一 焼却予定
ラジオが、わたしのことを話していた。
『――昨日夕方、東区仮設遺体安置所で、旧軍の未登録義体兵が暴走し、戦後復興局の警備機械二体を破壊しました。義体兵は、安置所の職員一名を連れ去って逃走中です。二十代前半の女、黒髪、灰色の瞳。見かけた方は決して近づかず、最寄りの復興局窓口へ通報してください――』
書庫の天井近くの通風口から、朝の光が細く差しこんでいた。雨は、夜のうちに上がっていた。
ユノは、電池の切れかけた小さなラジオを膝に載せたまま、鼻で笑った。
「連れ去られた、ね」
ラジオは、次の知らせに移っていた。停戦記念式典まで、あと十三日。中央記録塔では、戦時記録の一括消去に向けた準備が最終段階に入っている。一部の遺族からは延期を求める声も上がっているが、戦後復興局は予定どおり実施する方針で――。
ユノは、黙ってラジオを切った。
ユノの肩には、まだ、わたしのジャケットがかかっていた。ユノはそれに気づくと、しばらく眉を寄せて見下ろしてから、丸めて、わたしのほうへ放った。
「……寝なかったの」
「眠くならなかった」
「そう」
ユノは立ち上がって伸びをすると、ついでのように言った。
「ありがと。……傷、見せて」
わたしは肌着の裾をまくった。
昨日、弾丸が抜けた脇腹には、何もなかった。塞がりかけた傷も、赤い引きつれもない。周りと同じ色の、なめらかな皮膚があるだけだった。
ユノは、その場所に指先で触れようとして、途中でやめた。
「……もう、ないんだ」
それだけ言うと、ユノは、読み出し器を繋いだままの端末を取り上げた。昨夜は、指令と消去対象の一覧しか開いていない。ほかの文書を、一枚ずつめくっていく。
その指が、ある頁で止まった。
『第六兵站区 処理計画
対象 旧中央軍第六兵站区 全棟
五二八六三の回収完了をもって、焼却処理とする
焼却開始予定 第三〇五日 正午』
「第六兵站区」
わたしは、その文字を見つめた。
「わたしが、目を覚ました場所」
「……今日の正午」
ユノが、低く言った。
「回収は、完了していない」
「昨日の騒ぎのあとで、あいつらが予定を延ばすと思う?」ユノは端末を置いた。「わたしなら、急ぐ。燃やしてしまえば、何も残らないもの」
あの部屋が、燃やされる。
二つの二段ベッド。伏せて並べられた、四つの金属のカップ。三人が眠っていた場所。
三人がいた証が、この世のどこかに残っているとしたら、それは、あの部屋にしかなかった。
処理済。
昨夜、端末の表の中で、三人の番号の横に並んでいた三文字。その意味を、わたしは、まだ知らない。知るのが、怖かった。けれど、あの部屋が灰になってしまえば、わたしは、三人がそこにいたということさえ、確かめる手立てを失う。
目を覚ましたとき、身体の奥で根元から断ち切られていた、三本の糸。その切れ端が、まだ、あの部屋のどこかに落ちているかもしれなかった。
「行く」
「正午まで、五時間もない。それに、あそこには、きっと――」
「番犬がいる。わかってる」
ユノは、長いこと、わたしを見ていた。
「……わたしも行く」
「危ない」
「知ってる」
ユノは、写真機の革紐を首にかけた。
「燃やされる前に、記録をとる。それが、わたしの仕事。……それに、塔に入る前に、知っておきたいの。わたしが、何と一緒に塔へ行くのか」
ユノは、鞄に、ランプと手帳と読み出し器を詰めこんだ。
「塔に入る方法は、戻ってから考える。……式典まで、十三日しかないんだから」




