十四話 先に、と書いてあった
四月の半ばに、二度目の繁忙期が終わった。二度目は一度目より楽だった。楽になったのは仕事のほうではなく、いつ終わるかを知っていたからだと思う。
五月に、彼女が来た。
二年目になるので、書式はもう決まっている。合わなくなるのがどの行かも分かっている。打ち合わせは一時間で終わった。前は二時間かかったものが一時間になると、余った一時間の置き場に困る。
その前の週に、私は図書館へ行っていた。
永住権のことを調べるためだ。期限の無い在留の資格――この国に住み続けてよいと認められること――を永住権という。私はそれまで、自分にそれが関わるものとして読んだことが無かった。関わるようになったから読んだのではない。関わるようにできるのかどうかを知りたかった。
夜に行った。閉まるまでの二時間、同じ棚の前に立っていた。
順番が書いてあった。
勤め先を通す道なら、まず会社が、その仕事に就ける人がこの国にいないことを確かめる手続きをする。次に会社が、その人のために国へ申請を出す。最後に、本人が自分の身分を切り替える申請を出す。二年から三年かかる。日本で生まれた者には、そのうえの順番待ちがほとんど無いとも書いてあった。生まれた国で待つ長さが違うのだと、そこで初めて知った。
配偶者は、最後の申請に一緒に乗れる。乗れるかどうかは、そのときに配偶者であるかどうかで決まる。
その先に、もう一行あった。本人のほうが先に認められてしまうと、あとから結婚した相手は乗れない。別の道に回されて、国外の窓口で一年半から二年待つ。そのあいだ働けない。
だから、いずれ通るのなら、先に結婚しておくほうが安全だと書いてあった。
先に、と書いてあった。
私は棚の前で、その行を三度読んだ。
私の紙は二〇〇七年の十月までだ。事務所が続けてくれれば、あと三年延ばせる。永住権の話は、事務所からは一言も出ていない。出す気があるのかどうかも知らない。訊いてもいない。つまり私が読んでいたのは、まだ誰にも起きていないことの順番だった。
まだ無い紙の順番に合わせて、私は人に物を頼もうとしている。そこまで考えて、いちばん困ったのは、頼みたい気持ちのほうが先にあったのか、あとから来たのかが、自分で分からなくなったことだった。
もう一つある。三度読んだのは順番のことだと思っていた。ちがった。効いていたのは、その上の行のほうだ。一年半から二年、働けない。働けなくなるのは私ではない。
働けない時間がどういうものかは、知っている。二〇〇三年の六月から年が明けるまで、私の許可は会計に関わる仕事にしか使えなかった。手はあいていて、時間もあって、体も動いた。皿を洗うのも、雪をかくのも駄目だった。あの七か月に私がしたのは、数え直すことと、待たないための手を考えることだけだ。
それを人に渡す図が、棚の前で立っているうちに頭の中にできてしまった。渡すつもりなど無いのに、順番のほうが先に図を作る。
図書館を出て、私は歩いて帰った。バスの時刻は過ぎていた。歩きながら、順番を確かめようとした。いつからそう思っていたのかを、日付で並べようとしたのだ。並ばなかった。人の気持ちには日付が入っていない。
日付の入っていないものを、私はうまく扱えない。
五月の打ち合わせのあと、私は歩きませんか、と言った。
言ってから、自分が何をしたのかが分かった。相手が訊いていないことを、自分から言ったのだった。彼女は、いいですよ、と言って鞄を持った。
街の中にいくつも湖がある。事務所から歩いて行けるところに一つあって、周りを人が歩けるようになっている。五月の夕方で、まだ明るかった。日が長くなるのはこれからだ。半分ほど回ったところで、私は話しはじめた。
私の紙は二〇〇七年の十月までです、と私は言った。事務所が続けてくれれば、あと三年になります。永住権のことを調べました。会社が出すもので、二年か三年かかります。最後に自分で出す申請があって、そこに配偶者が乗れます。乗るには、そのときに配偶者でなければなりません。私のほうが先に認められると、あなたは外の窓口に回されて、一年半か二年、働けなくなります。ですから、順番としては――
加藤さん、と彼女が言った。
私は止まった。
順番の話をしているのは、加藤さんだけです、と彼女は言った。
私は何も言えなかった。言えないというより、言うことがそこで尽きた。私が持ってきたものは全部、日付と手続きでできていて、それを取り上げられると、手の中に何も残らなかった。
彼女は少し歩いてから、立ち止まって、こちらを向いた。
それで、加藤さんはどうしたいんですか、と彼女は訊いた。
訊かれたことには、私は答えられる。
結婚してください、と私は言った。
順番は、彼女が作った。私が答えられる形にして、訊いた。あの席で書式の要る欄と要らない欄を一つずつ指したのと、同じ手つきだった。
はい、と彼女は言った。
考える時間をくれとは言われなかった。持ち帰ってどうこうという話にもならなかった。私が並べようとしていたものは、まだ半分残っていた。それを口に出さずに畳んだ。
それから、私も順番の話をします、と彼女は言った。
転勤の希望を出しています、と彼女は言った。こちらの拠点です。通るかどうかは分かりません。通らなければ、私は日本にいます。それでもいいですか。
いいです、と私は答えた。いつ出したんですか、と私は訊いた。三月です、と彼女は言った。
三月というのは、私が図書館へ行くより前だ。私が順番を読むより前に、彼女はもう紙を出していた。誰にも相談していないのだと思う。訊かなかったので、そこは分からない。
その夜、部屋に戻って、私は紙を一枚出した。順番を書き出すつもりだった。書きはじめて、書くことが無くなった。事務所は何も言っていない。申請は一枚も出ていない。日付の入る欄が一つも無かった。
紙を裏返して、また表に戻した。五年前から、私はこれをやっている。
訊かれたから答えたのだ、とも言える。そのとおりだ。
だが歩きませんか、と先に言ったのは、私のほうだった。
この作品はフィクションです。制度や手続きについては、その当時のものをできるだけ正確に書くようにしていますが、筆者は弁護士でも、移民法の専門家でもありません。制度は年によって変わりますし、同じ制度でも、一人ひとりの事情によって扱いが変わります。ここに書いたことを、ご自身の手続きの判断に使わないでください。実際に手続きが必要な方は、移民弁護士(在留資格の手続きを専門とする弁護士)など、資格のある方に必ずご相談ください。これらの記述について、筆者は責任を負うことができません。




