↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪解けを待つ街で  作者: 一之瀬 樹
第五章 勝ち取ったつもりで
PR
19/36

十八話 何も付いていない

 年が明けて、いつもの四か月が始まった。


 その一月に、絵美の会社が米国の拠点を畳んだ。決めたのは日本の本社で、日付まで決まっていた。売る先が減ったからだと、彼女は短く付け足した。


 私は日付のほうを数えた。カードが届いたのは、その三か月前だ。


 三か月ずれていたら、職が終わる日に資格も終わっていた。エルワンは、勤め先に紐づいている。拠点が無くなれば、その日に切れる。空く日数もない。


 間に合った、と私は思った。


 思ったことを、私は口に出さなかった。彼女が失ったのは職のほうで、間に合ったのは私の側の勘定だ。


 最後の日に、彼女は鍵を返しに行った。帰ってきて、荷物のことを話した。自分の資格の話はしなかった。しても意味が無いからだ。彼女はもうこの国にいてよい。


 その日から、彼女は職を探した。


 朝、私と同じ時間に起きるようになった。出る先が無くても、起きる。起きて、机に向かう。


 勤めていない人がいちばん困るのは、一日の形が無くなることだと彼女は言った。だから先に形のほうを作る。


 経歴を一枚にまとめた紙は、前から書いてあった。書かないでいると書き方を忘れる、と彼女は言っていた。


 その紙に、空いているところは無かった。日本の会社に長くいて、こちらへ来て、そのまま続けて、この一月に拠点ごと無くなった。切れ目が一つもない。


 うしろに付いているものも、無かった。


 働く資格はある。期限は無い。勤め先を選ばない。会社が書類を出す必要も無い。訊かれる二つの問いに、どちらも、はい、と、いいえ、で答えられる。


 それでも、返事は来なかった。


 二月が過ぎ、三月が過ぎた。出した数は増えていく。返事の数は増えない。三月の終わりに一度呼ばれて、こちらで検討します、で終わった。検討の結果は来なかった。


 私はその二か月、家にいない。一月から四月の半ばは事務所にいる。朝の暗いうちに出て、暗くなってから帰る。土曜も出る。


 帰ると片づいていて、飯があった。数がどうなっているかは訊かなかった。訊けば、その日に何件出したかを答えることになる。答えの出る問いだけを人に投げるのは、私の癖のほうだ。


 同じ形を、私は二〇〇三年にやっている。


 六月から暮れまで、私は職を探していた。出しても返事はほとんど来なかった。三度呼ばれて、三度とも終わりの数分で同じ話になり、こちらで検討します、で終わった。


 あのとき私が落ちたのは、私のうしろに手続きが付いていたからだ。そう思って、そう決めて、そこから先を考えなかった。


 彼女には何も付いていない。付いていなくても、こうなる。


 では、あのとき私が落ちたのは、何のせいだったのか。


 考えて、答えが出なかった。出ないので、私はそれを、彼女の側の話として置いた。


 四月に、繁忙期が終わった。終わって初めて、私は家の中を見た。台所の机に紙が広がっている。会社の名と、人の名と、番号が書いてある。線で消してあるものと、消していないものがあった。


 消してあるほうが、日ごとに増えていた。


 訊く先ならある、と私は言った。二年前に弁護士を探したときのように、人に訊けば名前は出てくる。


 彼女は、ありがとうございます、と言った。それから、自分で出します、と言った。


 紹介で入ると、紹介した人の顔が付いてくる。付いてくると、辞めにくくなる。辞めにくい形で入りたくない、と彼女は言った。


 私はその考え方をしたことがなかった。この国へ来てから、私はずっと、紹介の無いほうで困ってきた。入り方の話ばかりしていて、出方の話を一度もしていない。


 しばらくして、紙の出し方が変わった。出して待つのをやめて、彼女は自分からかけはじめた。名を調べて、番号を調べて、かける。取り次がれなければ、次にかける。


 一度、私が帰ったときに、かけている最中だった。台所の椅子に座って、紙を見ながら喋っていた。名乗って、用件を言って、担当の人の名を訊いて、いつかけ直せばよいかを訊いて、切った。三分もかからなかった。


 切ってから、彼女は紙に何か書き足した。次にかける日だった。


 私は上着を脱がずにそれを見ていた。


 上手かった。比べるものではないが、上手かった。


 私にはできない。二〇〇三年にできなかったのではない。いまでもできない。


 あのとき私が要ると思ったのは紹介だった。この商売は紹介で回っていて、紹介してくれる人が私には一人もいなかった。だから冬のあいだドームに通った。人のいるところに立っていれば、いつか向こうが先に口を開くと思って通って、実際にそうなった。


 彼女の商売は、そうではない。


 知らない相手に自分からかけるのが、仕事の中身だった。私がずっと避けて通ったことを、彼女は金をもらってやってきたのだった。


 できないのは私の性分だと思っていた。半分はそうなのだと思う。もう半分は、私が選んだ商売の側にあった。会計は紹介で回る。回っているところへ縁の無い者が来れば、詰まる。詰まったとき、私はそれを自分の欠けとして数えた。


 人に会うと、何をしているのかと訊かれる。いまは探しています、と彼女は答えていた。


 間が空いていますね、と言われたことが何度かあったという。


 彼女は直さなかった。直すと長くなるからだと言った。拠点ごと無くなったのだと言えば、なぜ無くなったのかという話になる。日本の本社の話になる。面接の残りは、たいてい数分しかない。


 短いほうを選んで、そのまま次に進むのだと彼女は言った。


 夏に決まった。どこですか、と私は訊いた。彼女は会社の名を言った。紹介は使っていない。自分でかけて、自分で入った。


 半年でした、と彼女は言った。それだけだった。


 半年のあいだに彼女がかけた数を、私は知らない。数えていないからだ。


 その晩、私は何が効いたのかを並べてみた。事務所が書類を出して、私が金を払って、それが通って、カードが来た。三か月あとに彼女は切られて、それでもこの国にいる。


 並べれば、そういう順になる。


 控えは全部取ってある。どれにも日付が入っている。


 引き出しを開ければ、順に並んでいる。一枚も欠けていない。

 この作品はフィクションです。制度や手続きについては、その当時のものをできるだけ正確に書くようにしていますが、筆者は弁護士でも、移民法の専門家でもありません。制度は年によって変わりますし、同じ制度でも、一人ひとりの事情によって扱いが変わります。ここに書いたことを、ご自身の手続きの判断に使わないでください。実際に手続きが必要な方は、移民弁護士(在留資格の手続きを専門とする弁護士)など、資格のある方に必ずご相談ください。これらの記述について、筆者は責任を負うことができません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。