第7話 味覚障害ではないけれど
試験が終わり、魔力で身体を暖めないと肌寒い季節になった。
この時期になれば、授業もほとんどなく魔法学校は長期休暇というものに入ろうとしていた。この時期は全寮制のこの学校も、家に帰る人が多い。
普段は私もその例に漏れず、家に帰るのだけれど、今年はその時期を少し遅らせることにした。
ルリアに会おうと言われたから。
休暇中も彼女はこの辺りを離れないらしい。家がこの辺にあると言っていた。たしかバイト先が家族のやっているところと言っていたから、多分そこが彼女の実家なんだろう。
「ごめんなさい。お待たせしましたか?」
「ううん。別に」
普段の服装……つまりは白い寝間着と比較してしまうけれど、それよりは随分と鮮やかな服装で現れた。朱色を基調としてふんわりとしていた。あまりよくわからないけれど、これが流行りの服装というやつなのかな。
対して私は……うーん。あまりにも地味というか。ぼてっとしているというか。まぁだからと言って、私には服を買うお金もないしどうしようもなかったんだけれど。
「なんだか変な感じですね」
「そんなに、変かな」
「はい。普段は夜にしか会ってませんでしたから」
あぁ、そっち……
どうやら私の服のことではないらしい。
まぁ、私がこういうのしか持ってないことをルリアが知らないわけもないか。それに彼女はそういうことを気にするような人じゃない。
「じゃあ、その。行きましょう?」
「あ、うん」
こうして魔法学校の門をくぐり、大きな道を歩くのは随分と久しぶりな気がする。魔法学校の近くの町に行くには、この道を通るしかない。けれど、私はあまり町には行かないから、あまりこの道を歩のは慣れていない。
晴天の日ではなかった。けれど、雪の日でもなく。雨の日でもない。
ただ雲とその隙間から差し込む光が、ルリアの赤い髪を照らしている。
「……どうかしましたか?」
「あ、ううん。ちょっと……なんでもないけれど」
「そういう言われると、ちょっと気になるんですけれど。何か変ですかね?」
「い、いやそうじゃなくて。ただその。赤いなぁって……」
「えー、なんですか、それ」
くるりとルリアが笑う。
私はちょっと気まずくて、思わず目を伏せる。
見ているのは、ばれていたのは、ちょっと恥ずかしい。まるでルリアに見惚れていたみたいで。
……もしかしてそうなのかな。たしかに、彼女の横顔と髪は綺麗だけれど……
んー、よくわからない。感情に答えがあれば楽なのに。私の感情はまだ曖昧で。
多分、文章に……小説にでもしなければ、私の感情が何なのか上手く掴めない。次はこの感覚についての話でもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、ルリアの足跡を追う。
彼女の足取りに迷いはなく、どこか行きたい場所が決まっているらしい。いくつかの曲がり角を越えて、大通りらしい道を進んでいく。
なんだかもう私には道がわからなくなってきた。もしもルリアとはぐれたら、1人で帰れるかわからない。最悪、飛行魔法を使えばいいから大丈夫だとは思うけれど……
「ユミさんとこうして歩くのは初めてですね」
「そうだね」
「私、ちょっと楽しみにしていたんです。ユミさんとこうして出掛けるの」
「……そっか」
私の返事はちょっとそっけなかったかな。
……言葉を選ばずに思うのなら、私も楽しみだった。今日のことが。
けれど、それを今更言葉にできるほど、素直でもない。
「……時折思うんだけれど」
でも、こうして話すことが楽しみなせいか、なんだかルリアといる時の私は、少しおしゃべりになっている気がする。
2人きりなのだから、そうなるのは当然かもしれないけれど。でも、ルリアには話したい事や聞きたいことがたくさんある。だから口を開いてしまう。
「今こうして歩いているけれど、それってすごく面白いっていうか奇妙なことな気がする」
「面白いこと、ですか?」
「うん。二本の足を順番に動かして。魔力で模られた私達の身体はそうして前に進んで……もし、ここで躓いてしまって、少し道を踏み外したら、この歩道から出てしまうわけで」
ちょうど、車が道を駆けていく。
軽い風圧が横を通り過ぎる。
「だから、こうして車に轢かれずに歩いているのって、すごくなんていうか……面白いことって気がしてくる時があるんだよね」
「うーん……難しい感覚ですね」
ルリアは私の言葉に首を傾げる。
まぁ私もこの感覚が正確に伝わるとは思っていない。
だって、自分でもあまり理解していない感覚なのだから。
「……つまり、歩くことは思っているよりも不安定ってことですか?」
「んー……」
というよりは、歩くことは思ったよりもすごいんじゃないかという意味で言ったつもりだったんだけれど。でも、不安定という感覚もあるから、不正解とも言いづらい。
「なら、こうしましょう」
「え」
思わず、変な声が漏れる。
不意に彼女の手が私の手に触れたから。ひんやりとした感覚が伝い、同時に私の身体がほのかな熱を帯びる。
「あ、嫌でしたか?」
「い、いや。ううん。大丈夫」
「なら、良かったです。こうすれば転んだりしませんから」
ルリアはにこりと笑う。
そうだね。その言葉を口の中で転がす。
だって、今の私はさっきよりも歩くことに集中できていなかったから。
「あ、あの。どこに行くのか知らないけれど、あんまりお金持ってないんだけれど」
「大丈夫ですよ。私が払いますから」
「い、いや、それは……」
助かるけれど……でも、いいのかな。
お金を持っていないのは私のせいなのに、それは良くない気がする。ルリアのお金は彼女自身が働いて得たものなのに。それに集るというのは、乞食過ぎる気もする。
「やっぱりいいよ。払える範囲なら払うから。それとも、そんなに高い所に行くの?」
「いえ、そうではありませんけれど……連れ出したのは私なんですから、気にしなくても良いんですよ?」
「ううん。お金は大切だと思うから」
「……そっちのほうが、心地よいですか?」
「まぁ、うん」
「じゃあ、そうしましょう」
そんな話をしているうちに、景色は進んでいく。
いつの間にか大通りから脇道に入り、とある店の前でルリアの歩みが止まる。
「着きましたよ」
「あっ……」
その言葉と共に、私の手が放たれる。
もう少し、あのひんやりとした感覚の中に置いといてくれたら……
「ユミさん?」
「あ、ううん。大丈夫。えっと、この店が来たかった場所?」
「はい。そうです」
そこはいわゆる飲食店と呼ばれる場所だった。
確かにこれなら払えない値段じゃない。正直バイトもしていない私には痛い出費にはなるけれど……
でも、飲食店か……
「んー……」
「えっと、お腹空いてませんか?」
「あぁいや。そういうわけじゃないけれど」
「じゃあ入りましょう?」
「……まぁいっか」
色々思うことはあったけれど、それらに蓋をしてルリアに続いて店に入る。中には数人のお客さんがいて、木製の机を囲んで食事をしていた。
入口に空きありと書いていたから、満席だとは思っていなかったけれど、思ったより客の人は少ない。ちょっと安心する。この店には悪いけれど。
ちらりと料理を盗み見る。やっぱり私の懸念は当たっているような気がする。
「ここにしましょう」
ルリアが奥の机を指さし、その椅子に腰かける。よくわからないけれど、勝手に座っていいものらしい。私もそれに倣い、隣の椅子に腰を下ろす。
「えっと、なににしますか?」
「あー……」
どうしよう。
いや、なるべく早く言った方が良いかな。
少なくとも後回しにするよりは良い。
「あ、あの。ごめん。私、嫌いなものが多いから。その、飲み物だけでいいかな」
「そうなんですか? うーん……この中だと何なら食べれますか?」
ルリアが献立表を指す。
でも、それだけじゃ判断はできない。
「いや、なんていうか……硬いものが苦手で。やわらかいものなら食べられるんだけれど……」
「それは……」
「わかりにくいよね。だからあんまり外で食べたことは無くて」
「外食をしたことがないということですか?」
「まぁ、うん。いつもは部屋で食べてるから」
「学食も外食判定なんですね」
「……あんまり色彩の強い料理は得意じゃなくて」
自分で思うのもあれだけれど、私は料理に注文が多い。
硬いものは嫌いだし、たくさんの味が混ざっているのも嫌い。冷たい物も嫌い。でも、温かくて、柔らかくて、単純な味をしている食べ物は好き。うどんとか。
「じゃあわかりました。一番食べられそうなものを選んでください。食べられない部分は、私が食べますから」
「え、でも……」
「大丈夫ですよ。私は好き嫌いありませんし」
「……やっぱり私は、何も頼まなくても」
「もしかして、お腹いっぱいですか?」
「ううん。そんなことはないけれど、ただ……」
「なら、一緒に食べたいです。お金が心配なら、私が払いますから」
……そんなに一緒に食べたいのかな。
その疑問を口の中で転がす。なんだかそこまで言われると、断るのもおかしな気がした。変な期待もあったかもしれない。だから頷いてしまう。
「やった。ありがとうございます。どれにしますか?」
「んー……」
どれなら食べられる部分が多いんだろう。多分、大なり小なり食べられない部分貼るんだろうし……辛い物の方が食べやすいかな。味が単一化されやすいし。
「……わかった。えっと、じゃあ、これの辛さ3で」
「ポイトフですか。えっと、それじゃあ私はイーグリアンにしますよ」
そういうとルリアは机に備え付けられた端末に注文を打ち込む。外装は古めかしかったけれど、中はそこまで古いというわけでもないらしい。いや、外に空き状況がでている時点で今時なのかな。
それから数分して、店員らしき人が、料理を持ってきてくれる。
私の分だけ。どうやら、ルリアの分はまだもう少し時間がかかるらしい。
「……いただきます」
そう呟いて、箸を差し込んだところで、ルリアの視線に気づく。
えっと、こういう時はどうするんだっけ。
「あ、ごめん。こういう時、待つべきなんだっけ。あまり知らなくて」
「いえいえ。私のことは気にせず、先に食べてください。冷めてしまってはおいしくないでしょうから」
「そっか」
軽くポイトフをかき混ぜてみる。
赤く煮た液体の中にはご飯と……あまり見たくないものが入っていた。
「あの、ルリア……」
「食べられない物ですか?」
「う、うん」
「貰いますよ。どれですか?」
ちょっと甘えすぎな気がする。
一応、私が先輩なのに。
……今更そんな威厳とかは求めていないけれど、幻滅されるのは……嫌なのに。でも、同時にこうして助けてくれることを嬉しいと思っているから始末が悪い。
「ユミさん?」
「……この紫のやつはちょっと苦手かな」
本当はちょっとじゃないけれど。
正直、匂いも嗅ぎたくないぐらいには、苦手ではある。
このポイトフには少ししか入ってないから大丈夫だけれど……
「これでいいですか?」
隣から箸が迫り、紫のカイリイ草を取っていく。
そのまま、彼女はぱくぱくと食べてしまう。私ほど嫌いじゃなくても、苦手な人も多い印象だけれど……
「ルリアはあんまり好き嫌いとかないんだね」
「はい。これも美味しいですよ」
「へー……」
美味しい……かな?
カイリイ草にそんな評価をしてる人は初めて見たかもしれない。
そうこうしているうちに、彼女の頼んだイーグリアンも運ばれてくる。正直言えば、イーグリアンはあまり美味しそうに見えなかった。もちろん私から見れば、そう見える食べ物のほうが多いからなんだろうけれど……
「いただきます」
でも、ルリアはほいほいとイーグリアンを口の中に運ぶ。
自分で頼んだのだから当然かもしれないけれど、そこに抵抗感はみえない。
「……それは美味しい?」
「美味しいですよ」
「えっと、どんな味?」
「うーん……美味しい感じの味です」
思わず苦笑してしまった。
全然、説明になってない。
「ユミさんはどうですか?」
「んー……辛くて美味しいけれど、えっと。普通かな」
「やっぱり部屋で食べるほうが好きですか?」
「まぁ、うん」
一瞬、さっと寒くなる感じがした。
それはあまりにも失言のような気がして。
「あ、そ、そうじゃなくて。連れてきてくれたことは嬉しいんだけれど……その。ただ、私には合わなくて」
けれど、ルリアは怒った様子はなく、いつも通りに自らの髪を梳いていた。
「大丈夫ですよ。私はどっちでもいいんですから」
「……そう言ってくれると助かるけれど」
「本心ですよ。私はこうして一緒に食事がしたかっただけです」
一緒に。
その言葉にふわりとする。そんな不思議な感覚に包まれる。
「じゃ、じゃあ。また一緒に食べようよ。店じゃなくて……その、私の部屋でもいいし」
「はい。もちろん」
にこりとルリアが笑う。
それはいつもと同じように少し不気味な笑顔だったけれど。
でも、同時に私はそれを見てほっとするようになってきている。かもしれない。
「えっと、これからは……もう帰る?」
一応、まだ日が沈むまではそれなりに時間がある。
こうして友達と出掛けるというのが、どれぐらいの時間一緒にいるものなのかはわからないけれど……もう少し一緒にいたい。まだ話していたい。
……そんなこと言ったら、驚くのかな。
「ユミさんが許してくれるのなら、もう少しいいですか? 話したいことがあるんです」
まるで私の心を読んだかのようなルリアの言葉に、ただ頷く。
ルリアと話していると、なんだか時間が経つのが早く、そして色々な事を忘れてしまう。




