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名前は、戦争が終わってから  作者: parupuntist
第四章 もうひとつの視線

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四 断片

 ユノは、眠らなかった。


 証言を書きつけた紙を、鞄の底の、回収官の端末の隣にしまうと、ユノは、机の上の旧式の端末の覆いを外した。医者が、義体の調整に使っていたものらしい。角のすり減った筐体に、いくつもの差しこみ口が並んでいる。ユノは、蓄電池から線を引き、読み出し器を繋いだ。


 わたしは、手術台の上から、それを見ていた。


 縛られたままだった。ユノは、帯をほどこうとは言わなかった。わたしも、ほどいてくれとは言わなかった。


 古い端末の画面が、緑がかった光を放った。


 『読み出し記録 九―〇〇〇一

  命令記録 完全

  通信記録 一部破損

  作戦映像 破損 断片数 四百十二』


「……途中で、線を抜いたから」


 ユノは、画面を見つめたまま言った。


 塔の地下で、あの合成の声が、標的確認と読み上げた瞬間。ユノは、操作盤から読み出し器の線を引き抜いた。そのおかげで、ユノは生きている。そのせいで、写しとっていた記録は、途中で、ばらばらに引きちぎられていた。


「命令記録は、全部ある。殲滅の命令も、人間の指揮官の認証も」


 ユノの指が、次の項目に触れた。


「通信記録は……」


 画面に、壊れた記録の一覧が並んだ。ほとんどの項目の横に、赤い印がついている。ユノの指が、その中の一行で止まり、しばらく、そこから動かなかった。


 九―〇七一一。


 その横には、赤い印がなかった。


「……残ってた」


 ユノは、再生しなかった。ただ、その一行を、指先で、一度だけ撫でた。


 それから、作戦映像の断片を、一つずつ開きはじめた。


 四百十二の断片。


 ほとんどは、一瞬の、灰色の画面だった。雨粒の横切る暗視の世界。錆びた貨車の、角だけ。硝子の天蓋の、端だけ。画面いっぱいの、砂嵐。どれも、一秒にも満たない、引きちぎられた時間の切れ端だった。


 ユノは、それを、一つも飛ばさなかった。


「二十三時二分の断片が、ふたつある」


 ユノが、画面を見たまま言った。


「どっちが先か、わからない。貨車の列が映ってるのと、線路が映ってるの。……あなたたちは、どっちを先に通ったの」


 わたしは、目を閉じた。雨。錆びた貨車の、冷たい鉄の匂い。


「貨車の列を回りこんでから、線路を渡った」


 ユノの指が、ふたつの断片を、並べ替えた。わたしの記憶が、ユノの手の中で、記録の順番になっていった。


 並べ替えた断片のひとつに、線路を渡る四つの影が、一瞬だけ映っていた。先頭の影が、握った拳を、肩の高さに上げている。止まれ、の合図。


 後ろの三つの影は、その合図を見るより先に、止まっていた。


 ユノは、その断片を、黙って、時刻の順の列に戻した。わたしは、それを、手術台の上から、見ていた。


 断片を開き、中を確かめ、閉じ、次を開く。時刻の順に並べ直し、つながるものを探し、つながらないものを脇へ除けていく。


「安置所に運ばれてくる遺体の端末は、たいてい壊れてるの」


 ユノは、手を止めずに言った。


「爆風で、水で、火で。……それでも、中に写真が一枚でも残ってたら、誰の遺体か、わかることがある。だから、壊れた記録から、使える欠片を拾い集めるのは、慣れてる」


 時間が、過ぎていった。


 地下には、朝も夜もなかった。雨漏りのしずくが、通路の奥で、一定の間隔で落ちつづけていた。わたしは、その音を数えていた。三千。四千。ユノの横顔が、緑の光の中で、少しずつ、痩せていくように見えた。


 途中で、ユノは、鞄の底から固い乾パンを一枚取り出し、半分に割って、わたしの口もとへ差し出した。


 わたしは、首を横に振った。


「昨日から、何も食べてないでしょう」


「……お腹が、空かない」


 ユノは、少しのあいだ、割った乾パンを見つめていた。それから、黙って、自分の半分を齧り、残りの半分を、鞄に戻した。


 三百何番目かの断片を開いたとき、ユノの手が、止まった。


「……変」


 わたしは、首を持ち上げた。


「これ、映像じゃない」


 ユノは、画面に顔を近づけた。


「映像の記録の中の、使われていない音の帯に、別の記録が押しこまれてる。……映像の音は、全部、塔で消されてたでしょう。でも、これだけは、映像の音じゃないから、消し残されたんだ」


 ユノの指が、断片の、奥の奥を開いていく。


 画面に、見慣れない形式の、短い見出しが現れた。


 『付随記録

  記録者 第七研究室 主任技師

  記録日時 停戦協定発効の四日前 二三時四一分

  分類 観測層試験記録』


「二十三時四十一分」


 ユノが、つぶやいた。


「作戦が終わってから、二十四分後」


 わたしは、画面の、最後の一行を見ていた。


 観測層。


 その言葉を、わたしは、知らなかった。


 知らないはずだった。けれど、その三文字を見た瞬間、わたしの目の奥で、何かが、ゆっくりと、こちらを振り向いた気がした。


「誰かが、わざと、ここに隠したんだと思う」


 ユノが言った。


「作戦の記録は、必ず封印される。封印されれば、塔の底で、誰にも触られずに残る。……だから、そこに紛れこませたのかもしれない」


 ユノは、わたしを見た。


 手術台の上の、縛られたわたしを。


「……聞く?」


 わたしは、頷いた。

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