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第12話 決断

 どれぐらい走っただろう。

 こんなに全力で走ったのは久しぶりで。

 魔力が急激に減っていくのを感じる。

 でも、随分と走れば、ようやくルリアの背中が見えた。

 彼女は振り向いて、そして立ち止まる。


「ユミさん」


 追いついてみれば、ルリアは虚を突かれたように目を見開いていた。

 追いかけてこられたのがそんなに意外なのかな。けれど、すぐに普段通りの穏やかな目線に戻る。


「どうしたんですか?」

「ルリア……」


 追いついた。

 けれど、どうしよう。

 魔力がぐわぐわする。疲れて、上手く考えられない。呼吸がしんどい。

 どうしたらいいの?


「もしかして、心中してくれるんですか?」

「そうじゃない……」

「……それなら、どうして来たんですか?」


 ルリアがきょとりと首を傾げる。

 でも、私もその答えはない。


「わからない。わからないよ……」

「……とりあえず、行きましょうか」


 差し出された手を掴む。

 ひんやりとしていて、けれど、熱を帯びている。

 この手に触れることができなくなる。それを想像するだけで、視界が狭まる。


「……ルリア」

「はい」

「まだ一緒にいたい」


 思わず呟いてみる。

 けれど、ルリアの表情は変わらない。


「……本当に、私は幸運です。こんなにユミさんに想ってもらって。そんなユミさんのことを想うことができて。でも、だめなんです」

「どうしてそんなに強情なの?」

「これが私の願いだからです。ここで完結することが、最も良い結末だからです」


 ……それはさっきも聞いた。

 もう私には彼女の意志は変えられない。

 ただ手を引かれるままに、


「つきましたね」


 そこには海があった。

 来るのは久しぶり。随分と前に見物に来たぐらいか。

 まだこの辺りは多重防波堤のおかげで、あまり波は強くないけれど、沖のほうはこの比じゃないぐらい荒れているらしい。


「ここが目的地?」

「はい。正確にはもう少し先ですが」


 ルリアは遠くを指でさす。

 ……多分、多重防波堤の沖側へと向かうのだろう。

 そしてまたルリアは歩き出す。それに引かれるように私も。


「それにしても今日は星が綺麗ですね」


 ちらりと星を見る。

 でも、なんだかそんな気分でもなくて、俯く。


「星の輝きは、昔は地脈が露出しているんじゃないかって考えられていたようですよ。昔って言っても、旧文明の初期ぐらいですけれどね」


 超高密度魔力の純粋魔力光。

 それが恒星が出す光の正体。

 その恩恵の下、この惑星で生きているのだから。

 まぁ、あまり実感はしないけれど……

 

「魔導機戦争時代にはあったらしいですから、旧文明の中期ぐらいに判明したんでしょうけれど……でも、分かったときはきっとがっかりしたでしょうね」

「どうして?」

「だって風情がないと思いませんか? 循環の中の光だと思っていたら、ただ強い魔力でしたーなんて」


 ……なんというか、思ったよりも浪漫的というか。

 それは循環信仰に近いもののように聞こえる。


「ルリアって魔神教だっけ」

「いいえ。両親はそうだったようですが、幼い頃に亡くなりましたから。あ、たしかに今の台詞は聖職者っぽかったですね。でも、私も魔法師ですから。まだ見習いかもしれませんけれど」

「……そうだね」


 たしかに円環を好むのは魔法師らしい感性と言えるかもしれない。

 けれど、ルリアが典型的な事を言うのは、なんだか意外でちょっと笑ってしまいそうになる。


 ……まるでいつも通り。

 いつも通りの会話。けれど景色はあまりにも異常で。

 なんだかルリアからはそれを感じさせない。


 でも、次第に波の音は近づいて、大きな柵が現れる。

 ここを越えれば、多重防波堤の沖の方へ行くことができる。

 既に波の勢いはかなり強いけれど、これ以上先は魔法師でも、対応できるかわからないほどに波は強くなる。


「……これ以上くるのは危ないですよ」

「ルリアは、私が一緒に死んだら、嬉しいの?」

「そういう言い方だとちょっと頷きづらいですが、そうですね。一緒に死んでくれると、嬉しいですね」

「……じゃあ、一緒に死んであげる」


 ちくりと胸が痛む。

 でも、それ以外にどんな言葉が正解なのかわからない。


「本当ですか?」


 ぱぁっとルリアが笑う。

 それを見れば思わず顔が綻ぶ。

 なんだかもうこの笑顔が見れないのなら、生きていても仕方がないなんて……そんなことを自分に言い聞かせる。

 

「う、うん」 

「……嬉しいです。じゃあ、行きましょうか」


 その言葉に頷く。

 柵を飛び越え、多重防波堤構造体の上に立つ。

 ルリアはさらに奥へと進んでいく。

 奥へと進めば進むほどに、陸からは離れていき、波は強くなっていく。


「この辺りにしましょうか。ここまでくれば十分でしょう」

「前と同じ場所なの?」

「いえ、前はもっと手前でしたよ。そのせいですかね。私が助かったのも。まぁ、そのおかげで、こうしてユミさんと結末を迎えられるのですから、悪くないのかもしれませんが」


 防波堤の上を歩く。

 なんだか思ったよりも不安定で、波がひっきりなしに飛び込んでくる。

 ここの波は思ったよりも強い。

 波が目の前を通る。それだけで足が竦む。


「……怖いなら、戻った方が良いですよ。別に無理して死んでほしいとは思ってませんから」

「る、ルリア……」

「覚悟ができるまで待ちましょうか?」


 その瞳はとても穏やかで。

 なんというか。私が覚悟なんてできないだろうということをわかっているようだった。でも、同時に吸い込まれそうになるほどに、とても綺麗な瞳で。


 覚悟。

 死ぬ覚悟?


 ……だめ。

 だめだ。私にはできない。

 ここまで死が近づいてわかった。

 私は死にたくない。どこまでも行ってもそれは変わらない。

 消えたいと思うことや、どこかに飛んでいってしまいたいと思うことはあっても、死というのはあまりにも現実的で、生々しい。すぐ隣にあって、簡単にそちらに落ちてしまう。


 現実はとても怖く、恐ろしい。

 だから、私は死も怖くて仕方がない。


「ルリア……戻ろう?」


 しゃがみこんでしまう。

 立っていることも怖い。なんだか揺れている気さえしてくる。


「……ユミさんだけで戻ってください」

「お願い。私を1人にしないで……」


 ルリアが私の手を離す。

 けれど、思わずルリアの手を掴む。


「放してください」

「やだ……」


 ルリアは困ったような笑みを浮かべる。

 そして彼女もしゃがみこんで私と目を合わせる。

 

「うーん……これまで私が生きていたことがおかしなことだったんです。それが今、幸福のまま終わることができる。それは今だけなんですから」

「……そんなのわからないよ。明日だって、その先だって、幸せで。そこで死ぬことだってできるかもしれないのに」

「そうですね。ですが、今は確実に幸福ですから。今と同格の未来はあっても、今より幸福な未来はないでしょうから。だから、今がいいのです」


 ルリアは私の手を振りほどく。

 するりと抜けていく彼女の手を、私は掴むことはできない。

 ……それだけの意志力を伴っている行動を、止めるわけにはいかない。そんなことを思ってしまったから。


 ひょいひょいと、ルリアはまるでなんでもないことかのように防波堤の上を進んでいく。多くの波を躱しながら、先の方まで。


「これが私の終わり方です。結末は私が決めますから。これってすごく幸せな事だと思います」

「ルリア……!」


 少しずつ、彼女が離れていく。

 もう手は届かない。

 波打ち際の先の先まで行ってしまった。

 無数の波が打ち寄せている。もういつ攫われてもおかしくない。


「待って……!」


 でも、足は動いてくれない。

 だから、声を絞り出す。

 けれど波の轟音が、私の声をかき消してしまう。

 でも、ルリアの声はやけにはっきりと聞こえた。

  

「ユミさん、幸せをくれてありがとうございます」


 そして、ルリアは波の中へと消えた。

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