第5話 自己世界観の吐露
「はぁ……」
画面上を見てため息が漏れる。
机に頬を押し付けながら、画面を更新してみる。
けれど、表示される数字は70のままで。昨日と変わらない。
「あぁ……まぁ、そんなもんだよね……」
わかってた。
わかってたけれど、うーん。
まぁ、思ったより憂鬱になる。
これって、そんなにつまらないのかな。
急に大人気になるなんて、驕ったことを思うつもりはないけれど……もう少しぐらい人気になっても良いような気もするんだけれど。
こんこんと扉が鳴る。
「……はーい」
画面を閉じて、重たい身体を無理やり起き上がらせる。
今日もルリアが来てくれた。それだけで良いことにしよう。
「こんばんは」
挨拶もほどほどに、私達はいつもの定位置に座る。
気づけば、ルリアも一緒に布団の上に座るようになっていた。最初は抵抗感があったけれど、今はもう忘れてしまった。
「あの」
座ってみれば、ルリアがふわりと私の方に身を寄せる
そして私を見つめる。なんだか距離が近くて、思わず飛び跳ねそうになる。
「……なんだか元気ないですか?」
「そ、そんなことないけれど。別に……」
「何かありましたか?」
「ううん。何もなかったよ」
努めて明るく言ってみる。
それに実際何もなかった。何もなかったからというべきかもしれないけれど。
けれど、ルリアは揺れた瞳を私に向ける。なんだか全部見透かされているような気がした。そんなわけはないんだけれど……
「……まぁちょっとね。ちょっとだけ、落ち込むことがあって」
「そうですか……」
「ルリアはどう? 元気?」
「はい。全然大丈夫です」
ルリアの言葉にちょっと苦笑しそうになる。
数日前に恋人と別れたというのに、とてもいつも通りで。
……まぁ、ルリアから振ったわけだから、そんなものなのかもしれないけれど。
「それなら良かった。ルリアには元気でいて欲しい」
「そうですか?」
「そう祈ってる」
「私もユミさんには元気でいて欲しいですよ」
ルリアはぽつりと言葉を零す。
最近はこういう……なんていうか、無機質な表情と共に紡がれるに言葉こそルリアの感情に近い言葉であることがわかってきた。あまり心がわかっていないなりに、本心から話そうとすればそうなってしまうらしい。
「だから、その、聞いても良いですか? どうして落ち込んでるのか」
「……その、ちょっとやりたいことがあって。それで上手くいかなかったから落ち込んでるだけ。ただそれだけだよ」
それだけ言えば、引き下がると思った。
別に踏み込んでこないだろうみたいな……そういう予測があった。そう期待していたわけではないけれど。
「やりたいことって、なんですか?」
けれど、ルリアは私から離れない。
そして私の手を握る。ひんやりとした感覚が伝わり、同時に少し身体が熱を持つのを感じる。まだ緊張しているのかな。それとも、別の。
多分、そのせいだ。そのせいで。私の心の扉が緩む音がした。
「……大したことじゃないんだけれどね」
これを言うべきなのかはわからない。
多分、誤魔化そうと思えば、誤魔化せるのだろうけれど。
でも、口が開くのを止められない。
「小説を書くことかな」
魔力が早鐘のように鳴っている。緊張を誤魔化すように、髪を手の中で握りしめる。言葉にしてみれば小さなことだけれど、私にとってはとても大きなことで。こんなこと誰にも話したことは無い。
この感覚を守らなくてはいけないから。
でも、今、それを共有しようとしている。危険に晒している。
「それがやりたいことですか?」
「まぁ、やりたいことというか、やっていることかな」
「え、じゃあもう書いてるんですか?」
「ん、まぁ……」
「ど、どれぐらい書いてるんですか?」
「14歳ぐらいからだから……4年ぐらい」
「わぁ……読んでみたいです!」
なんだか、心がふわりと跳ねるようだった。緊張の糸が解けていくのを感じる。
でも、同時にその輝かしい瞳からくる期待にどう返答すればいいのか困る。
「い、いや。本当にそんな大したものじゃないよ」
「えっと、それは……あ、まだ未完成だからとかですか?」
「……そういうことじゃないけれど。でも、全然人気じゃないから。読んでる人もあんまりいないし。今日の最終話も、まだ誰も読んでないみたいだし……」
「仮想網に投稿しているんですね」
「あ、うん。そうだよ。せっかく書いたから……」
もう今日で五作目ぐらいになる。
その全てがろくな人気もでずに終わってしまった。
まぁ人気を目標にして書いているのかと言えば首を傾げるとはいえ、ここまで人気が出ないと流石に悲しい。
「でも、あまり読まれなかった……」
「まぁ、そうだね。多分、つまらなかったんじゃないかな」
ちょっと自虐的過ぎるかな。
でも、多分それが事実だ。どこがおもしろくなかったのかもわからないほどに人気はなかった。題名やあらすじや本文のどれか、もしくはその全てがつまらなかったから読まれていない。
けれど、そんなものな気もしている。
私にそこまでの才能があるとは思っていない。
「……やっぱり読者の数は大切ですか?」
「それは、そうじゃない? 読んでくれる人が多い方が嬉しいし」
「人気、みたいなものですよね」
「そうだね。人気になれば良かったんだけれど。だめだったね」
ちょっと受動的過ぎるかな。
人気になろうとしていないのだから、人気になれるわけもない。努力を怠っているという言い方をすれば、本当にその通りでしかない。多分、最初から諦めているのに、期待をやめることができていない。
「えっと。ユミさんは、小説家になりたいんですか?」
「うーん……そういうわけじゃないと思う。別に」
「じゃあ、どうして書いているんですか?」
「……どうしてだろう」
頬に手を当てる。
最初はただ何となくだった気がする。
暇だったから……というぐらいで。でも今は違う。それだけじゃない。
「多分、私の心を助けてあげたいからだと思う」
「……えっと」
わからないばかりに、ルリアは首を傾げる。
「小説を書いているとね。なんていうか、登場人物たちが色々教えてくれるから。その心の正体や形。そして心の避難所になって……」
多分、ルリアの言っていた心を見つけたいという感覚に近いと思う。
私は私の心を見つけて、そして私の味方をするために、小説を書いている。色々な現実が襲い来るこの世界から、逃げ出すために。だから。
「多分、現実逃避なんだと思う。こうやって空想の世界に依存して、現実味のない現実から逃げ出すための手段。だから、小説を書いているんじゃないかな」
「現実逃避、ですか?」
「……だから本当は小説なんて、書かなくていいならそのほうが良いと思う。けれど、私には空想の世界が必要だから」
「だから、自分を助けるために書いているということですか」
「まぁ、そうなるかな。多分」
もう少し補足するのなら、誰かに認められたいというのもあるにはある。
そうでなければ、わざわざ投稿なんてしていないだろうし。けれど、それにはもうあまり期待してはいない。そうできているかはともかく、そのつもりではある。
だから、主目的としては自己救済ということになる。はず。
「現実が嫌いなんですね」
「……まぁ。好きじゃないかも。だって怖いことばかりで、傷つくようなことばかりだから」
「現実から、逃げ出すために、ですか?」
「まぁ、うん」
上手く返事ができない。
まだ緊張しているのか、視界がぱちぱちとする。
こんなことを話すのはルリアが初めてだからかな。
誰にも話すつもりはなかったのに。心の逃げ場所を守らないといけなかったのに。
どうしてルリアには話してしまったんだろう。
……知っておいて欲しかったから?
「現実から逃げ出す手段は……確かにそういうものの方が良いですよね」
「良いかは、ちょっとよくわからないけれど」
結局逃げているだけと言えば、その通りだし。
でも、ルリアはほっとしたように力を抜いた声で、
「ユミさんのそういうところ、安心します」
「安心?」
「私だけじゃないんだって。独りじゃない気がしますから」
にこりとルリアが笑いかける。
なんだかそれだけで眠気が吹き飛ぶようで。
……こんな風に私に笑いかけてくれる人がいるのなら、この現実も悪くはないかもしれないなんて。そんな想いに蓋をする。
「……現実から逃げる手段と言えば、死ぬことになりがちじゃないですか。またそう言われたらどうしようかと思いました」
「そんなこと……別に死ぬ以外にもいろいろあると思うよ。現実逃避のやり方なんて」
「そうですか? 少なくともあの子は死ぬしかないと言ってましたよ」
「あの子?」
「ティナです」
ティナ……その名前には聞き覚えがある。
2年ぐらい前に、死んでしまった子じゃなかったっけ。事故か何かで……
「え、っと……たしか事故の子だよね。仲良かったの?」
「はい。多分。けれど、あれは事故じゃありませんよ」
そしてルリアはいつものようにちょっと不気味な笑顔のまま、とても心がざわつくような事を言った。
「私と心中しようとしたから、ティナは死んだんです」




