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名前は、戦争が終わってから  作者: parupuntist
第八章 五二八六三の体温

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五 許さない

「終わってない」


 ユノの声は、低かった。


 ユノは、台から離れ、棚のほうへ走った。棚の引き出しを、次々に、乱暴に開けていく音。金属の部品が、床に散らばる音。


「人工心臓の、予備。……医者が、廃棄される兵隊から、抜き取って隠してたやつ。ここに、あったはず」


 『冷却循環 停止まで 推定四十五秒』


 ユノの足音が、戻ってきた。


 何か、拳ほどの、重いものが、盆の上に置かれた。


「規格が、合うかどうか、わからない」


 ユノの手が、わたしの胸の中へ、差し入れられた。細い管の、ひとつを、摘む。


「痛いよ」


「……うん」


 管が、外された。


 胸の中から、冷たいものが、溢れ出した。薄い赤い水が、わたしの脇腹を伝って、金属の台の上に、流れ落ちていく音がした。


「許さない」


 ユノが、言った。手を、止めずに。


「あなたが、人間でも。人間じゃなくても。……イオを撃ったのは、あなたの手だった。それは、変わらない。わたしは、あなたを、許さない」


 二本目の管が、外された。


 『冷却循環 停止まで 推定三十秒』


 わたしの時間が、ひどく、ゆっくりになっていった。ユノの声が、遠くなったり、近くなったりした。


「でも」


 ユノの手が、わたしの胸の中の、止まりかけたポンプを、掴んだ。


「捨てない」


 ポンプが、外された。


 胸の奥の、あの一定の音が、消えた。


 静かだった。


 わたしの中から、時を刻むものが、なくなった。


「兵器として、廃棄なんか、させない」


 ユノの声だけが、闇の中に、あった。


「あなたは、あの夜を、見届けた。十か月、壁の向こうに閉じこめられて、それでも、見てた。……式典の夜、あなたは、自分の目を焼いて、それを、この街に見せた。自分で、あの男の喉から、手を開いた」


 新しい、重いものが、わたしの胸の中に、押しこまれた。


「そういうものを、わたしは、廃棄物の山に放りこんだりしない。……番号をつけて、白い箱に詰めて、どこかへ運ばせたりしない」


 『冷却循環 停止まで 推定十五秒』


 管が、繋がれていく。一本。二本。


 ユノの指が、震えていた。震えながら、正確だった。遺体の中から弾を取り出すときの指。わたしの肩から、黒い欠片を取り出したときの指。


「わたしは、記録係なの」


 ユノの声が、ひび割れた。


「目の前にあるものを、見たとおりに、記録する。……わたしが見たのは、兵器じゃない。わたしが見たのは――」


 『冷却循環 停止まで 推定五秒』


 三本目の管が、繋がれた。


 『四』


 ユノの手が、胸の中の、新しい重いものの、どこかを、強く押した。


 『三』


 何も、起きなかった。


 『二』


 ユノが、もう一度、押した。


「動いて」


 ユノの声だった。


 地下鉄の駅で、あの青白い光に身体を止められたとき、わたしが、心の中で言った言葉と、同じだった。


「お願い。……動いて」


 『一』


 ――どくん。


 胸の奥で、何かが、打った。


 それから、もうひとつ。また、ひとつ。


 冷たいものが、管を通って、わたしの中を、巡りはじめた。


 『冷却循環 回復

  出力 正常』


 一分間に、六十。


 わたしは、その音を、聞いていた。止まって、そして、また打ちはじめた音を。白い聴聞室の一秒の空白のあとには、ロクマルの声が残っていた。今度の空白のあとに残っていたのは、ユノの、動いて、という声だった。


 ユノが、台の縁に、額を押しつけた。


 長いこと、動かなかった。肩が、大きく、上下していた。一分間に、百八十の心臓の音が、少しずつ、少しずつ、落ちていった。百四十。百二十。


「……間に合った」


 ユノは、台の縁に額を押しつけたまま、つぶやいた。


 それから、ユノは、顔を上げた。


 白い合金の板が、わたしの胸の中に、戻されていった。留め具が、ひとつずつ、嵌められていく。こつ、こつ、と、硬く、澄んだ音。最後に、細い糸が、わたしの胸の皮膚を、一針ずつ、縫い合わせていった。


 ユノは、途中で、一度も、手を止めなかった。


 縫い終えると、ユノは、糸を切り、わたしの胸の上に、清潔な布を当てた。


 そして、その布の上から、自分の手のひらを、そっと、置いた。


 ポンプの音が、ユノの手のひらの下で、打っていた。


 ユノは、何も言わなかった。


 しばらくして、ユノは、布の上に手を置いたまま、ぽつりと言った。


「……さっきの、続き」


 ユノの声は、ひどく、疲れていた。


「わたしが見たのは、兵器じゃない。……あの夜を、十か月、見届けて。自分の目を焼いて、それを、この街に見せて。自分で、あの男の喉から、手を開いた。……そういう、あなただった」


 扉が、三度、短く、叩かれた。


「……生きてるか」


 扉の向こうから、老人の、しわがれた声がした。


 ユノは、わたしの胸の上の布から、手を離さずに、答えた。


「生きてる」


 老人は、しばらく、扉の向こうで、黙っていた。それから、足音が、ゆっくりと、遠ざかっていった。

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