【第三部 鎖が解けるまで】第06話 長い文
メリディアの王の名代、リヴィア殿下。
十一人は、夏の入りに北の町へ着きました。橋から二十六日、一人も欠けていません。着いた日に、一人ずつ当人の口から名を聞いて、証文を結びました。証人は、副使殿と代官です。
畑に六人、道に五人で始めています。畑は、去年の秋に空いた所から起こしています。道は、山の沢に渡してある丸太を、石に替える所からです。石は、ルチオという人が積みます。四十がらみの、手の大きい人です。
町の人たちは、まだ十一人を恐れています。九年前の冬に、足のそろった兵がこの町へ来て、その晩に城が燃えたからです。恐れるな、とは言えませんでした。顔を見てから決めてほしい、と頼みました。粉屋は、麦を挽いてくれました。いま書けるのは、そこまでです。恐れが解けたら、解けたと書きます。
十一人のうちの一人が、川べりの仲間へ便りを書きました。テオという、十九の人です。良いことも、まずいことも、見たとおりに書いてあります。副使殿に運んでいただきます。私は、一字も直していません。
用件は、以上です。
ここから先は、用件ではありません。
殿下に届く文は、殿下おひとりが読まれるのではない、と教わりました。書記の方が読まれて障りのあることは、書かないつもりです。長くなりますので、読まれる書記の方には、先にお詫びします。
さて。
去年の秋に、証文蔵で六行を読ませていただきました。春から、あの六行のことを考えています。考えたことが、六つになりました。行の数と同じなのは、たまたまです。
一つ。六行のうちに、私を縛る行はありません。
初めの行は、こうです。
——アルデンの王と、メリディアの王。二つの王の家は、ここに誓う。
誓ったのは、二つの王の家です。終わりの行には、立会、アルドリック、とあります。私の祖は、立ち会っただけで、誓っていません。殿下も蔵で、この一枚はそなたを縛らぬ、と言われました。
ここで、祖のことを少し書きます。
祖は、用心深い人です。断ちの手という鍵が、よその国へ行かないように、二つの王の家に誓わせました。そこまでした人が、鍵そのものには、何も誓わせていません。用心だけを考えるなら、私は、まず鍵のほうを縛ります。祖がそうしなかった訳は、分かりません。分かりませんが、助かっています。
話が逸れました。二枚目に入ります。
二つ。求めぬ、と誓ったのは、メリディアの王の家です。
あの行で、求めぬ、の前にあるのは、メリディアの王の血は、です。私は、求めぬと言われている側です。誓った側ではありません。
入れぬ、のほうは、王の家へ入れる話です。これについて、私の側から言えることはありません。六つには、入れていません。
三つ。招きの証文は、いまも解かれていません。
——メリディアの第一の王女リヴィアは、アルデンの北の家のエルド=ファーレンを、客として招く。客は、自ら望む日に来て、自ら望む日に帰る。招いた者は、これを引き留めない。
手元の一枚を、読み直しました。期限の条がありません。解く条もありません。来るのは一度きり、とも書いてありません。ゆえに、私はいまも、殿下の客です。
解く条も期限も無い約束を、殿下の国では鎖と呼ぶ、と伺いました。この一枚が縛っているのは、招いた方だけです。引き留めない、という所でです。私のほうは、どこも縛られていません。これは、書いておくのが筋だと思いました。
ここまでは、よろしいでしょうか。
四つ。渡さぬ、は、私が自分の足で行くぶんには効きません。
去年、国境の橋で、ユリアン殿の足が止まりました。先に立って、私を連れて渡ろうとしたときです。私が先に渡って、あとについて来てもらうと、足は出ました。アルデンの王の家は、私を連れて出ることができません。私が自分で出ていくのを止める行は、ありません。現に、止まりませんでした。
北の町から殿下の王都までは、歩いて三十三日です。行ける、と書きました。行く、とは書いていません。行く用が、まだ見つかっていないからです。用も無しに発つな、とも言われています。
いま、レイフに、何を書いているのかと訊かれました。用件です、と答えました。用件は一枚目で済んだはずです、と言われました。そのとおりです。では二枚目からは何ですか、とも訊かれました。すぐには、答えられませんでした。書き終えるまでに、答えを出します。
五つ。求めることと、頼むことは、別です。
これは、殿下が蔵で言われたことです。招くのは、できた。訊くのも頼むのも、求めるうちには入らぬらしい、と。私は、四つの語を、次のように分けてみました。
求める。相手を、自分の側に得ようとすること。
頼む。相手に、用をしてもらうこと。済めば、相手は元の所にいます。
招く。相手に、来てもらうこと。帰る日は、相手が決めます。
訊く。相手の持っているものを、相手の口から聞くこと。言うかどうかは、相手が決めます。
あとの三つは、どれも、終わりを決めるのが相手です。初めの一つだけが違います。こうして分けると、あの行が止めているのは初めの一つだけだということが、よく分かります。黒い館の写しの見比べを言われたのは、頼む、です。蔵で、そなたを縛るものは何だ、と言われたのは、訊く、です。
求める、だけは、例を挙げられません。殿下がそれを言われるのを、私は一度も聞いたことがないからです。
王都の書庫で言われたことは、四つのどれにも入れていません。冗談だと伺いましたので。
レイフが、灯りの油を足しました。三枚目が、終わりかけています。役所で借りた紙は、四枚です。
六つ目の前に、書いておきます。初めは、成らない訳を六つ並べるつもりでした。成らないと分かれば、考えずに済むからです。行ごとに書いてみると、三つの行に、だが、が付きました。もう一つにも、付けかけました。成らない訳は、一つも書けませんでした。書けなかったものは、ここにも書きません。
六つ。ゆえに、仮に私が何かを求めたとしても、六行のどの行にも触れません。
六つを合わせると、私の側には、止めるものが一つもありません。
成るかどうかは、六つのどこにも入っていません。それは、私ひとりでは量れないからです。
ここまでは、よろしいでしょうか。
仮に、と書きました。仮の話に紙を三枚使う者は、いないと思います。訳を書きます。
その前に、一つ申し添えます。この文を書く前に、マグダに止められました。惚れただの何だのを、紙に書いて南へ送るな、と。書きません、と答えました。ですから、書いていません。ここまでの三枚を、いま確かめました。その語は、どこにもありません。
訳は、帳面です。
四冊目に、去年の秋の終わりの頁があります。国境の宿場で書いた一行です。中身は、ここには書きません。風だと伺いました。
その頁の角が、丸くなりました。前の頁の角も、後ろの頁の角も、立ったままです。開いたのは、春から五十五度です。数えたのは、私ではありません。レイフが、五冊目に書いていました。そんなに開いたとは、言われるまで知りませんでした。
殿下の文が来たかどうかは、市の日に、町の兵が先に教えてくれます。私が、市のたびに訊くからだそうです。
六行のことを考えたのは、たいてい、あの頁を閉じたあとです。
紙が、終わります。用件のほかに三枚も書いたことを、お詫びします。レイフに訊かれたことの答えは、出ました。二枚目からの三枚は、次の一行のためのものです。
会いたい。
アルデンの北の家 エルド=ファーレン
◇
——主は、ゆうべ、南へ文を書いた。役所の紙を四枚。用件は、一枚目で済んでいた。
——終わりの一行の前で、主の手が、長いこと止まっていた。書いたのは、短い一行だ。中身は、見ていない。
——副使殿は、封を切らずに運ぶそうだ。今朝、発った。十一人が着いた日から、十日たった。




