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雪解けを待つ街で  作者: 一之瀬 樹
第一章 一年の予定で
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二話 三割

 最初の授業は、着いて四日目の朝だった。


 寮を出て、教える建物までは歩いて十分ほどだった。門はなかった。どこからが大学で、どこまでが街なのか、歩いていても分からなかった。信号を渡り、商店の並びを過ぎ、駐車場の脇を通って、それでもまだ大学の中らしかった。部屋は番号だけを頼りに探した。日本の大学なら、掲示の前に人だかりができていて、そこへ行けば何かが分かった。ここでは、誰も立ち止まっていなかった。みな、自分がどこへ行くのかをもう知っている歩き方をしていた。一つ手前の部屋を開けてしまって、引き返した。それで、二分遅れて入った。


 教室には、机が四角く並べてあった。前も後ろもなかった。二十人ほどが、その四角の辺に沿って座っていて、全員が全員の顔を見ていた。


 私は空いている席に座り、座ってから気づいた。ここには、隠れる席がない。


 日本にいたころ、私は教室のどこに座るかを、いつも先に決めていた。窓際の、後ろから二番目。傷のある側が窓を向く席だ。人の視線は前から来るものと決まっていて、決まっているかぎり、私はそれをよけることができた。早く行って席を取り、遅れた日は入り口で少し迷った。それだけのことに、私は三年をかけて慣れた。四角に並んだ机には、前がなかった。よける方向がなかった。左の頰は、隣の辺に座った誰かのほうを向いていた。


 紙が配られた。一枚ではなかった。


 シラバスというものだ。何をいつまでにやるのか、何をどう見て点をつけるのか。セメスターのあいだの約束を、初めの日にすべて書いて渡してしまう紙だった。日本の大学で、こういうものを受け取った覚えはなかった。授業がどう進むのかは、通ってみて初めて分かるものだと思っていたし、途中で変わることもあった。ここでは、変わらないものとして先に配られる。読む順に並んだ本の名前。提出の日付。遅れた場合にどれだけ引くか。その、引くという言葉が、いくつも並んでいた。


 セメスターというのは、この国の大学が一年を分ける単位のことだ。秋と春の二つがあり、一つがおよそ十五週。日本の大学の前期・後期にあたるが、学年が始まるのは春ではなく秋で、私がまだ八月のうちにこの部屋に座っているのは、そのためだった。


 私はそれを読んだ。読むことは、私にとって難しくない。日本を出るまでの何年か、私は辞書を引きながら英語の文章を読み続けていた。人と向き合わずに済む勉強だった。夜に一人でできて、誰にも顔を見られなかった。分からない語には印をつけ、翌日もう一度引いた。そうやって積んだものが、いま手の中の紙を、端から端まで読ませていた。


 成績の内訳のところで、目が止まった。試験。書いて出す課題。それから、討論への参加――口を開いた分が積み上がって、そこまでになる。三割、と印字されていた。


 読み違いかと思って、もう一度読んだ。同じことが書いてあった。三割。何を言うかではなく、言うか言わないかで、まず引かれる。黙っていることが、点として数えられて減っていく。そういう決まりの部屋に、私は座っていた。


 教える人が話し始めた。聞き取れた。これは、少し意外だった。準備された話は速くない。区切りがあり、大事なところは言い方を変えてもう一度言ってくれる。板書もある。書かれた語は、私が紙の上で読んできた語と同じものだった。私は分かった。分かる、ということに、私は安心した。日本を出るまでのあの夜が、無駄ではなかったということだった。


 安心は、二十分ももたなかった。


 教える人が一つ問いを置いて、そのまま黙った。部屋が動いた。


 誰かが話し始めた。その語尾に重なって、もう次の声が入った。間がなかった。一度だけ二人が同時に言いかけて、片方が手のひらを上げ、もう片方のほうへ向けた。どうぞ、という形だった。譲ったほうも、続けたほうも、何事もない顔をしていた。名前を呼ばれた者はいない。手を挙げて、指されるのを待つ者もいない。教える人は椅子の背に体を預けて、聞いていた。ときどき短く何か言って、話を別のほうへ向けた。それだけだった。


 私は分かっていた。何が話されているのかは、分かっていた。三人目が言ったことは、一人目の言ったことと噛み合っていない。そこは私にも見えていた。言うことも、あった。


 言えなかった。


 二度、息を吸った。一度目は、吸っているあいだに隣の隣が話し始めた。二度目は、声が途切れた。口を開きかけた。開きかけたところで、その途切れは終わっていた。日本語なら一拍置く長さの、その一拍がない。話が終わってから次が始まるのではなく、終わりぎわに次が始まる。


 始める人は、始める前に何かをしていた。体を少し前に出す。指を一本だけ立てる。息を、聞こえるように吸う。次に喋るのが誰かは、喋り出す前に決まっていた。


 順番はあった。ただ、順番は待つものではなく、自分で取るものだった。順番を待っている人間は、待っているとは見なされない。ただ、いないのと同じだった。


 言葉の問題ではなかった。それは、はっきりしていた。私は言うことを持っていたし、その言い方も、頭のなかでは組み上がっていた。持っていたものを、置く場所がなかった。


 日本の大学で、私は正しい学生だった。黙って聞き、書き取り、試験で書いた。それで足りたし、それが行儀のよいことだった。口を挟む学生は、教える側からも、隣の席からも、よく思われなかった。話を止めた、と言われた。私は十八から二十一まで、そうやって点を取ってきた。


 同じことが、この部屋では引かれていく。


 七十五分がたって、教える人が時計を見た。次までに読んでおくものを言い、紙をもう一度指し、教室を出ていった。人が立ち上がり、鞄を閉め、続きを喋りながら廊下へ出ていった。話は教室の外でも続いていて、そちらのほうが速かった。誰も私を見なかった。ここには隠れる席がないだけで、見られてもいなかった。


 私はその授業のあいだ、一度も声を出さなかった。


 帰り道は同じ十分だった。行きより長く感じた。来た道と同じ商店の前を通り、同じ駐車場の脇を過ぎた。朝は大学の中らしく見えた道が、帰りにはただの道に見えた。


 私は日本の大学に籍を置いたまま、ここにいる。だから、ここで終わりにならない。この部屋で付いた点は、セメスターが終われば紙になって、日本の大学に返る。私を送り出した人たちが、それを見る。


 私は自分でこの授業料を払っていない。払っているのは日本の大学で、私が座っているこの席は、選ばれなかった誰かが座れたはずの席だった。その誰かなら、今日、何か言ったかもしれない。私はその人の顔を知らないし、名前も知らない。知らないまま、その席に座って、七十五分黙っていた。


 部屋に戻って、鞄からシラバスをもう一度出した。机に広げて、内訳のところを見た。


 三割。


 十五週、週に二回だから、三十回だ。今日はその一回目で、私はその一回を、何も言わずに使った。三十分の一。指で数えれば、それだけのことだった。今日が取り返しのつかない日でないことは、数えれば分かる。


 分かったうえで、私はもう一度数えた。三十回のうち、私が口を開ける日が何回あるだろうか。今日と同じ速さで喋られて、今日と同じ長さの一拍しかない部屋で、私が息を吸い終わるより先に誰かが話し始めない日が、三十回のうちに何回来るだろうか。


 その数は、出てこなかった。数えるための数字が、私の側にひとつもなかった。


 紙の上でなら、私は困らない。困らないところだけを、私はずっと選んで生きてきた。文字は顔を見ない。夜、机に向かっているあいだ、私は誰にも標(しる)されなかった。読めるということだけを積んで、私はここまで来た。それで足りると思っていた。


 この部屋は、そうではなかった。


 窓の外はまだ午前の光だった。私は紙を机に置いたまま、しばらく、その数字を見ていた。

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