【第二部 風と鎖】第13話 並ぶ列
この国には、去年の夏まで、誓いを外してもらえる日があった。
十年に一度だ。恩赦の儀、という。借財の誓いに縛られた者が、丘の大所へ名を届け、聖堂の前庭に膝をつく。誓約主の手が上がると、百の手から紋がいっせいに外れる。外れた者は泣き、届けの間に合わなかった者は、次の十年を待ちはじめる。十年は長いが、待てば来た。
その誓約主が、去年の秋にいなくなった。
次の誓約主は立たない、と世間に知れるまでに、冬が一つ要った。知れてみると、誓いから人を放せる手は、この国に一つしか残っていない。世間はその手を、七尺の大男の手だと思っている。
本当の持ち主は、いま、王宮の庭の木陰で、南の王女に頼みごとをされていた。
◇
エルドは、水盤の縁に立つ背中を見ていた。
頼みがある、と言ったきり、メリディアの王女リヴィアは、まだ振り向かない。細い水が上の口から落ちて、石を打っている。その音をひとしきり聞かせてから、白い裾がこちらを向いた。
「黒い館の文書庫に、古い写しが一枚ある」
リヴィアは言った。
「そなたの祖とわたしの祖が交わした、約束の写しだ。わたしは、自分の国のものを持ってきた。二つを並べて、一字ずつ確かめたい」
「なぜ、私に頼まれるのですか」
「王妹殿下に求めたら、退けられた。あの館に他国の者は入れぬ、とな」
黒い目が、少し細くなった。退けられたことを、面白がっているようにも見える。
「わが国では、写しを見比べるとき、読む者のほかに証人を立てる。そこに名のある家の者なら、なおよい。そなたが立ち会うと言えば、殿下は退ける理由を一つ失う」
「その写しには、何が書いてあるのですか」
「同じと確かめたら、話そう。確かめる前のものの中身を、人には話さぬ。違っていたら、わたしの知っている約束は、約束でなかったことになるのでな」
筋は、通っていた。通っている筋を、この人は自分に都合のいい所へ置く。
エルドは、少し考えた。黒い館は、王宮の下にある。自分は、王宮の客だ。
「王妹殿下に伺ってから、お答えします」
「客は、主人に伺うものだな」
リヴィアは、声を立てずに笑った。
「よい。待とう。証文の国の者は、待つのには慣れている」
◇
列ができたのは、その三日後だった。
朝、エルドはいつものように王宮の門へ向かった。石がまだ冷めている一刻のうちに、詰所まで行って戻る。その門の手前で、番の兵が二人とも、外を向いたまま動かずにいた。
「今朝は、夜明け前からでございます」
年かさのほうが言った。
門の外に、人が並んでいた。
門前の石畳から、坂を下へ。二人、三人と道の片側に寄って、ずっと下まで続いている。坂は途中で曲がるので、尻尾は見えない。老いた者も、若い者もいる。赤子を抱いた女がいる。右の手を、左の手で包むように握っている者が多い。誰も騒いでいない。騒がない人が何百も並ぶと、坂は息の音で埋まる。
「七尺の誓い断ちに、と申しております」
兵は、エルドの後ろを見ないようにして言った。後ろには、レイフが立っている。
使節が着いた日、王宮は、北の若君とその従士を広場に並べて見せた。使節のほかにも、見ていた者がいる。坂の両側にいた王都の者が、七日のうちに、見たものを王都じゅうへ配って歩いたのだろう。七尺の誓い断ちは、いま王宮の客だ、と。
日が、屋根の上に出た。冷めていた石が、端から温みはじめる。昼には、この坂は焼ける。
「戻られますか」
兵が訊いた。
戻れば、列は門の前で待つ。日が暮れるまで待つだろう。
「下ります」
エルドは言った。門を出る前に、一度だけ振り返った。
「レイフ。宿場で話したことを、覚えていますか」
「次に頼まれたら、呼んでください、と」
「呼ばれる前に、来てしまいました」
「……はい。俺が、先に言います」
◇
門を出たとたんに、坂が動いた。
立ち上がる音が、上から下へ走っていく。何百の目が、エルドの頭の上を通って、その後ろへ集まった。見上げる角度が、みな同じだ。
「七尺の」
誰かが言いかけて、口をつぐんだ。
「断てません」
レイフが言った。低い声が、坂の上のほうには届いた。
届いたのに、誰も座り直さない。いちばん前にいた女が、かえって一歩出てきた。
「そう言うんだってね。言ってから、断つんだって」
四十がらみの、仕立てのいい衣の女だった。左の袖をまくると、手首に赤い紋がある。血の滲んだような赤。婚姻の紋だ。女はレイフの右の手を両手で取って、自分の手首へ持っていった。大きな手のひらが、赤い紋をすっかり覆った。
レイフは、手を引かずにいた。
女は目を閉じて、待った。坂が、息を止めた。
何も起きない。
女が目を開けた。紋は、赤いままそこにある。
「言ったとおりです」
レイフは言った。取られた手は、女が自分から放すまで、預けたままにしていた。
エルドは、女とレイフのあいだに入った。人とレイフのあいだに自分の身体を入れるのは、覚えているかぎり初めてだった。いつもは、逆だ。
「頼みは、私が伺います。レイフは、私の従士です」
坂が、ざわついた。ざわつきの中から、声が一つ、はっきり聞こえた。
「主の許しが要るんだとさ」
噂が一つ、目の前で生まれた。明日には、王都じゅうが知っているだろう。七尺の誓い断ちは、主が許さないと断てない。
正そうとして、エルドは言葉に詰まった。断てるのは後ろの男ではなく自分だ、と帳面にはある。読んで知っただけのことを、何百人の前で自分の口から言うのは、庭でリヴィアに答えたとおり、順が違う気がする。
言えることから、言うことにした。
「お名前を、伺えますか」
赤い紋の女は、面食らった顔をした。それでも、答えた。
ヘルガ、といった。十八で、家と家の取り決めで嫁いだ。夫とは二十年、口をきいていない。それでも、夫の家のほかに帰る家を持てないのだという。
エルドは、最後まで聞いた。
二人目は、古い外套の男だった。川向こうに館を持つ家の主で、名はルドルフ。
「うちは、去年の秋から傾いた。家の者を養えん。出ていけと命じれば、門までは行く。門で足が止まって、戻ってくる。この家を離れぬ、と先代が誓わせた。……断ってやってくれ。あの者らの紋をだ。七人いる」
誓われた側が、誓った者を放してやってくれ、と頼みに来ている。宿場でレイフが頼まれたのは、その逆の側だった。
三人目は、若い男だった。名を訊くと、首を振った。
「名を訊いて、どうするんだ。断つのか、断たないのか。それだけ言ってくれ」
若い男は、右の手のひらを開いて、紋を見せた。隣町の問屋と誓い合ったのだという。十年は、互いのほかに荷を卸さない。去年の秋から、よその問屋は倍の値で買う。誓いは、あと六年ある。
名を訊くと、たいていの人は答えてくれた。春からずっと、そうだった。ここでは、先に答えを求められる。
列は、曲がり角の先まで続いている。一人ずつ聞いていけば、日が暮れる。春の石の前で、六十の名は一度では頭に入らなかった。ここには、その何倍もいる。壁の影の向こうに、並ばずに立っている男が二人いた。黒い髪で、外套が短い。列のほうを、ただ見ている。
右の手は、いつのまにか背に回して、左の手で握っていた。人が近い。触れただけで断てるものではない、と知ってはいる。知っていても、手のほうが先に隠れた。
「断ちません」
エルドは言った。坂の下まで届くように、声を張った。
「誓いには、相手がいます。ヘルガの夫。ルドルフの家の七人。荷を卸さないと誓い合った問屋。その人たちは、今日ここに来ていません。片方の話だけを聞いて断てば、私は裁いたことになります。私は、審問官ではありません」
息を、一つ入れた。
「それに、一人の誓いを断てば、隣の人がなぜ自分のは断たないのかと訊きます。私は、その問いに答えられません。答えられないことは、始められません」
坂は、静かになった。
納得した静けさとは違う。三日かけて歩いてきた者もいるだろう。その足に、いまの言葉は何も返していない。
「相手が承知なら、いいのかい」
ヘルガだった。
「夫も、外したがってる。二人そろって来たら、断つのかい」
エルドは、口を開いて、閉じた。
「……分かりません」
分からないことを、何百人の前で、分からないと言った。今日の答えは、そこまでしか無い。
◇
坂を下りきる手前に、黒い門がある。
列の尻尾は、その前を過ぎて、まだ先へ延びていた。門は今日も閉まっている。ただ、門の脇に石の台があって、その横に人が一人立っていた。黒い官服の、痩せても太ってもいない男だ。綴りを一冊、胸に抱えている。
「去年の秋、あの門で綴りを閉じた人です」
レイフが、後ろから小さく言った。
その男より先に、列の中から老人が一人、道へ出てきた。
右の手を、開いて突き出す。手のひらに、薄青の紋。借りの誓いだと、訊かれる前に自分で言った。
「恩赦は、十年に一度来た」
嗄れた、太い声だった。
「去年の夏のには、届けが間に合わなんだ。丘までは、わしの足では遠い。次を待てばよい、と言われた。十年待てば、外れた。……あんたらが王都で何かを断ってから、恩赦は来んようになった。誓約主さまが、おられんのだそうだ。外せる手は、もう、そこの大男の手しか無い」
老人は、レイフを見上げずに、エルドを見ていた。主が許さないと断てない、という出来たての噂を、もう信じている。
「頼まれもせんのに、いちばん大きいのを断ったんだろう。頼んでおる者のを、なぜ断たん」
言えることは、一つしか無かった。
「はい。恩赦は、もう来ません」
今度は、普通の声で言った。
「それは、私のしたことの先にあります。責めるなら、私を責めてください」
「責めて、外れるのか」
「外れません」
「なら、責めん。腹が減るだけだ」
老人は手を下ろした。下ろした手をもう一方の手で包んで、列へ戻っていった。
去年の秋に自分が何を断ったのかは、帳面で読んだ。上を望む心が民に戻った、とあった。街道で、畑を捨てた荷車を見た。値を倍にした鍛冶を見た。字を習う荷運びを見た。どれも、戻ったもののほうだ。
消えたもののほうを、今日、初めて見た。十年に一度の日を、あの人は待っていた。その日を消したのが自分の手だということを、自分は、覚えてもいない。
「ご覧になったか」
台の脇の男が、初めて口を開いた。抑揚のない声だった。黒い館の式官だ。
「誓いに縛られぬ手が王都を歩けば、こうなる。列は、明日も来る。あさっても来る。止める手立ては、一つ」
式官は、綴りを台の上に置いて、開いた。
「この台で、誓われよ。誰の誓いも断たぬ、と。その日のうちに、王都じゅうへ触れが回る。断てぬ手の前に、列はできぬ」
列の尻尾が、ざわついた。断たぬと誓われては、歩いてきた甲斐が無い。
式官の目は、初めから終わりまで、エルドにあった。レイフの右の手へは、一度も行っていない。この男は、知っている。
誓えば、楽になる。それは、分かった。明日からは、誰にも頼まれない。いいえ、と言わなくて済む。あの手のひらを、見なくて済む。
「誓いません」
エルドは言った。
言ってから、なぜなのかを、自分の中で確かめた。勅に誓わせぬとあるから、ではない。それは王宮の言い分だ。三日前に庭で、レイフは毎朝決めています、と答えて、それはあの男の言い分であろう、と返された。あの男の言い分を、主の側から言うと、どうなるのか。
「断たない、と誓えば、私は決める朝を一度で済ませることになります」
式官は、綴りの上の手を止めた。
「私の従士は、毎朝決めています。今日も仕えるかどうかを。主のほうが、一度で済ませるわけにはいきません」
「では、列は明日も来る」
「来るでしょう」
「明日も、同じことを言われるのか」
「明日の朝、決めます」
式官は、綴りを静かに閉じた。閉じた綴りを胸に戻して、門の脇の小さな戸から、中へ入っていった。
◇
坂の下から、白い制服が上がってきた。
十人あまり。先頭は顎の四角い隊長で、王宮の求めだ、と短く言って上っていった。騎士たちが、列の脇に立つ。追い立てるのかと思ったが、最初に聞こえたのはセシルの声だった。
「日陰へ寄ってください。壁の側です。坂の石は、昼には焼けます。水は、聖堂の井戸から回します。桶を持てる人は、私について来てください」
列が、道の片側から壁の影へ、ゆっくり寄っていく。若い者が五、六人、セシルの後ろについた。丘の前庭で、セシルは冬から人を並べてきた。並ぶ人の扱いを、知っている。
すれ違うとき、セシルは足を止めずに言った。
「去年の夏、丘で届けの列を見ました。あの人たちは、届ける先を失くしたのです」
マグダは、坂の途中の、壁の切れ目に立っていた。道の見える所だ。
「三人に一人は、自分に都合のいい半分しか喋ってないね。残りは、洗いざらいだ」
列を見たまま、マグダは言った。
「責められたね、ちび」
「はい」
「当たってたかい」
「……当たっていました」
「なら、覚えときな。当たってる責めってのは、言い返した分だけ、言い返した奴が安くなる。あんたは、言い返さなかった」
褒められたのだと思う。肩が、少しだけ下りた。
◇
午後、ヒルデに呼ばれた。
書き物の部屋は、初めて来た日と同じだった。机の上に、文の山が三つ。ヒルデは読みかけの一通を置いて、前置き無しに言った。
「三百でした。侍従に数えさせました」
声は、揺れない。
「坂に三百を置けば、王宮へ上がる荷車が止まります。日暮れまでに空けさせます。詰所には、そう求めました」
「あの人たちは、どこへ行くのですか」
「帰ります。帰って、明日また来ます。明日は二百です。あなたが今日、誰の誓いも断たなかったので。十日で、五十になります」
「一人でも、断っていたら」
「明日は三千でした」
数だけが、机の上に並んだ。三百。二百。五十。三千。ヘルガの手首も、老人の手のひらも、その中に入っている。入っているのに、見えない。この人は、人を数で見る。数で見て、たぶん間違えない。
「五十になっても、その五十は、今日と同じことを訊きます」
「訊くでしょう」
ヒルデは、うなずいた。
「答えは、あなたのものです。坂は、王宮のものです。わたしは、坂の分だけを決めます」
冷たい、と言う者がいるのは、こういう所だろう。ただ、この人は、答えのほうには指一本触れなかった。断て、とも、断つな、とも言わない。
「黒い館の者が、誓わせよ、と申したそうですね」
「はい」
「冬から同じことを言っています。王宮は去年の秋まで、あの館が書いたものに名を貸していました。今年は、自分で書いた勅を、自分で守ります」
話は、それで済んだようだった。ヒルデの手が、次の文へ伸びる。
済まされる前に、言うことがあった。
「殿下。王女殿下から、黒い館の写しの見比べに立ち会うよう頼まれました」
伸びた手が、文の上で浮いた。
「聞いています。わたしは、退けました」
「私が立ち会うと申し上げたら、お許しになりますか」
ヒルデは、エルドを見た。
「止めません。決めるのはあなただ、と申し上げたのはわたしです。ただし、写しを開くのは王女殿下とわたしです。あなたには、字の読めない所に立っていただきます」
「私の祖の約束だと、伺いました」
「そうです」
「その私が、読めないのですか」
「いまは」
ヒルデは言った。
「勅に期限を書かなかった理由を、いずれお話しすると申しました。同じ写しの話です。初雪のあとに」
いまは、と言った。
自分が口にして、この人が机の上に載せた言葉だ。同じ言葉が、今度は向こうから来た。
「いまは、を、覚えておきます」
エルドは言った。
ヒルデの目元が、ほんの少し動いた。
読めない写しの前に、立つことになる。それでも、祖の約束がこの国にあって、誰かがそれを開く。字は読めなくても、それがどんな物で、開く二人がどんな顔で読むのかは、自分の目で見ておける。
「立ち会います」
◇
夕方、坂は空いた。
回廊の窓から、それが見えた。白い制服が下から順に声をかけて、人が壁の影から立ち上がり、坂を下りていく。桶が、聖堂のほうへ戻っていく。日が落ちる前に、坂は石だけになった。ヒルデの言ったとおりだ。
「副使は、喜んでいた」
声は、柱の向こうから来た。
リヴィアだった。侍女を遠くに置いて、一人で立っている。白い麻の袖口の青が、夕方の光で黒く見えた。
「列を数えて、板に書いていた。断ち手殿は、民に慕われておられる、とな」
あれを、慕われていると言うのだろうか。答えに困ったのが、顔に出たらしい。リヴィアの口の端が上がった。
「客殿の窓から、坂が見える。朝から見ていた」
リヴィアは、空いた坂へ目をやった。
「副使は、何でも板に書く。黒い門の前でそなたが式官に答えたことも、書いて持ってきた」
リヴィアは、エルドを見た。
「あの男の言い分を、そなたの側から言い直したな。庭では、できなかったことだ」
それから、エルドの右の手に目を落とした。
「坂を下りるあいだ、その手をずっと背に回していたな。触れただけで、断てるのか」
「いいえ。断つと決めて掴むのだ、と帳面にあります。……それでも、手が勝手に回りました」
「自分の手を、信じておらぬのだな」
「覚えているかぎり、まだ一度も使ったことがありません」
リヴィアは、しばらく黙っていた。それから、窓の外を顎で示した。
「見ていたのは、わたしのほかにもいる。坂の途中に、わたしの護衛が二人立っていた」
「見ました。黒い髪の、短い外套の」
坂で、並ばずに立っていた二人だ。
「あの兵は、国で兵を預かる者が付けて寄越した。わたしが選んだ兵とは違う。わたしの見たものと、あの者らの見たものは、別々の報せになって国へ行く」
リヴィアは、そこで言葉を切った。
「そなたが今日、一人でも断っていたら、あちらの報せにはこう書かれたろう。断ち手は、頼めば動く、と。頼めば動く者は、頼み方を知っている者の道具になる」
脅しているのでも、褒めているのでもない。見たままを言っている声だった。
「王妹殿下は、止めない、と言われました。立ち会います」
「聞いた。明日の朝だ。殿下ご自身が、坂を下りられる」
リヴィアは、もう知っていた。この人と王妹のあいだでは、文のほうが、坂を歩く者より速く行き来しているのだろう。
◇
次の朝、坂には、二百ほどが戻っていた。
きのうより、壁の影に隙間がある。ヒルデの数は、たぶん合っている。
その人々が、道の端へ寄った。追われたのではなく、自分から寄った。王宮の門から、人が歩いて下りてきたからだ。
ヒルデだった。
輿も馬も使わない。侍従を二人連れただけで、書き物の部屋にいるときと同じ背筋で、坂を下りてくる。王妹が坂を歩くのを、王都の者は見たことが無いのだろう。二百の口が、開いたまま閉じずにいる。
その後ろに、リヴィアと侍女が一人。侍女は、紙の筒を抱えていた。エルドとレイフは、そのあとについた。坂の下で、マグダとセシルが待っている。きのうのうちに、詰所へ知らせておいた。
黒い門の前で、ヒルデは足を止めた。
門は、閉まっている。初めて王都へ入った日も、王に会った日も、きのうも、閉まっていた。両脇の兵の右の手に、古い紋がある。
ヒルデは、何も言わずに門を見た。
重い木が、石を擦る音がした。
黒い門が、内から開いた。




