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太一をよろしく

クドくなってきてしまったので、今回からサブタイトルをフリーにしたいと思います。見切り発車で申し訳ないです。

 奈々たちが通うことになる緑川大学付属高等学校は、その名の通り緑川大学という4年制大学の付属高校で、緑高という名で呼ばれている。 

 また、付属中学もあり、そちらから約7割の生徒が付属高校へエスカレーター式に入学する。もちろん、入学試験は一般の高校と同じように実施するが、外部からの希望者よりかは面接や論文などを考慮して比較的合格しやすくなっている。そのため、前述の通りほとんどの生徒はそのまま高校への進学を希望するが、残りの3割程度の生徒は、単純に勉強についていけなくなり試験に不合格となってしまったり、家庭の経済的な理由や他に新たな夢ができたりする者などだ。


 高校では大きく「特別進学科」と「普通科」に分かれている。ほとんどの場合、特別進学科の生徒は卒業後、緑川大学へそのまま進学するか、または「MARCH」と呼ばれるような日本有数の有名大学へ進学することが多い。


 奈々と太一は「普通科」だ。

 残念ながら、それも毎日必死に勉強してやっと合格できたレベルだ。

 普通科の偏差値がおよそ55、対して進学科の偏差値はおよそ65。

 そのため、やはり高校としては進学科の方へ主に力を入れている。また、進学科の中でも特に優秀な者となれば偏差値はおよそ70。これは、頑張れば日本の大学のトップである、東都大学へ進学することもできる可能性を秘めている数値だ。


 やはり緑高としてはそういった優秀な生徒を多く獲得したいが、そのような生徒ばかりではなかなか生徒数も集まりづらい。結果、健全な学校運営ができなくなったり、偏差値を落とすことにもなりかねない。そのため普通科を設置し、より多くの者たちに門戸を開いている。





「また太一と同じ学校で一緒に登校もできてよかった♪」


「俺も!奈々といると飽きないし」


「あ、あたしも!太一と一緒だと全然飽きない!」


「ふふっ」

「ははっ」


 2人一緒に笑った。太一と気持ちを共有しているかの様で嬉しくなる。

 

(ずっと一緒に居れたらいいのに……。あの小さい時の約束みたいに……)


『あたしがずっとそばにいるからね』

『うん。ずっといっしょにいてね』


 あたしは自分で思い出しておいて、またかぁっと顔が赤くなった。


(いけない、いけない。今日はなんだかノスタルジックになりすぎてる)


 あたしはチラッと、右隣で自転車を走らせている太一を覗き込んだ。


 太一は確かにかっこよくなった。

 レイヤーできれいにカットされた髪はふわふわしていて、染めていないなのに色素が薄いので明るく見える。前髪はサイドに流して、きめ細やかな肌を惜しげもなくさらしている。目はパッチリ二重、すっと形の良い鼻と、荒れのないきれいな唇。 

 背も成長期に伴いぐんぐん伸びた。今では178センチだ。昔はあたしの方が見上げられてたのに、今じゃ頭のてっぺんを見下ろされてる、


(やっぱ。かっこいいんだよね。太一って……。それに新しい制服もすごく似合ってる)


 男子は紺色の学ランだ。太一は首元を開けて楽にして着ている。


 あたしは幼い頃から太一と一緒にいる。

 だから、中学の時の友達やクラスメートの女子たちが

「太一君ってイケメンだよね!!」

と言っていても、今いちあたしはピンとこなかった。

「奈々はいつも一緒にいるから太一君の魅力に気付いてないだけ。どんだけ羨ましい立場にいるのか解ってほしいわ」

と、お説教される始末。


(ごめん、みんな。今ならみんなの気持ちがすごくわかるよ)


 心の中で彼女達に謝っておいた。


「でもほんと、同じとこ行けてすっごく嬉しいよ!」


 一緒に行けて嬉しいのはホント。自然と笑顔になる。 


「ほんとにな。私立なんて贅沢しないで、俺は公立でも全然良かったんだけど……。母さんがどうしても奈々と同じとこ行けって。何であんなに拘ってんだか……」


 その時、県道の大きな交差点が赤になったため素直にブレーキをかけた。

 

 あたしは緑高が第1志望だった。あたしも太一もすべり止めとして公立高校も受験していたが、なんとか2人共緑高に合格。結果オーライだが、確かにどちらかが落ちてしまっていたならば、今感じているこの嬉しい気持ちもなかった訳だから必死に勉強した苦労も報われる。


(もしどちらかが落ちてしまっていたら……)


 あたしはあったかもしれない未来を考えて怖くなった。

 2人一緒に並んで登校することもなければ、同じ教室で笑いあうこともなかった。きっとそれぞれの友達ができて、それぞれ別に大事な時間が増えていって。いつか彼氏・彼女という存在もできていたかもしれない。そしてお互い大切な人と共に一生歩んでいく……。

 

 心臓をギュッと鷲掴みにされたような気分になった。あたしは太一と離れたことがないから、離れてしまった時の気持ちを想像することしかできない。でもその想像だけですらこんなに苦しくなる。

 それは大切な”家族”だから?それとも……。



「……な?……奈々?」


 あたしはハッと現実に戻る。


「青だよ。今日朝から変だぞ?どした?具合でも悪い?」


 太一は心配そうに聞いてくれる。


「ごめん!なんでもない。大丈夫だよ。ありがとね太一」


「そっか。ならいいけど……」


 あたしは心配させないように努めて笑顔で答えた。でも太一はまだ何か腑に落ちない顔をしている。あたしはなぜか心の中の動揺や不安を太一に感付かれたくなかった。

 

「ほんとに大丈夫か?」


「だーいじょうぶだって!!何でもないから!」 


「わかった。何かあったらすぐ言えよ」


「うん。約束するよ」


 あの時の”約束”のように、右手の小指を指切りのように見せた。


「あっ早く渡らなきゃね!」 


「あっやべっ!」 


 ぼけっとしているとまた赤信号になってしまう。あたしたちは、いそいそと横断歩道を渡った。そしてふと思い出す。


「そういえば雪乃さんに頭を下げられた時は焦ったよ」 


太一は一瞬の間を置き、ある出来事を思い返す。


「あーあれね。ほんと母さんは心配しすぎなんだよな」


 


 2月のことだ。無事緑高に合格したあたしと太一は、お母さんや雪乃さんに報告へ向かった。

 お母さんは

「おめでとー!よく頑張ったね!みんなでお祝いしなきゃね!!」

と、ちょっと涙ぐみながらあたし達を同時に抱きしめた。 「子供の合格を祝う親」というよくある反応だった。

 

 それだけに雪乃さんの反応は異様だった。

 太一が合格を伝えると、雪乃さんはツーと一粒涙を流して

「奈々ちゃん。太一をよろしくお願いします」

と言うと、両手をきれいに重ねてあたしに頭を下げたのだ。息子を婿入りでもさせるかのようなセリフだった。

「母さん何言ってんだよ!!」

「そうですよ!雪乃さん頭あげてください!」 

 あたしも太一も雪乃さんの思いがけない反応に戸惑ってしまった。その後も雪乃さんは

「良かった。本当に良かった」

と泣いて喜んでくれたが、雪乃さんが何を考えているのかわからなかった。


 それにあたしは「太一をよろしく」と言った時の雪乃さんの真っ黒なオニキスのような瞳が怖かった。雪乃さんの瞳の奥にもっと深くて暗い闇が広がっているかのようだった。か

 あたしは自分の合格よりもそちらの方が気になってしまい、その日の夜、あたしと太一のためにお母さんとお父さんが開いてくれた合格祝いパーティーもしっかり楽しむことができなくなってしまった。




県道から横道に逸れ、学校までの近道である細く入り組んだ路地へと入っていく。


「雪乃さんに太一を任されちゃったし、しっかり面倒見なくっちゃね」


「ったく。子供じゃないっての」


 太一はムスっとしてる。


「太一のことがきっとすっごく心配なんだよ。頭下げられたのもあの時以来2回目だし」


「あぁ。"あの時"ね……」


「……あっ!……ごめんね、太一……」


あたしは太一が反芻した言葉で自分の失言に気付いた。自分の無神経さに腹が立つ。


「平気だって。もう何年も前のことだろ。だからそんな顔すんな」


眉間に皺を寄せ、今にも泣き出してしまいそうな幼馴染みの顔をみて太一は自転車を片手持ちして、空いた左手で頭をぽんぽんと優しく撫でるように叩いた。




偏差値については私自身あまり詳しくなく、自分なりに調べてみた数値です。なので70で東○大学受からないよ!というご意見もあると思いますが、この小説中では日本の最難関大学に頑張れば合格できるという認識でお願いします。あくまでフィクションと捉えていただけたらと思います。

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