第9話 待ち望んでいたこと
長期休暇の度に帰省しているけれど、魔法学校から実家までは丸一日ぐらいかかる。列車をいくつか乗り継いでそれぐらいの時間だから、意外と近いかもしれない。でも、ずっと列車に揺られていると、それなりに身体も痛いし、魔力も変な感じがする。もうちょっと高級な客車を取ったらもう少しましなのかもしれないけれど、そんなお金もない。
なぜそんなに遠くに魔法学校があるのかは知らない。けれど、この街から一番近い魔法学校はそこだった。大体、どうして魔法学校というものはあまり大きな都市の近くにはないんだろう。
昔はほぼ隔離されたような場所にあったらしいから、その頃から比べれば、立地的問題は多少はましな時代に生まれたのかもしれないけれど……もうちょっと交通の便が良い場所にあっても良かったのに。
まぁ、そんな旅路を終えて、私は実家に帰ってきた。
実家というけれど、あんまり家という感じはない。
5歳で魔法学校に入ってからもう13年。1年の大半を学校で過ごすせいか、寮の部屋の方が、家という感覚がする。
それでも、ここに帰れば、両親と弟がいる。
まぁ、あまり話すことはないんだけれど。
確かに軽く話して、近況報告とかはするけれど、それぐらいで。
多分、わりと互いに無関心な家族なんだと思う。私も含めて。
それでも、両親は私に帰ってきてほしいらしい。一度、帰らなかった時があるけれど、その時は通話で色々言われた。だから、それ以来、毎回帰ってきている。
帰ってきて、結局こうして自分の部屋に引きこもっているのだから、あまり意味は無いような気もするけれど……あまり親の気持ちはわからない。私は親じゃないし。
そんなことを、布団の上で考えている時だった。
ぴろりと通信機が音を立てる。
ぐるりと身体を回して、通信機を手の中で起動すれば、ルリアからのメッセージが来ていた。一応連絡先は交換していたけれど、こうして連絡が来るのは珍しい。
あの部屋で話し始めてから、もう半年ぐらいになるけれど、私もルリアもあまり必要とはしていなかったから。多分、ほぼ毎日会っていたから。
『今、話せますか?』
それに、大丈夫と返答する。
そこから数秒しないうちに、通信機がけたたましい音を鳴らす。
「もしもし」
「あ、こんばんは。ルリアです」
「うん。こんばんは」
身体を起こし、通信機の音量を上げる。
一応外に音漏れだけは気を付けないと。そろそろみんな寝ている時間だし。
「今日はどうしたの?」
「あの、声が聴きたくて」
心がことりとする。
その声はとても消えいるように儚く、そしていつかも聞いたような声だった。
「……また眠れなくなっちゃった?」
「はい……迷惑でしたか?」
「ううん。別に。私も暇してたから」
「家は、どうですか?」
「うーん。まぁ、普通。去年と変わらないよ」
両親が買ってきた料理は美味しかったし、弟の仕事の話はそれなりに面白かった。けれど、それぐらい。別にそれ以上のことは無い。元気そうで良かったとは思うけれど。
「実家ですよね? どこでしたっけ」
「海傍街。って言ってもどこかわからないよね。んー……あのほら、502年の魔力爆発事故の近くの街なんだけれど……」
「あ、歴史の授業でやりました。地下の試作魔力炉が爆発した事故のことですよね」
「それそれ。まぁもう何事もなかったみたいになってるけれど……一応、魔力だまりの観光地とかはあるよ」
そのおかげか、祭りのときには結構賑わう場所らしい。私はあまり行ったことは無いけれど。行きたいとも思わない。私はあまり人混みが好きではないし。
「ずっと家にいたんですか?」
「まぁ、うん。別にやりたいこともないから」
髪先を指でなぞる。
ちりちりとした感覚が指を伝う。
「ルリアは今日は何をしたの?」
「私は……小説を読みました」
「へー……なんて題名? 有名なやつ?」
「うーん。どうなんでしょう。でも、ユミさんも知っている小説ですよ」
「そうかな。私、最近の小説はあんまり詳しくないんだけれど」
昔はよく読んでいたけれど、最近はめっきり減った。
忙しくなったとかそういう言い訳じみた理由はあるけれど、簡単に言えば、そこまで心の気力がなくなってきたからな気がする。
「必ず知ってます。だって、ユミさんが書いた小説ですから」
「え?」
い、今なんて……
いや、そんなの。
あ、でもそっか。題名は教えたから、確かに読めるのかもしれないけれど。
でも、読むと思わなかった。教えたのは随分と前だし、その時点で読まないということは興味がないと思っていたのに。
「あー……あ、う、うん。そうなんだ……」
「いけませんでしたか?」
「い、いや。ううん。そんなことないけれど。ちょっと……」
手の中で髪をすりすりと回す。
胸の奥の方がうるさい。
変な感じがする。
動揺というか、緊張というか。
「ここ3日で5つとも全部読んじゃいました」
5つって。
全部?
今まで書いたもの全部……
あー。ん-。
心がぐるぐるする。
どこかでルリアがそうしてくれることを望んでいたような気がするのに、とてもすごく心が重たくなる気もする。
「あーえっと……ど、どうして急に私の小説を……」
「……らです」
小さな声が流れる。
けれど、上手く聞き取れなかった。
「ルリア?」
「……会いたかったからです」
また私の身体が熱を帯びるのを感じる。
一瞬、呆けてしまった。
……会いたい。それは、多分。私に会いたいという意味で。
そう言われるだけで、こんなに嬉しいなんて。
「なんだか久しぶりでしたから、1人で眠るのは。だから、少し寂しくて」
「……だから、私の小説を読んだの?」
「はい」
「えっと……寂しくなくなった?」
一応、私の小説は、私を助けるために書かれたもので。
それはつまり、私のような孤独に苛まれた人が読んだら楽しい物になるんじゃないかと思っているけれど……
「いいえ。もっと寂しくなりました」
「そ、っか……」
「だって、もっとユミさんに会いたくなりましたから」
どういうこと?
喉元まで出かけた言葉をくるりと回す。
ルリアの言葉の意味がよくわからなくて。
その疑問が通話ごしでも伝わったのかもしれない。
「だって、あんなの読んだら、もっと好きになりますよ。ユミさんのこと」
思わず通信機を取り落としそうになった。
好き。そんなことを言うから。胸の奥が、ふわりとして。
でも、その言葉に他意がないことはわかっている。少し深呼吸して。
「ユミさん?」
「ううん。その、どうして? なんで私っていうか……小説と関係あるの?」
私が書いている小説は、完全な虚構系で、実際にあったことを書いているわけじゃない。だから、私の小説を読んでも、その中に出てくる人たちを好きになってくれることはあっても、私まで好きになってくれると思わなかった。
「なんでって……小説にはユミさんのことが書いてあるからです」
「え?」
「ユミさんの言葉で、ユミさんから見た景色の欠片によって描かれた世界を覗かせてもらったんですから」
「んー……」
ルリアの言葉の意味がよくわからなかった。
私の小説には私の事なんか書かれてはいない。もちろん作者は私だから、登場人物は大なり小なり私の影響を受けた人が出てくるわけだけれど、全くの別人しか出てこないのに。
「まぁ、とにかくユミさんのことをたくさん知ることができたから、余計にまた話したくなったんです」
「……楽しめた?」
「はい。楽しく読めましたよ」
「そっか。なら、良かった」
良いということにしよう。
結局、楽しんでもらえたのならそれが一番だろうし。
……私の小説を読んで、楽しいと言ってくれる人がいるなんて。
なんだかほわほわする。
不思議な感じ……ルリアといるとこういう変な感覚になることがある。
「けれど、なんで……」
声が消えるように消えていく。
それを追いかけても、上手く意味は拾えない。
通信環境が悪いのかもしれない。
「えっと、なんて?」
そう問いかけても返答はない。
少し布がこすれる音がするぐらいで。
「ルリア?」
「はい……ふわっぁ……」
小さな返事と共に、大きな息が流れる音がする。
欠伸かな。時間を見れば、もうずいぶんと夜も深くなっている。
「ええっと……眠いの?」
「うーん……えっと。いえ。あ、はい……」
あまりにもしどろもどろで、要領を得ない。
ぽわぽわとした声が流れてくるだけで。
本当に眠そうで、なんだか笑ってしまいそうになる。
こんなに曖昧に言葉を紡ぐルリアは珍しい。そんな彼女の声で、少し頬が綻ぶのを感じる。
「もう寝ようか」
「あ、ま、まって……嫌です……もう少し、このまま」
喉の奥から声が出そうになる。
それを抑えて、ゆっくり言葉を選ぶ。
「このままでいいから、横になって?」
「……ユミさんもそうしてくれますか?」
「うん。だから、おやすみ」
「はい……」
通話状態のまま、身体を横にする。
なんだか変な感じがする。遠くのルリアとこうして情報的にはつながったまま寝ようとするのは。
「まだ、起きてますか……」
「うん。起きてるよ」
灯りを消し、天井を見つめる。
まるで知らない天井のように見えて、この場所がどこか遠くに感じる。けれど離脱感とも違う。
本当の私は、ルリアの隣にいるかのような……そんな錯覚。悪くない。
「ユミさん。今度会ったら……」
彼女の消えてしまいそうな儚い声が遠くなっていく。
「ルリア?」
小さな息遣いだけが流れてくる。
どうやら眠ってしまったらしい。
なんだか今日のルリアはちょっと変だった。
普段より寂しがっているように見えたというか。
でも……それは私も同じかもしれない。この布団は独りで寝るにはちょっと広い気もする。去年はそんなこと思わなかったはずなのに。
けれど……最後の言葉はなんだったのだろう。
そんなことを考えながら、私も目を閉じた。




