第11話 結末の重要度
「ぇ……な。ど、どうして?」
「……私もユミさんと会いたいと思ってました。ユミさんの声を聴いて、一緒に眠ると安心します」
「そ、それは、良かったけれど……?」
でもその言葉がどうして死にたいに繋がるのかよくわからない。
「座りましょう。少し話しませんか?」
もう使われなくなって久しいであろう椅子に座る。
少し軋む音がして、ちょっと嫌な感じがする。
「どこから話しましょうか」
「……どうして、死にたいの?」
いつかも聞いた問いを呟く。
ルリアは少し自らの髪を弄る。
「わかりません。けれど、多分私にとっては、死というのはとても近いものなんです。だから、選択肢としてそこにあって。私はそれを選ぶ状況にあります」
「……どうして?」
「……少しの発想です。ほんの少しの想いがずっとあります」
「どんな?」
「簡単なことです。ユミさんに会いたいというこの気持ちがどこかに行って、また心を見失う前に、ここで完結させるべきじゃないかって。そう思うんです」
「……どういうこと?」
「終わり方の問題ですよ」
終わり方。つまりは死に方の問題。
つまり、ルリアは自分自身がここで死ぬべきだと……そう言っている。まるでどこかで聞いたことのあるような理由で。
「死んだら、魔力に還るだけで、その先にはなにもありません。でも、死に方は選べます。多分それは、たまたま私が選べる側だったからなのでしょうけれど。でも、その偶然が私の手の中に在ります。だから選びました。ここで死ぬことを。ユミさんと死んでしまいたいって」
「……なんで」
ルリアの説明を聞いてもよくわからない。
私達は多分、互いに寂しさを埋めるために出会い、そして今は互いに会いたいと願った。それなのに、どうして死ぬかどうかという話になっているのか。全然理解が追い付かない。
「これからも、もっと話そうよ」
「そうですね。きっとその方が正しいのでしょう。でも、ここで終わらせたいんです。今なら、ユミさんを好きなまま死ぬことができます」
「心変わりが怖いから、今死ぬの?」
「まぁ、そういうことになりますね。だから……できるなら、ユミさんにも私が好きなまま死んでほしい。というのはちょっと我儘ですよね」
「そう、だけれど。そうじゃなくて、私は」
ルリアに死んでほしくない。
生きていて欲しい。
これからも一緒に過ごしたい。
そんな想いは言葉にならない。
けれど、きっとそれは伝わっていて。
だから、ルリアは困ったように首を傾げる。
「でも、私は……心中を望んでしまってます。ティナと同じように」
その言葉でようやくわかった。
ルリアの発想はどこかで聞いたことがある気がしていた。ティナというルリアの昔の恋人が心中を望んだ理由と似ている。それか同じものか。
ならやっぱり。余計に、ルリアの提案には頷けない。
「……嫌なことはわかっていました。だから、別に私はユミさんに強要はしません」
「嫌っていうか……まだよくわからなくて。そんなに、死にたいの?」
「はい。ここで終わりたいです」
「……そんなに今死ぬのは良い死に方なの?」
「そう信じています」
「そんなの……」
反論を組み立てようとして、形になりそうな言葉は掴もうとすれば崩れてしまう。
だから、ただ俯いて、裾にしわをつくることしかできない。
ルリアが死ぬのは嫌なのに。でも、どうしたらいいのかわからない。
「ユミさん」
ルリアが少し私に近づく。
座りこむ私の手を取り、目の前に彼女がしゃがみ込む。
無理やり私の視界に入ってくる彼女はとても普段通りで。
つないだ手の静けさも、くるりと回る瞳も、長く綺麗な赤い髪も……全部がいつも通りで。
「ユミさんはどんな死が幸福だと思いますか?」
その声だって、いつものルリアのようで。
いや、ずっとそうだった。ルリアはずっといつもの彼女の姿をしていて。
だから、余計にわからなくなっていく。どうすればルリアを止められるのか。
「例えば、恋人がいて、家族がいて、そんな中死んだら、幸福だと思いますか?」
「……どうかな」
どんな死が幸福か。
幸福って何だっけ。
死ぬときに、どうなれば幸福なんだろう……
なんでだろう。どうしてこんな時まで、こんないつもみたいに考えて……
「後悔のある死なら、その人生は幸福なものじゃないかな」
「……後悔、ですか」
「うん」
だって、死ぬのを後悔するということは、まだ生きていたいということだから。そんなに人生に期待できている時点で、十分幸福な人生のような気もする。
「なら、ユミさんは今、幸福ですか」
「……ルリアとこうして話していられるなら、それなりには」
幸福。なはず。
そんな予感はする。
だからこそ、こうしてルリアに会いにきたのだろうから。
「私は幸せです。こうして好きな人と話していられるのですから」
「……なら、もう少しこうしていようよ」
「いいえ。私はきっとユミさんの言う後悔のある死を望んでいます。人生が幸福であるうちに終わらせたいのです。ほら、終わり方が一番大事って言いますし」
だから、死ぬときの想いは、ちゃんと心として形があるうちに死にたいのです。
そう語るルリアは、窓から差し込む星明りに照らされて、なんだか幻想的で……儚い。今にも死んでしまいそうに見えて。
胸の奥のあたりがきゅうぅと音を立てる感じがした。
「……私は切り離されたまま死にたくありません。この世界から拒絶されたまま、死にたくない。心を持てずに死にたくないんです」
「だから、この死は幸福な死ってこと?」
「そうです。そう信じています。信仰的ですかね」
「……そうだね。でも、大抵のことは信仰によって決まるから」
「それ、よく言ってますよね。うつっちゃったかもしれません」
ルリアが顔を綻ばせる。
私としてはそんなに何度も言っている気はしないけれど……ルリアがそういうのなら、そうかもしれない。
「信じるって、すごいことだと思います」
「それは、そうだね」
「だから、今、ユミさんへの想いがあることを信じられているうちに死にたいんです」
「そんな……」
「……心中が駄目でしたら、私は1人で死にます。次に、ユミさんと会う時は、死ぬときって決めてましたから」
……え。
それって。
私が会いに来たから、死ぬことにしたってこと……?
「まって。まってよ。そんなの……」
「いいえ。ここでお別れです」
「そんなの、おかしい。一緒にいたいのなら、一緒にいればいいのに。どうしてそれを終わらせるようなこと」
焦って、言葉を紡ぐ。
それと対照的にルリアはゆっくりと目を閉じる。
「……おかしい、ですか」
「ごめん。それは言いすぎたかもだけれど。でも」
「いいえ。きっとそうなんです。結局、最後まで私は変なのかもしれません。普通にはなれなかったのかもしれません。でも、私は心を見つけましたから。それでいいんですよ」
「……何が良いの?」
「私にとって、これが幸福な結末ということです」
ルリアが私の手を離し、ゆっくりと立ち上がる。
行ってしまう。ルリアが。遠くに。会えない場所に。
思わず、手を伸ばす。けれど、それは空を切る。
それでも言葉は漏れだす。
「行かないで……」
ルリアは私を困ったように見つめる。
どうしよう。
どうしたら、ルリアを止められるんだろう。
魔法を使う?
いや、そんなことをしても意味はない。
今日、ルリアの動きを止めたとしても、死にたいという想いが変わらないと意味がない。
それを変えられるとしたら、言葉。
でも、私の言葉はもう限界で。
これ以上何を言えば良いのかわからない。
「わ、私は。ルリアがいないと」
何。
ルリアがいないと何なの。
ぐるぐると渦巻く想いから、答えを探す。
とにかく、そのままの想いを。
「寂しい……」
「……なら、一緒に死にましょう?」
「そ、それは……」
それは違う。
死にたいわけじゃない。
私はルリアとまた話したいだけなのだから。
そうじゃなくて。
「死んだら永久に独りになるんだよ。そんなの、嫌。だから……せめてもう少しだけ、一緒にいようよ」
「うーん……」
「心中したいって言うなら……もっとゆっくり……」
ルリアを見つめる。
なんというべきか、心が教えてくれる気がする。
……ルリアと話していると、心の解像度が少しずつ上がっていく気がする。婉曲的な手段を取らずとも、一緒にいて話しているだけで。
だから、想いを吐露する。
「ルリア。ゆっくり、一緒に死んでいこう?」
「……どういう意味ですか?」
「私達は、こうして生きているだけで、死の過程を歩んでいるんだから。それだけでずっと死ぬために生きているようなものだから。それを一緒に過ごすのなら、大局的には心中しているってことに、ならないかな」
自分で言ってて、ちょっと苦しい理論な気もした。
心中というには、受動的すぎるし。それにゆっくりと死ぬ自殺なんて、聞いたことがない。
でも、これが一番心に近い言葉だった。
「ユミさん、気づいてますか?」
「な、何が?」
「それって、なんだか結婚しようって言ってるみたいですよ。死ぬ時まで一緒にって」
ルリアは口に手を当て、くすりと笑う。
そう言われると、少し気恥ずかしい。でも、嘘じゃない。
「……それでもいいよ。なんでもいいから、一緒にいようよ」
「ユミさんは強いんですね」
「そんなこと、ないけど」
「まさか、そんなに抵抗されるなんて。本当に他人事だとは思ってくれないんですね」
「当たり前だよ」
そして差し出された手を私は握った。
けれど、次の瞬間。ルリアの瞳を見て、悟る。
彼女の意志に何も干渉できていないということを。
「だからこそ、私は心中を望みます。消えたいという曖昧なものではなく、ここで私は私の人生を終わらせることにしたのです」
「ルリア……」
「それでは、また……ではないですね。さようなら、ユミさん」
「ま、待って!」
ルリアが窓から飛び出した。
急いで窓から下を見れば、暗い夜道を駆けていく彼女の姿が見える。
一瞬ほっとする。
でも、冷静に考えてこれぐらいで魔法師は死なない。
それにルリアが自殺するなら、その場所は決まっている。
私もその後を追うように飛び降りる。
そして同じように走り出さずにはいられなかった。
でも、行ってどうなるというのだろう。
私はわかってしまった。あのルリアの瞳を見れば……もう彼女の意志が変わらないことは。少なくとも、私の言葉は届かない。
それでも、追いかけずにはいられない。
速い。
もう見えなくなってしまった。
ルリアはたしか魔法実技も得意な人だっけ。
特に近距離戦系の魔法が得意だった気がする。私の方が1年ほど上級生とはいえ、身体強化の技術では勝てない。
けれど、行く先は分かっている。
きっと海だろう。ティナと心中したという場所。
海なら、学校の端にある波打ち際に行くはず。
海流か地脈の影響で、年中荒れている海。特に冬の今は、海の魔力が濃く、あまり近づきたい場所じゃないけれど……
でも、そこまでわかっているのなら、向かうしか選択肢はない。




