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名前は、戦争が終わってから  作者: parupuntist
第七章 二度目の殲滅

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二 公開聴聞

 式典は、日が沈みきってから、始まった。


 楽隊が、ゆっくりとした曲を奏でた。白い服の子どもたちが、演壇の前に並んで、歌を歌った。明日の歌、という歌だった。広場の何万人もの人々が、白い旗を振り、歌に合わせて、口を動かしていた。


 復興局の高官たちが、次々に演台に立ち、話をした。


 戦争は、終わりました。十か月前に。わたしたちは、多くのものを失いました。けれど、いつまでも失ったものの記録を抱えていては、明日へ進むことはできません。今夜、零時、中央記録塔は、戦時記録の一括消去を行います。わたしたちは、記録を閉じ、明日をひらくのです。


 拍手が、広場を満たした。


 柵の中の遺族席だけが、拍手をしなかった。その中に、帽子のつばを下げたユノの横顔が、一瞬だけ、見えた。


 建物の壁の画面の数字が、減っていった。


 消去作業開始まで、あと、四十一分。


 演台に、ひとりの男が、上がった。


 銀色に近い灰色の髪を、額からまっすぐ後ろへ撫でつけた男。削いだような頬。襟の高い暗い外套。胸の、開いた本と若芽の徽章。


 ヴァルは、演台の前で、しばらく、何も言わずに、広場を見渡していた。


 何万人もの人々が、静かになった。


「戦後復興局、聴聞官のヴァルです」


 拡声器を通したヴァルの声は、それでも、一度も高くならなかった。低く、落ち着いて、広場の隅々にまで、染みわたっていった。


「記録を閉じる前に、皆さんに、ひとつ、見届けていただきたいことがあります」


 演壇の上の、大きな画面が、切り替わった。


 わたしの顔だった。


 手配書の、あの写真。その横に、川べりで麦わら帽子を抱えて笑う、女の子の写真。そして、青い印字の文字。


 『ミラ・ハルト

  旧中央軍 第六兵站区所属

  第九避難所事件 実行犯』


 広場が、ざわめいた。


「十か月前、停戦のわずか四日前。第九避難所で、三百人の避難民が殺されました」


 ヴァルは、ゆっくりと、言葉を並べた。


「私たちは、長いあいだ、それを反乱分子の仕業だと考えてきました。……けれど、それは、誤りでした。調査の結果、あの夜の殺戮は、ひとりの兵士によるものだったことが、明らかになりました。命令によらず、自らの意思で、避難所を襲った、ひとりの兵士です」


 遺族席の柵が、揺れた。黒い布の人々が、立ち上がっていた。


「その兵士は、今も、この街のどこかにいます」


 ヴァルは、広場を、見渡した。


「罪を負えるのは、人間だけです。……ミラ・ハルト。もし、あなたが、この広場のどこかで、この声を聞いているのなら。どうか、名乗り出てください。人間として、あなたの罪を、負ってください」


 わたしは、頭巾を、脱いだ。


 白い旗を、足もとに、落とした。


 そして、人の群れを分けて、演壇へ向かって、歩き出した。


 わたしの周りの人々が、わたしの顔を見て、息を呑み、後ずさっていく。後ずさった人の後ろの人が、さらに後ずさる。わたしの前に、人の群れの中に、一本の細い道が、開いていった。


 画面の中の顔と、わたしの顔を、何万もの目が、見比べていた。


 演壇の下で、黒い装甲の男たちが、一斉に、小銃をこちらへ向けた。太い筒を背負った男が、筒の先の器を、わたしに向けた。


 ヴァルが、片手を、わずかに上げた。


 男たちは、撃たなかった。


 わたしは、演壇の階段を、ひとつずつ、上がっていった。一段ごとに、身体は、演壇の上の男たちの数と、銃の角度と、ヴァルまでの距離を、量っていた。わたしは、それを量らせたまま、ただ、階段を上った。


 黒い面の男が二人、わたしの両腕を、左右から掴んだ。わたしは、抗わなかった。身体も、抗わなかった。わたしは、そうすると、決めていたから。


 ヴァルの前まで、引き立てられた。


 ヴァルは、わたしを見ていた。瞬きをしない目で。


「来ると、思っていました」


 拡声器には届かない、低い声だった。


 それから、ヴァルは、演台の前を、わたしに譲るように、一歩、横へ退いた。演台の上の、細い首の送話口が、わたしの口の高さにあった。


「証言を」


 ヴァルは、今度は、拡声器に届く声で言った。


「ミラ・ハルト。この街に、あなたの口から」


 広場の何万人もの人々が、静まり返っていた。


 建物の壁の画面に、わたしの顔が、大きく映し出されていた。わたしの顔が、街じゅうの画面の中で、わたしを見ていた。


 わたしは、送話口に、顔を近づけた。


「わたしは」


 わたしの声が、拡声器を通って、広場の隅々にまで、響いた。


「ミラ・ハルトでは、ない」


 広場が、ざわめいた。


「その名前は、わたしのものじゃない。わたしには、まだ、名前がない。……そして、あの夜、第九避難所で起きたことは、ひとりの兵士の暴走なんかじゃない」


 ヴァルの指が、動いた。


 送話口の灯が、消えた。


 わたしの最後の言葉は、どこにも届かなかった。


「……記録に残らない言葉は、なかった言葉です」


 ヴァルが、拡声器には届かない声で、わたしの耳もとに言った。


「あなたが何を言っても、今夜、この街に残るのは、ミラ・ハルトの名前だけです」


 けれど、遺族席の柵の中で、黒い布の人々が、叫びはじめていた。


「嘘だ!」


「消すな!」


「本当のことを言わせろ!」


 柵が、押し倒された。黒い布の人々が、演壇の前へ、なだれこんでくる。白い旗の人々が、悲鳴を上げて、逃げまどう。黒い装甲の男たちが、盾を構えて、その前に立ちはだかった。


 ヴァルは、それを、演壇の上から、見下ろしていた。


 そして、外套の内側から、黒い、小さな受話器を取り出した。

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