三十二話 一打
七月から、直美は週に一度、教わりに行くようになった。
夕方の一時間だ。私が連れて行って、終わるまで脇で待った。八人ほどが横に並んで、順に打つ。教える人が二人いて、片方が前で言い、片方が後ろを回って直していく。
直しているところは、私が教えたところと同じだった。持ち方。足の幅。どこを見ているか。同じことを、別の言い方で言っていた。
言い方のほうが短かった。
待っている親は、子どもの数より少ない。置いていく家もある。残った何人かが、同じあたりに立っていた。
子どもは、みなこの土地の子の喋り方をしていた。私にも、それは分かる。私の喋り方が違うからだ。
親のほうは、半分ほどが外から来た人間だった。事務所と同じ形だ。机が八つあって、埋まっているのが六つで、半分がこの国の生まれではなかった。あの部屋で、私は珍しくなかった。
ここでも珍しくない。
三度目に行った日に、話しかけられた。トゥーといった。娘はリアといって、直美の隣で打っていた。この街は長い、と彼は言った。どれくらいか、とは訊かなかった。訊く前に、向こうが足した。生まれたのは別の州で、小さいころにこちらへ来た。親が先に来ていたのだという。
それだけだった。何の話の続きでもなく、柵に肘をついたまま言った。
私は二十年目だ。この人は、私より先にここにいる。
珍しくないところで、私がいちばん新しかった。
もう一人、マリソルという人がいた。娘はソフィアという。
絵美が一度、代わりに連れて行った日があった。その日のうちに、二人は喋っていた。私がそれまでにトゥーと話した量より、多かったと思う。
四度目の日に、紙が配られた。来月の初めに子どもの試合がある、と刷ってあった。九ホール回るだけで、一日で終わる。出るかどうかはこちらで決めてよい。
直美は出ると言った。理由は訊かなかった。リアもソフィアも出るのだろうと思った。思っただけで、確かめてはいない。
試合に出るというのは、数を人と比べるということだ。比べれば、上と下が出る。上と下が出る場所で、この子が何を受け取るのかを、私は見たことがない。私が知っている比べ方は、書類の比べ方だけだ。あれは、足りているか足りていないかのどちらかで、上も下も無い。
八月の初めに、その日が来た。朝の七時に受付をする、と紙に書いてあった。六時前に家を出た。絵美も来た。着いてみると、駐車場はもう半分埋まっていた。
子どもの試合では、親がキャディーをする。キャディーというのは、道具を担いで、距離を測って、どのクラブで打つかを一緒に決める人のことだ。上の試合には、それを仕事にしている人がいる。子どもの試合で雇う家は、ここにはない。
だから親がやる。やらない家は、子どもが自分で担ぐ。
私はバッグを担いだ。九ホールなので、二時間ほどのことだ。
直美は、リアとソフィアと同じ組になった。リアはトゥーが担ぎ、ソフィアはマリソルが担いだ。
スコアカードは、自分のを自分で書かない。
三人で回るあいだ、隣の子のを書く。直美はリアのを書き、リアはソフィアのを書き、ソフィアは直美のを書く。書いた紙は最後に本人へ渡して、本人が確かめて出す。
誰も自分の分を甘くできない。
一番ホールから、直美は当たらなかった。空を切って、そのたびに数える。当たっても、当たらなくても、振ったら一つ。六月に私が教えたのと同じ数え方で、ソフィアが書いていた。
三番ホールを過ぎたころに、日が高くなった。八月の朝は、七時にはもう暑い。三人とも帽子をかぶっていて、水を持っていた。
六月に回ったときより、待つ時間が長かった。前の組が抜けるのを待ち、そのあいだ三人は草の上に座っていた。何を話しているのかは、離れていたので聞こえなかった。時々笑っていた。
六番ホールで、合わなくなった。
上がってきたところで三人が数を読み合って、リアの数が一つ違った。直美が書いた紙のほうが、一つ多い。
リアは、違うと言った。直美は、違わないと言った。どちらも大きな声ではなかった。ただ、二人とも動かなかった。
トゥーが来て、私も行った。紙を見せてもらった。六番の欄が、直美が書いた紙では六で、リアの覚えでは五だった。中身を訊くと、二打目のところだと分かった。リアが振って、球が動かなかった。直美はそれを一つと数えた。リアは数えていない。
振ったら一つ、と直美が言った。日本語ではなかったが、言っていることは同じだった。
あれは素振りだ、とリアが言った。
そこで止まった。
空を切ったのなら、一つになる。素振りなら、何度やっても数えない。二つの違いは、当てるつもりだったかどうかだけだ。
球は動いていない。地面に跡も残っていない。振った速さも、外から見たかぎりでは同じだった。
私は探した。
仕事でやっているのは、それだ。合っているか、合っていないかを見る。合っていなければ、どこで合わなくなったかを探す。学生のころは答案で、事務所に入ってからは帳簿で、ずっとそればかりやってきた。どちらにも、必ずどこかに、合わなくなった一行がある。戻れば見つかる。見つかるまで戻ればいいだけの話だ。
六番の二打目には、無かった。
合わなくなったところは、あの子の中にある。外から見たかぎりでは同じもので、それでも数は二つになった。
トゥーが、じゃあ本人だ、と言った。
紙は隣の子が書くが、その数に責任を持つのは本人だという決まりがある。合わないときは本人に訊く。訊いて、本人が言ったほうを出す。
リアは少し黙っていた。それから、六でいい、と言った。
誰も何も言わなかった。直美もリアも、そのまま七番へ歩いていった。残りの三ホールは、何も起きなかった。
上がって、三人が紙を出した。出した紙は、数を写して返された。日陰にベンチがあって、親はそこで待った。
トゥーが先に口を開いた。うちのも、去年の夏に始めたばかりだ、と言った。それだけだった。慰めでも、詫びでもなかった。事実を一つ置いて、そのあと何も続かなかった。
私は、うちもです、と言った。
それも事実を一つ置いただけだった。二つ置いて、そこで終わった。何も決まらなかったし、何も頼まれなかった。
この国へ来て二十年になるが、そういうふうに人の隣に座っていた時間は、あまり長くない。
絵美はいなかった。探すと、木のところでマリソルと話していた。何を話しているのかは聞こえなかった。しばらくして戻ってきた。歩きながら、手元を見ていた。
番号ですか、と私は訊いた。
そうです、と彼女は言った。あとの説明はなかった。
番号は、その場で入れる。入れたあとで、こちらから名前を送る。向こうも名前を送り返してくる。それで両方に、名前の付いた番号が残る。紙は一枚も要らない。
九年前にも同じことがあった。預ける先の用紙に、迎えに来てよい人の欄が二つあって、彼女は二つとも埋めた。片方は私の知らない名前だった。あのとき私は訊かなかった。
今度は訊いた。訊いて、そうです、と言われて、それで終わった。
訊いても増えないし、訊かなくても増えていた。増やしているのは彼女のほうだ。
帰りの車で、直美は寝た。鞄からスコアカードが出ていた。直美が書いたほうではなく、ソフィアが直美のを書いた紙だ。信号で止まったときに、手に取った。
上の欄に、名前を書くところが二つある。ソフィアの字で、直美の名前が書いてあった。その隣に、ソフィア自身の名前がある。
一枚の紙に、二人の名前が並んでいた。
この国で、私は人の名前を書く欄で何度も止まっている。推薦を頼む人。金を借りるときに一緒に名前を書く人。仕事を紹介してくれる人。婚姻届の証人。埋まらなかったものもあるし、埋めるまでに何年もかかったものもある。
九歳が、一日で、一枚に二人ぶん書いていた。頼んでもいないし、断られてもいない。同じ組になったからだ。
私はその紙を、鞄に戻した。




