第八話 『君を愛する気はない』宣言に遭遇しましたが、言っているのは私の元婚約者でした
「僕は、君を愛する気はない」
聞き間違えるはずがなかった。
少し先にある客間。その扉の向こうから聞こえてきたのは、私の元婚約者、レオナルド・ハースト様の声だった。
「セシリア?」
「……レオナルド様です」
「ああ。君の元婚約者か」
「はい」
先日、ミランダとの浮気現場を大勢に目撃された、あのレオナルド様である。
今日はもう帰るつもりだった。
白い結婚ごっこに興じる幼い王子とその婚約者を目撃し、王家の情操教育を心配したところで十分だった。
けれど。
「そんな……!どうしてそんなことをおっしゃるんですの!?」
今度は女性の声が聞こえてくる。
「……ミランダ様ですね」
「浮気相手か」
「元、親しい友人でもございます」
「そうだったな」
ずいぶん昔のことのように感じる。
実際には、それほど日が経っていないのだけれど。
「聞くのか?」
「盗み聞きは趣味ではございません」
そう答えた直後。
「私だって、あなたと結婚するために婚約を解消したのよ!?」
殿下も止まった。
「僕だって好きでこうなったわけじゃない!」
「何よそれ!」
「そもそも、あの日だって少し遊ぶだけのつもりだったんだ!」
「私だってそうよ!」
ひどい会話である。
アドリアン殿下が私を見る。
「盛り上がってしまったから仕方ないだろ!」
「仕方ないって何よ!私まで婚約を破棄されたのよ!?」
「それは君が僕と浮気したからだろう!」
「あなたがあんなに長いなんて思わなかったんですもの!」
思わず私は扉を見た。
「また長さの話ですの……?」
「僕に聞かれても困る」
何度この話をさせられるのだろう。
「私は途中で何度も言ったわ!そろそろ戻らないとって!」
「聞いてない!」
「でしょうね!」
「それを僕のせいにするな!」
「だって普通、あんなに続くなんて思わないでしょう!?」
今度こそ、もう帰ろう。
散々お茶は飲んだけれど、帰ってリタの入れてくれたミルクティーが飲みたい。
心底そう思った。
「行きましょう、殿下」
「ああ」
歩き出そうとしたところで、扉が勢いよく開き、レオナルド様が出てきてしまった。
「セシリア!?」
「……ごきげんよう」
「な、なぜここに!?」
「殿下のお見送りを受けていたところです」
その隣からミランダが顔を出す。
「セシリア……」
「お久しぶりです、ミランダ様」
「まだ数日しか経ってないわよ」
「そうでしたか」
おかしい。もっと経った気がするのに。
レオナルド様の視線が、私からアドリアン殿下へ移った。
「なぜ、王太子殿下と……」
「先日の件以来、少々ご縁がございまして」
「少々?」
なぜ殿下がそこに反応するのだろう。
「僕は彼女に何度も助けられている」
「何度も?」
「殿下」
「事実だろう?」
「そうですけれど」
レオナルド様が、妙な顔をしている。
けれど、私は思ったほど何も感じない。
少し前まで、この人と結婚する予定だった。
ミランダを親しい友人だとも思っていた。
それが今では、二人が同じ部屋にいる姿を見ても、腹も立たなければ悲しくもない。
「それで『愛する気はない』というのは、どういうお話ですの?」
「聞いていたの!?」
「廊下まで聞こえておりましたので」
「……」
ミランダが唇を噛む。
「レオナルド様が、私とは結婚するけれど愛する気はないって……」
「そうなのですか?」
「仕方ないだろう!ガルシア公爵夫妻をはじめ、あれだけ大勢に見られたんだぞ!今さら『遊びでした』で済むわけがない!」
「では、ミランダ様とは仕方なく?」
「そういう意味では……」
「そういう意味でしょう!」
怒鳴った。
なぜか関係のない殿下が、ビクッとする。
「私だって、婚約者から破棄されたのよ!あなたと結婚するしかなくなったのに、今度は愛する気はないなんて!」
「君だって僕を愛していたわけじゃないだろう!」
「最初はそうだったわよ!」
ミランダの声が急に小さくなった。
「でも!……私だって……これから好きになってもらえたらいいなって……思っていたのに……」
「……え?」
「あなたといるの、楽しかったし……あんなことになったけれど、それならそれで、ちゃんと一緒にやっていこうって……」
「ミランダ……」
「なのに、愛する気はない、なんて言われたら……」
「ミランダ!」
レオナルド様が彼女を勢いよく抱き締める。
「そんなに僕のことを……!」
「レオナルド様……!」
見つめ合う二人を冷めた目で見つめながら、私はつぶやいた。
「何を見せられているんですの……?」
「僕にも分からない」
「つい先ほどまで喧嘩していましたよね」
「していた」
二人は、まるでスポットライトの下、二人だけの世界に入っている。
「ミランダ……僕も悪かった」
「レオナルド様……」
「これから好きになればいいんだ!僕たちなら、きっとうまくやれる」
「はい……!」
何も解決していない気がするけれど、気がつけば勝手に話がまとまっている。
ミランダが急にこちらを見た。
その表情には、達成感すらうかがえる。
「セシリア、私たち頑張るわ!」
「そうですか」
「見ていてね!」
「またお前たちは!!」
廊下の向こうから怒声が響き、全員が振り返る。
ものすごい勢いでこちらへ歩いてくるのは、ガルシア公爵だった。
「目を離せば喧嘩し!止めれば今度は二人の世界に入り!いったいいつになったら話が進むんだ!」
「公爵!?」
「まだサインしていないのか!!」
公爵の手には、数枚の書類が握られていた。
「だって、今ちょっと大事な話を……」
「いい加減にしろ!昨日もそう言っていたではないか!」
「昨日?」
アドリアン殿下が尋ねると、公爵が深く息を吐いた。
「昨日は、この書類について説明している途中で婚礼衣装の話になり、二人で喧嘩を始めた」
「その前は?」
「互いの家族への謝罪について話していたら、途中から泣きながら抱き合い始めた」
「……」
「その前は、地方へ行く際の荷物について喧嘩し、最後には二人で新居の家具を選び始めた!」
「仲がおよろしいのでは?」
「だから話が進まんのだ!」
なるほど。
夫婦喧嘩は犬も食わぬ。というやつなのだろうか。
「それで、その書類はなんだ?」
公爵はレオナルドへ書類を突き出した。
「ハースト侯爵家の継承権を弟へ譲ることへの承諾書です」
「継承権を?」
公爵は私にも説明してくれた。
今回の件を受け、ハースト侯爵家ではレオナルド様を次期当主とすることに不安が出たらしい。
婚約中の女性がいながら、茶会の最中に別の令嬢と長時間情事に及び、大勢の証人に現場を押さえられた。
当然と言えば当然なのかもしれない。
「弟君が次期侯爵となり、レオナルド様は?」
「ハースト家が所有する地方領の一つを任せる予定だ。ミランダ嬢との婚姻後、二人でそちらへ移る」
「つまり、領地経営を?大丈夫ですの?」
「そこは私も不安だ!」
公爵が即答した。
「だが、いつまでも何の役目も与えず遊ばせておくわけにもいかん。領地には長年仕える代官もいる。まずはそこで仕事を覚えさせる!」
「なるほど」
「それに、王都に置いておくと、また何をするか分からん!」
公爵が二人を見る。
私も完全に同意だった。
レオナルド様がようやく机へ向かうと、ミランダも隣に座った。
「地方か……」
「嫌?私も一緒よ。二人なら、なんとかなるわ」
「ミランダ……」
「また始めるな!!いい加減書いて、すぐ陛下に提出するぞ!」
ガルシア公爵の怒声が飛び、二人が慌てて書類へ向き直る。
「……本当に、お似合いですわね」
「セシリア。平気か?あの二人を見て」
「……そうですわね」
私は小さく呟くと、アドリアン殿下が少し真面目な顔で私を見ていた。
改めて二人を見る。
レオナルド様が何か書き間違え、ミランダに笑われている。
それに腹を立てながらも、レオナルド様も少し笑っていた。
「平気ですわ。むしろ、あのお二人なら案外うまくやっていくのではないでしょうか」
「僕もそう思う」
少しだけ、肩の力が抜けた。
これで本当に、私とレオナルド様の婚約は過去になったのだと思う。
その隣で、アドリアン殿下が何かを考えている。
「……ということは」
「どうせ、レオナルド様は童貞ではないのか、というお話では?」
「……」
当たったらしい。
「いい加減しつこいですわ」
「さっき弟の件があったから、つい……」
ガルシア公爵にもう一度礼を言い、今度こそその場を離れた。
王宮からの出口に向かう。
来るときは大勢の騎士が中庭で訓練に励んでいた中庭。
何か叫び声が聞こえる。
あーあー、キコエナイキコエナイ。そんな念仏を心の中で唱えてみるも、進むたびにその叫び声が鮮明になる。
「ステータス・オープン!!」
次々に修羅場に遭遇する令嬢…次はどんな修羅場に遭遇するのか…
気になったら、ブックマーク、★★★★★、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ
もし、こんな修羅場を見てみたい!などありましたら、感想でもらえると嬉しいです!




