第2話 鎌倉編 大仏さまに会いに行こ!中編
「大人獣人、2枚ください〜」
「…………大人、ですね?」
「……一応〜?」
ほんの少しだけ、眩しさと暑さにバテているルセを、仁王さまのいる門の木陰に残し、リートがふたり分のチケットを買う。
「ルセ」
「……おかえり」
いつもより、ぼぉ、っとした顔を向けてきたルセに、リートの爪先が、ゆっくりと宙をくるくるとかき混ぜる。
「あー……涼しい〜……リート、ありがと〜……」
「ボクも気づくのが遅くなってごめんね……」
ふわり、ひやり、とリートの冷却魔法が、ルセの身体に無理のない速度で、溜まってしまった熱を奪っていく。
「んーん、僕も、テンションあがりすぎちゃっただけだし」
「ルセがそうなるの、珍しいねぇ〜? ルセがボクにかけてくれてるのは、解かれてないのに〜」
「リートのは絶対に絶対だからね。保護魔法も兼ねてるから」
「過保護〜……」
「君にはそれくらいでちょうどいいの」
そんなやり取りのあと、リートがもう一度、爪先をくるり、と回す。
「じゃあ、ボクも、ルセに過保護する〜」
えーい、とかけ声ととも、リートは空中に繰り出した小さな魔法陣を、ルセの頭上へと目掛けた。
ぽわ、と淡い緑色の光が、ルセの身体を包む。
「……リート……」
「疲れもとってみました〜」
くふふふ、と不思議な笑い声とともに、にこにこと、本当に楽しそうに笑うリートに、ルセは小さくため息をついたあと、「ライ」と静かに呟く。
『大丈夫、消した』
「ありがとう」
「あ、ライさんの声だ〜」
ぎゅむ、とルセに抱きつきながら浮悠魚越しに聞こえてきた声に、リートがひらひらと手を振る。
そんな無邪気な友人の、優しさと危うさの同居した行動に、ルセは短く息をはいたあと、リートと自分へ、さりげなく静かに魔法をかけ直し立ち上がる。
「あ、あとねぇ、この浮悠魚でなら、速度もゆっくりだから、中もこれで移動してもいいって〜……ライさんからも連絡きてた、って言ってた〜」
「じゃあ、安心して大仏さんのとこに行けるね」
「ね〜! 映像で見るよりおっきくなってるのかも〜」
「大きくはなってないね、たぶん」
「そうかなぁ〜?」
よいしょ、自分に抱きついたままのリートの腕を解くことなく、ルセが浮悠魚を起動させる。
ブォンフッ、と相変わらず、ちょっと不思議な音と空気を吐き出し、 浮悠魚が宙に浮かぶ。
「じゃあ、いよいよ、ご本人様とご対面、と行きますか!」
「楽しみ〜」
ぱたたたた、と動き出した尾びれが、仁王様の門の真ん中へと進む。
「仁王せんぱいも、大きいよねぇ〜」
「だねぇ」
のんびり、ふわりと、先ほどよりも速度を落として、浮悠魚が進んでいく。
「ねぇルセ、あの葉っぱ美味しそう〜」
「リート、このあとアイスだよ」
「そうだった〜!」
そんな会話を繰り広げながら、石畳の上を、砂利の上を進むこと、数分。
「わぁ……」
「おぉ……」
突如として開いた視線の先に、
大きな、大きな銅像に、リートとルセ、ふたりが同時に、驚きの声をこぼす。
―― その瞳には、空飛ぶタクシーも、煌びやかなホログラムも映っていない。
ただ、そこで、何百年もの季節、人々を、世界を見守ってきた鎌倉の大仏様。
それだけが、瞳いっぱいに映っている。
けれど、一方で。
大仏さまの半開きの瞳の中に、リートだけは、過ぎ去った何百回もの季節の彩りを見ていた。
その静寂と、優しき記憶に、圧倒され、リートの喉が、ゆっくりと音を鳴らす。
「……ルセ。……大仏せんぱい……すごいねぇ〜ー……本当に、すっごいおだやかだねぇ」
「うん、すっごい大きく見えるね」
ほわぁ……、と不思議な声をこぼしながら、浮悠魚を空中で停めて、ふたりは大仏を見上げる。
リートがゆっくりと瞬きをするたびに、瞳の奥にいくつかの星が降る。
その瞳に映るのは、大仏さまの「静かな呼吸」だった。
ただの銅の塊ではなく、何百年もの間、ここで海風を浴び、人々の願いを聴き続けてきた、モノ言わぬ優しき大きな像。
「……大仏せんぱい〜……今日もいい空だねぇ〜」
効率を求め、一瞬で過ぎ去っていく近未来の街の中で、 大仏さまだけはずっとここに座っている。
「……動かないってねぇ……とっても……大変なことなんだよ〜ー」
「だろうねぇ」
誰よりもゆっくり動くリートだからこそわかる、その「不動」という名の強さ。
そんなリートの言葉は、海風に溶けて、大仏さまの耳元へと届いたようだった。
すると、今までただの『像』だったはずの巨大な肩が、ほんの少しだけ、心地よさそうに緩んだようにルセには見えた。




