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第13話 心の中で願われたのは

「……ぇ」


 ルリアが海に消えた。

 その景色の意味が一瞬わからなかった。

 それほどまでに現実的じゃなかった。その光景は。


 きゅうぅと音がする。

 視界が急激に狭くなる感じがした。

 寒気がして、喉が渇いて。


「る、ルリア……」


 自分でも驚くほどに掠れた声がでる。

 そんなに小さく名を呼んでも答えはない。

 当然のことだけれど、意味が分からない。

 

 そして私は座り込む。

 後を追うことも、ここから離れることもできず。

 ただぺたりと座り込んでしまい、服に海水が染みこむ。

 でも、動く気にもなれない。


 なんでだろう。

 なんだか普通の景色でしかない。さっきまでと変わらない。

 まるでなにもなかったのかのように轟音と共に波は流れていく。


 薄情すぎる。

 ……ルリアの言う通りかもしれない。

 結局私にとっては、何もかも他人事なのかもしれない。

 

 こんなものなのかな。

 ルリアが死んでしまったのに、こんな感じ?

 あれだけざわざわして、きゅるりと萎んでいた心はどこにもない。

 どうして。もうどうでもいいってことなのかな。


 ルリアのことがもうどうでもいい?

 そこまで大切じゃなかった?

 別にいなくなっても……


 そんなことないなんて、言えるほど自分に自信はない。

 でも、そんなわけないのに。

 ルリアは友達で、大切な人で。これからも一緒にいたいと願っていたはずなのに。

 なんで……こんなにも、私は何も感じていないんだろう。


 ……何かがおかしい。

 苦しくないなんて、おかしい。

 もっと辛いと思っていたのに。

 なんで、私は何も思えないのだろう。

 何も考えていない。何も気にしていないように。


 何も、ない。

 何もなくなっちゃった。

 私の心の中には。

 心って、なんだろう。


 私もルリアと同じだ。

 彼女のおかげで心を見つけることができていたのに。


 なんでまだこの世界にいるのかわからない。

 ルリアが死んでしまって、あんなに一緒にいたいと願っていたのに。

 どうしてまだ呼吸をして、魔力を動かして、時間の中にいるんだろう。


 眠たい。

 また波が流れていく。

 瞼が重い。息が重い。身体が重い。髪の感覚すら重たい。

 眼を開けているのが、どことなく億劫で。

 

 ころり。

 視界が転がる。

 余波が私の髪をさらう。

 視界の端に地面が見えて、倒れたことを理解する。

 起き上がらないと危ない。そんなことはわかっているけれど、どうにもそんな気にもならない。


 そのままくるりと仰向けになる。

 それで気づく。


「ぁ……」


 星が綺麗だった。

 満天の星空がそこにはあって、いくつもの穏やかで朧げな光が輝いている。

 星が雲を照らし、風にさらわれ流れていく。

 どこか遠くに来たようだった。


 横目に眩しい光が差し込む。

 朝日が昇り、水平線を照らす。私の影を濃くしていく。

 波の音を近くに、遠くの水平線が綺麗で。

 朝日も美しく、そして雲が流れる。


 ルリアが死んだのに、何も変わらない。

 世界はただそこにあって。

 否応なく、明日は来る。


 なんて早いんだろう。

 世界はどうしてこんなに早いんだろう。

 何もかもが早すぎる。

 気づけば、もう18歳も終わろうとしている。次第にあらゆる期限が近づいていて、周りの人は大人になっている。

 だから、私もまるで大人みたいに扱われている。けれど、私はどこまでも視野が狭く、そして現実を見れていないのに。


 波の音が流れる。

 眼に水が入り、思わず瞬きする。

 何をしてるんだろう。


 こんなところで何もせずに。

 ただ朝日が昇るのを眺めて……

 ついていけない。私の小さな心ではついていけない。

 ルリアに手を引いてもらわないと。


 でも、そのルリアも先にいってしまった。

 私を追い越して、世界も追い越して、その先の先へ。


 ……どうして彼女は私の手を離してしまったのだろう。

 なんで、私をこの世界に残してしまったんだろう。

 ルリアが手を引いてくれたから、私も……なんだっけ。


 わからない。

 心を見失った私にはわからない。


 あぁ。

 そっか。

 ルリアがいなくなって、心の在処がわからなくなったから、どんな気持ちかもよくわからないのかもしれない。悲しいのか、辛いのか、それとも、死にたいのか。なにもわからない。


 だから、何も感じていないみたいで……

 他人事だと感じているからなのかはまだわからない。

 ルリアほどではないにしても、私も感情は希薄で上手く掴めない。


 全部わからない。

 心が、わからない。

 なんだかずっと思考がぐるぐるして、ふわふわして、自分がどうしてここにいるのかわからなくなっていく。


 でも、私は。

 心を見つける方法はもう知っているはずなのだから。

 ルリアが来るまで、私はその方法を使っていたのだから。


「小説を……」


 小説を書こう。

 心を見つけるために、そうしなければいけない。


 もしかしたら、小説を書いてもわからないままかもしれない。

 もう二度と、私は心を見つけられないのかもしれない。

 ずっと独りのままな気がする。

 でも、今の私は小説を書きたい。

 そう願っている。

 私はその願望機なのだから。

 

「よいしょ……」


 立ち上がる。

 海はまだ荒れている。

 魔力が濃く、本当にルリアが死んでしまったのかもよくわからない。

 でも、ここに落ちて無事で済む魔法師はあまりいないだろう。

 もう二度とルリアには会えない。

 その事実が凍てつく空気と共に押し寄せ、余計に肌寒くさせる。


「……また、会いたい」


 小説を書けば、それが叶う気がした。

 心の中には、まだルリアの想いの残滓が残っているかもしれない。

 もしかしたら、私の小世界の中にルリアがいるかもしれない。

 文字にしてみれば、心の世界の中には彼女がいるかもしれない。

 そこでなら、また話ができるかもしれない。


 ……わからないけれど。

 また同じように、なにもできないままルリアを失うかもしれない。

 でも、そうなったら、もう少しはルリアのことがわかる気がする。


 きっと文字にすれば、物語にすれば、私の鈍感な思考でも理解できる。ルリアの想いや、私の想いも。様々な感覚を、言葉にすれば。

 だから、小説を書かなければいけない。

 それがただの自己満足だとしても。

 それが私の願いを叶えるための、私にできる唯一の方法なのだから。


 これまでの私は、心を繋ぎとめるために小説を書いていた。

 でもきっと、これからはそれだけじゃない。心の中にルリアを繋ぎとめるために、小説を書く。


 これは覚悟でもなければ、決断でもない。

 衝動に近い。願いを起点にした、感覚的衝動。

 視野が狭くなり、現実も見れなくなっていく。

 でも、心の世界で、ルリアに会えるかもしれない。


 ……会いたい。

 そう思っている気がする。

 いや、そう想っている。多分。きっと。


 そんな人に出会えたのだから。

 それだけで、とても幸運で。きっと幸福なのだから。

 

 だから、会いたいという想いを大切にしないと。

 またその想いに出会うために、心の世界の解像度を上げないと。


 ……だから、泣いてる場合じゃない。

 どこまでも世界は綺麗で、そして残酷までに現実はそこにあるのだから。


 諦めかもしれない。

 妥協かもしれない。

 けれど、また会いたいという願いはそこにある。

 だから、多分。

 どうなんだっけ。


 ……まだよくわからない。

 幸せが何なのか、まだわからない。

 いや、わからなくなった。


 もうちょっとで手の中に納まりそうだったのに。

 するりと指の間から、零れ落ちていった。

 いや、流されていったというべきかもしれない。


 ……でも。

 星はそこにあるから。

 ただ願いを叶えたい。


 朝日から背を向けて、歩き出す。

 微かな星明りが、私の影を照らしてくれている気がした。


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