十七話 同じ日に二枚
年が明けて、四度目の四か月が始まった。決算と申告が重なる、この商売でいちばん人の要る時期だ。
絵美のほうにも忙しい時期がある。彼女の勤め先は日本の暦で動いているので、締まるのは三月の終わりだ。私の四か月と、彼女の一か月が、途中で重なる。
重なる週は、家が静かだった。どちらも遅い。片方が寝てから、もう片方が帰る。
その年、私たちのあいだで動いていたのは書類だけだった。
結婚した年に、私はその会社の担当を外れている。所長が替えた。理由は言われなかったが、分かる。身内の勤め先の数字は見ない、というだけのことだ。
それきり、私はその会社の中身を知らない側になった。
彼女が何を売っているかは、彼女から聞くしかない。訊けば話す。訊かなければ話さない。私は訊かなかった。
四月の半ばに、繁忙期が終わった。
春に、封筒を出した。会社が出すものと、私が自分で出すものを、同じ封筒で出す。日本で生まれた者には順番待ちがほとんど無いので、それができる。
そして絵美の分を、同じ日に出す。
私のほうが先に認められてしまうと、彼女はあとから乗れない。別の道に回されて、外の窓口で一年半から二年待つことになる。図書館の棚の前で三度読んだ、あの行のことだった。
同じ日に出せば、それは起きない。日付を揃えるだけでいい。
弁護士はそれを、当たり前のことのように言った。当たり前だった。当たり前のことが、二年前の私には夜の図書館で立って読むことだった。
二週間ほどで、受け取ったという通知が来た。番号が振ってあった。以後、この番号でものを訊くことになる。
番号が付くと、待つことの形が変わる。それまでは、出したかどうかを自分で覚えているだけだった。番号が付いてからは、向こうの側にも同じものがあることになる。
それでも、いつ下りるかは書いていない。向こうは目安の表を出している。いま処理しているのは何月に受け取った分か、という表だ。月に一度、新しいものが出る。
私はそれを毎月見た。見て、自分の封筒の日付と比べる。表の日付が二か月進む月があり、一週間しか進まない月があり、戻る月もあった。戻るというのは、前の月の表が違っていたということだ。
数えられるものが目の前にあると、私は数えてしまう。
絵美は、その表を見なかった。
見ないんですか、と一度訊いた。見ても進みませんから、と彼女は言った。
私も知っている。見ても進まない。知っていて、私は毎月開く。
少しあとになって、違いが分かった。性分ではない。彼女の紙にはまだ何年かある。私の紙は十月に切れる。待っているものが同じでも、待てる長さが同じではなかった。
夏に、指紋を取りに行った。二人で行った。順番に呼ばれて、指を置いて、写真を撮られる。戻ってきたときに一度これをやっている。あのときは入ってくる側で、今度は残る側だった。やることは同じだった。
建物を出て、彼女が、同じ機械ですね、と言った。
待っているあいだ、私たちは何も決めなかった。
家を買うかどうか。車をもう一台にするかどうか。どれも、下りてからにしましょう、と彼女が言った。下りるまでは、動かせるものを動かさない。
二人とも、期限のついた紙で暮らしてきた人間だった。先に決めて、あとで紙が追いつかないほうが怖い。
夏のあいだ、私は二つの日付を持って歩いていた。十月に切れる日と、いつ来るか分からない日だ。片方には数がある。もう片方には無い。
数のあるほうばかり数えた。
その少しあとに、弁護士から連絡があった。私の就労ビザ――勤め先が出して、その勤め先で働くあいだだけ効く資格だ――は十月で切れる。同じ勤め先なので、あと三年まで延ばせる。永住権が先に下りればそれは要らなくなるが、どちらが先かは出してみるまで分からない。
両方やっておきましょう、と弁護士は言った。
延長の書類を作り、金を払った。要らなくなるかもしれないものに払う金だった。要らなくなればそれでいい、と弁護士は言った。要らなくならなかったときのほうが困る。
九月に、二通が同じ週に届いた。延長が認められたという知らせと、面接は要らないという知らせだった。順番としては、後のほうが大きい。
そして十月の初めに、カードが届いた。緑がかった色の、プラスチックの札だった。二枚あった。私のと、彼女のと、同じ日付の入ったものが二枚。
封筒はそれぞれ別に来たが、日付は同じだった。
図書館の本には、二年から三年と書いてあった。頼んでから一年半で来た。なぜ早かったのかは、私には分からない。そういう年もあります、と弁護士は言った。
絵美は自分のを取って、しばらく見ていた。それから、テーブルに二枚並べた。
終わりましたね、と彼女は言った。
終わった、と私も思った。
この国へ来て八年、私は期限のついた紙を、次の期限のついた紙へと繋いできた。交換の一年。課程の二年。そのあとの一年。いまの三年。次が間に合うかどうかで眠れない夜があって、切れる日を指で数える癖がついた。
そのすべてが、この二枚で終わるはずだった。
私は自分のを持ち上げた。
隅に、小さな文字で日付が刷ってあった。
有効期限、と書いてある。
永住、と名のつくものにさえ、終わりの日付があった。
資格そのものが切れるわけではない。切れるのは、それを証明する側だ。何年かごとに、このカードを出し直す。用紙と、写真と、要るときは指紋。取るときに踏んだものとは、別ものだ。
弁護士に訊けば、たぶん一言でそう言われる。
訊かなかった。
訊かなくてよかったのだと思う。私が見ていたのは手間のほうではない。日付のほうだった。
数える先が、また一つ増えた。
私は札をテーブルに戻して、二枚のあいだを少し空けて置いた。
絵美は台所のほうへ立って、水を出していた。終わりましたね、ともう一度は言わなかった。
引き出しには、使わなかった延長の書類が入っている。金を払って作って、認められて、そのまま使わないことになった紙だ。
私はそれを捨てなかった。日付を書いて、封筒に入れて、ほかの控えと同じところに置いた。
これまででいちばん役に立たなかった紙が、いちばん厚い束の中にある。
この作品はフィクションです。制度や手続きについては、その当時のものをできるだけ正確に書くようにしていますが、筆者は弁護士でも、移民法の専門家でもありません。制度は年によって変わりますし、同じ制度でも、一人ひとりの事情によって扱いが変わります。ここに書いたことを、ご自身の手続きの判断に使わないでください。実際に手続きが必要な方は、移民弁護士(在留資格の手続きを専門とする弁護士)など、資格のある方に必ずご相談ください。これらの記述について、筆者は責任を負うことができません。




