ?」
1mm。上がった口角を見逃さない玲の目は先程の仕返しかと悟った。
「ううん……テンポ……?」
「人に聞く割に曖昧だな?」
こいつめ。
「情報量が多いのが基本好きなんですよ。それでじゃないですか。あと漫画が面白かっただけです。」
「……そこなのか。」
「フィーリングって大事なんですよ。」
また黙った。仕方なく口にした肉はまだ一切れしか食べていないのにもう重さを感じていた。
「……試合後、身体疲労と脳疲労どっちの方が強いですか?」
「急だな。」
「気になったんで。」
「試合にもよるが身体は試合が終われば止まる。脳は止まらん。今までのデータから見ると相対的には脳か。」
「40分あの量の情報捌いたら脳がオーバーヒートは免れないでしょうね。」
「そうだな。だから意図的に止める必要がある。」
「どうやって止めてます?」
「寝る。」
「ええ……」
「何だ。」
「いや、参考になんないなと。」
「寝られないのか?」
「苦手ですね。日にもよりますけど。」
「何故?」
何故と言われると確かに困るものだ。
「……朝が来るから?」
「……朝は来るものだろう。」
「分かってますよ。だから嫌なんです。」
僅かに寄った眉間の皺。これは困っているのか。
「矛盾してるな。」
「してますねえ。」
淡々と箸を動かしている男は、隣にチラリと目をやった。
「……あっちに入らなくていいのか?」
「来たくて来たものでもないので。外神さんこそいいんですか?」
「俺があの場を楽しむように見えるか?」
全く見えない。一応聞いておかないと失礼な気がしただけだ。
表情筋を前世に置き忘れてきたのかと思う程顔が変わらないこの御仁、全く読めない。
「それでこの間羽鳥がスベったんだけどさ……」
「何それ面白い。」
「バラエティの質問困るの多いんだよなあ。」
「分かります!どこまで答えていいのか分からなくって……」
隣から盛り上がった声が聞こえてきた。似て非なる業界同士、共通の話題も多いものだ。こちらはそうでもないが。
静かに湯呑みを傾け、お茶を飲んでいる姿は妙に人間的だった。もっとも湯呑みが手に埋まって消えているところは人間の域を超えている気もしたが。
「外神さんって氷みたいですよね。」
「……よく言われるが、どういう意味で言ってる?」
「すみません、冷たいという意味ではなくて。氷って水じゃないですか。氷柱や薄氷のように形が変わると印象も変わるけど結局は水で、見た目よりずっと柔らかかったり流れがあったりする。そんなイメージです。」
「なるほどな、面白い考察だ。それなら悪くはないな。」
無機質な目が少しだけ緩んだ気がする。気のせいだろうか。
「お前はよく分からないな。どれが本物なのか読み切れない。」
「一応女優なんで。」
「日常生活でも演じてるのか?」
「いや、別にそういうわけでは……嘘でもないですし。」
「だが本物でもないだろう?」
居心地が悪くなる言葉だ。嘘を咎めるかのように真っ直ぐに射抜く目。
「まあ……そんな本物を出したところで面白いものでもないので。」
「人間が本物であるために面白さがいるのか?」
「……いらないんですけどね。面倒ごとは嫌いなんです。本物は演技の時だけでいい。」
言い訳めいた言葉が口から出てくる。
「本気でそう思ってるのか?」
「それは…」
流石はNBAスター。この圧を一身に受ける相手選手に同情心を覚えた。これなら取調室の方がマシではなかろうか。
「じゃあそろそろお開きかな。」
「そうだね〜」
隣からの声にハッとする。釈放人の腕に飛び込もうと腰を上げようとしたはずが、躊躇うように足が動かない。
「今日の会計はいいよ。俺らが払うから。」
「いいんですか?」
「うん。そのつもりだったからね。」
「ありがとうございます。」
そんなやり取りが隣でなされているのを他所に取り調べ人はまだこちらを見ていた。
「仕方ないな。続きはまた今度だ。連絡先は?」
何故そうなる。
「連絡先ですか?」
「ああ。連絡先も知らずにどうやって会うんだ?」
もう一度会うと言った覚えもないのだが。
「……」
「……何か問題か?」
大アリだ。と言うわけにも何故かいかず大人しく携帯を出すと無言で差し出された画面。
コードを読み取るぐらい分かるだろうとでも言いたげな顔に負け、気づけば連絡先を渡していた。
「また連絡する。」
振り返りもせず歩き去る男の背を確認すると鞄を取り、来ていた友人達に別れを告げてタクシーに乗り込んだ。
これで送って来なければそれも面白い。
窓にもたれると鋭く、奥を見据える目がガラス越しに見える。そんな気がした。
指先が、窓をつたっていた。
面倒で可愛い2人です。序盤は全く見えませんが。楽しんでいただけたら嬉しいです。




