第10話 思い出の場所
実家への帰省も終わり、魔法学校に帰ってきた。
いや、正確には3日間ぐらい前から帰ってきたんだけれど、今日までずっとルリアとは会っていない。
今日も鳴らない扉を見つめる。
けれど、扉が音を立てることは無く、時間だけが過ぎていく。
どうしてこないのかな。わからない。気になる。
……いや、気になるなら連絡すればいいんだけれど。
でも、なんだか重たく思われる気もして、あまり気は進まない。というよりは緊張しているだけなのかもしれないけれど。
だって、約束をしていたわけでもないのに。なんていうか催促するみたいな。
……催促したいのかな。
そんなに会いたい?
……そうかもしれない。もういいや。えい。
なんか考えることを放棄して、ルリアにメッセージを送ってみる。
けれど、返答はない。もう寝てしまったのかな。
……もう寝よう。
寝た方がいいんだろうけれど。
なんだか落ち着かない。
ここに来たら、またルリアと会えると思っていたのに。
「会いたい……」
自分で呟いて、意外だった。
思ったよりも私は会いたいらしい。ルリアに。
なら、会いに行こう。
……そっか。会いに行けばいいのか。
たったそれだけのことに気づいていなかった。
どうしてずっと受動的だったんだろう。考えるまでもなく、それが楽だったからだけれど。でも、身体は精神の願望機なのだから。会いたいと願うのなら、会いに行かないと。
扉を開けて、もう暗い廊下にでる。
ひゅるると冷たい風が流れているように感じる。
人気がなく、どこか恐ろしい。
ルリアの部屋って、どこなんだろう。なんとなく出てきたけれど……よく考えたら、どこか知らない。この寮の部屋は性別による規則性はあるけれど、学年や識別番号による規則性はない。だから、探すことはできない。適当な部屋を叩くというわけにもいかないし……
「はぁ……」
通信機を見ても、まだメッセージは返ってきていない。
もう戻ろうかな。また明日会えばいい。そんな気もする。
でも、何故かそわそわして、帰る気にはなれない。
せめてルリアが行きそうな場所に行ってみよう。
でも、それはどこ……?
一瞬、考えて答えはすぐでた。
「旧校舎……」
ティナという子に心中を提案された場所。
旧校舎というけれど、本来の名前は特別なんとか棟だった気がする。本来の旧校舎はもうほとんど取り壊されて、今の校舎に切り替わっている。
そんな旧校舎は今は授業で使われることもほとんどなく、もっぱら同好会のたまり場や低学年の遊び場になっている。
だからだろうか。この時間だというのに鍵もかかっていなかった。
正直、扉の前まできたら帰るつもりだったけれど……ここまで来たら入ってみようかな。どうせ見つかれば怒られるのは一緒だし。
旧校舎は寮舎よりも暗い。
それに静けさは不気味の域を超え、恐怖そのものになるほどだった。
なるべく足音を抑えながら、先を進む。視界は身体強化を使って確保する。
本当は探知魔法でも使えれば、もう少しルリアを探すのは楽だったんだけれど。
でも、流石に広域探知魔法なんて使えば、すぐに先生が飛んで来て怒られるだろうし。
でも、ここにルリアがいるのかな。
ここまで来てなんだけれど、そんなわけはないような気もしている。それどころか、誰かいたら問題だし。
だから、誰もいないと思っていた。
けれど、2階に上がった時には、何か音が聞こえる。
何かを喋っている……?
いや、というよりは独り言というか……
でも、誰かいる。
帰った方がいいかな。
いや、もし本当にルリアだったりして……
息を殺して、教室の中をそっと覗き込む。
そして私は窓辺に佇む長い赤い髪を持つ少女を見つけた。
「ルリア?」
彼女がびくりとして、こちらを振り向きそして俯く。
力がどっと抜ける。
「……ユミさん」
「ここにいたんだね」
「どうして……」
どうしてここに来たんですか。
微かな声が風にのって届く。
その答えはきっと曖昧にしておくこともできるのだろうけれど。でも。
「なんとなく、だけれどね。ルリアのことが心配になって」
「……心配ですか。私を?」
「んー……それと、会いたかったから。だから、探した」
「会いたいって……」
「変かな」
「……いいえ」
ルリアがようやく私を見る。
くるりとした瞳の中に私の青い髪が映っている。
「変ではありません。でも、ユミさんはそういうことを言わないと思ってました」
「……なんで?」
「ユミさんは、他人事だと思ってそうでしたから」
「いつかも聞いたね。それ」
「そうですね。言ったことありますから」
ルリアが呟く。
「他人事だと思ってくれそうって、どういう意味なの?」
「……そういうことを聞いてこないって意味です」
「えっと……」
結局、どういうこと。
そんな疑問を喉の奥に閉じ込める。
でも、きっと伝わったのだろう。
「ユミさんなら、そういうことを聞いてこないと思ってました。少し前に言ってましたよね。全部仕方がないことって……」
「んー……」
「言いましたよ。去年最後の合同演習の時です。ルミエルが貫通術式を失敗してしまった時のことです」
「言われてみれば、あった……かも?」
正直、あんまり覚えていない。
そんな昔の事……
それにそれはルリアとこうして話すようになる前の……
いや、当然か。その出来事があったから、ルリアはあの日私の部屋の扉を叩いたのだから。
「その時、きっとユミさんは全部仕方がないと許容して、どこか引いたところから見ているのだと思いました。私と同じように、実感がないままにこの世界にいるんだって。だから、気になったことがあっても、心の中にしまっておいてくれてました。どうでもいいこととして」
「どうでもいいって……そういうわけじゃ」
「そういうわけではなくても、聞かずにはいられないほどではなかったんですから。十分他人事にしてくれていますよ」
責められているような言葉だけれど、そういうわけではないらしい。
どちらかと言えば、褒められている?
全然、そんな気はしないけれど……
「……でも、もう違います。他人事なら、こんなところまで私を探しに来たりしません」
「まぁ……うん。そうかもね」
「どうしてですか?」
「どうしてって……」
その問いに少し考える。
会いたいというのはさっき言った。
だから、きっと問われるのはなぜ会いたいかということで。
その答えはまだよくわからない。けれど、私は。
「……今日も話したいと思ったから」
ぱちりと瞬きをして、私を見つめる。
疑問の視線が私を貫く。答えを揺れる心の中から探す。
「今日も、これからも話したい。ルリアと。色々なことを。別になんでもいい。ただ一緒に話してくれたら、それで。だから、えっと」
「……会いたいというわけですか」
「そう。そういうこと。今までみたいに、夜に少し話して、一緒に眠って。ずっとそうしていたい」
「……ずっと一緒にいたいってことですか?」
頷く。
正直、それは少し言い過ぎな気もしたけれど。
でも、感覚的にはそういうことな気がする。
「そんなに私を求められても困りますよ。話しましたよね。私の感情は希薄で、ユミさんのその感情には応えられません」
ルリアはまたしても俯いて、私から視線を逸らす。
それにちょっと声を上げそうになる。そんな小さな嘆きは口の中で響くだけだったけれど。
「……でも、ルリアは私と話そうとしてくれた」
「だからそれは、そんな風に言い出さないだろうって思ったからですよ」
「別になんでもいいよ。でも、私はルリアと話すのが好き……一緒にいるのが好き。だから……一緒にいて欲しい」
我儘かな。
でも、私の心はそれを望んでいる。
……あれ。こんなに心は近いものだっけ。
こんなにほわほわして。呼吸って、こんな風にするんだっけ。
夜なのに、視界がやけに鮮明に感じる。
なんだか変な感じがする。
「一緒にですか……」
「うん」
「……私もユミさんの事、好きですよ」
その言葉だけで、ふわりとする。
この感覚にはまだ慣れない。でも、嫌な物じゃないのは分かってきた。
「ユミさんと話すと安心します。ユミさんの小説を読むのも好きです。最近は投稿していませんけれど……」
「……それは、ちょっと」
なんでだっけ。
思えば確かに最近は小説は書いていない。
どうして……
「少し寂しいですが、気にしてませんよ。こうしてユミさんと話せるのならそれでいいんです。それだけで、心が動いています。ユミさんと話して、色々な事を思って。私は心の形を見つけることができたのだと思います」
「えっと、それは……良かったね」
「はい。でも、同時にわかってしまったんです。私の心にはそこまでの力はないって。ずっと一緒に……なんて、そんな風に思えるほど強くはありません」
「別に……」
別に私はそんなこと気にしない。
ルリアが今日も明日も、その次の日も扉を叩いてくれればいい。それだけなのに。
でも、私が気にしなくても、ルリアは気にする。想いの差を気にする様子を、ずっと見てきたのだから。
「でも……会えて嬉しかったです。だって、今日も会いたいと思っていましたから」
「なら」
なら、今日も来たら良かったのに。
……来れなくても、前みたいに通話で話そうと言ってくれれば。
そんな言葉をルリアは遮る。
「けれど、会いたくはなかったんです。ユミさんはここに来ないほうが良かった」
「……なんで?」
ルリアの瞳がまた私を見つめる。
けれど、その瞳は雫が溜まっているように見えた。
そして、自然に笑っているようにも。
「今、会うと。会っちゃったら。私、死にたくなります」
綻んだ笑顔で、そんな言葉を紡いだ。




