第九話 『ステータス・オープン』と叫ぶ騎士に遭遇しましたが、より適した職を提案しました
「ステータス・オープン!!」
よく通る男性の声が、中庭いっぱいに響いた。
私は聞こえなかったことにして、そのまま歩く。
「ステータス・オープン!!」
また聞こえた。
「……セシリア」
「聞こえておりません」
「無理があるだろう」
「殿下にも聞こえませんでしたわよね?」
「聞こえた」
「そうですか……」
この人は聞こえないふりができないようだ。残念である。
声のする方を見れば、中庭の隅に一人の騎士が立っていた。
右手を正面へ伸ばし、何もない空間をじっと見つめていたかと思ったら、騎士は眉間に皺を寄せ、今度は左手を伸ばした。
「ステータス・オープン!」
三回目だった。
「……おかしい」
どうやら何も起こらなかったらしい。
「手を替えても駄目なようですわね」
「見るのか?」
「見ているわけではございません。帰り道にいらっしゃるだけです」
今まで私は、こういう時に足を止めるからいけなかったのだ。
いい加減、学んだ。
今日こそは見なかったことにして、このまま帰ればいい。
「ステータス――あっ!王太子殿下!」
見つかった。
騎士がこちらへ駆けてくる。
「殿下!ちょうどよかった!」
「僕はよくないんだが」
「少々お聞きしたいことが!」
「……五分だけだぞ」
王太子という立場もあり、立ち止まってしまった。
やはり帰れないらしい。
「実は、自分の方向性に悩んでまして……」
「それで、先ほどの行動は、何か関係があるのか?」
「ああ、先ほどはステータスを開こうとしておりました!」
「その、すてーたすというのは?」
「自分の能力を一覧で確認できるものです!」
騎士は当然のように答えた。
「レベル、職業、体力、魔力、スキル!普通、この世界に来たら確認するでしょう?」
「れべる……?それは普通ではないと思いますわ」
「え?」
「こちらの世界に来た、とおっしゃいました?」
「ああ!」
騎士は胸を張った。
「半年ほど前、訓練中に頭を強く打ちまして。その時、前世の記憶を思い出したんです!」
「頭を……」
「強く……」
私と殿下は顔を見合わせた。
「医師には診てもらったのか?」
「もちろんです!異常なしと言われました!」
「そうですか。それはなによりです……」
それなら、これ以上私から言えることはない。
「思い出した記憶によると、こういう世界では『ステータス・オープン』と唱えれば、自分の能力が表示されると知っていたんです」
「どういう世界ですの?」
「剣と魔法の異世界です!」
「ここは普通に私たちの国ですけれど」
「現地の方には、そう見えると思います」
先ほどまで元婚約者の騒動で疲れていたはずなのに、別方向から新しい疲労がやってきた。
「それで、何か表示されたのか?」
「それが、何度やっても出ないんです!」
「でしょうね」
「おかしいんですよ!前世を思い出したからには、何か特別な能力があるはずなのに!」
「そういうものなのですか?」
「定番です!」
定番と言われても困る。
私の方がおかしいような気がしてくるから不思議だ。
「では、魔力測定は?」
「騎士団へ入る時に受けました!」
「結果は?」
「平均でした!」
「剣術は?」
「騎士団では十二番目です!」
「強いのですか?」
「小隊の中で三十人中です!」
あまり詳しくないが、可もなく不可もなく……微妙な位置に聞こえる。
「体力は?」
「普通です!」
「……ステータスを開かなくても、だいたい分かっておりますわね」
「そんな……!」
騎士がショックを受けた顔をする。
「でも、絶対に何かあるはずなんです!」
「根拠は?」
「最近、自分の中に妙な衝動を感じるんです」
急に真剣になった。
「衝動?」
「はい。無性に尖ったものを扱いたくなるんです」
「尖った……」
私は少し身構えた。
騎士が剣を扱いたくなるのであれば、普通ではないだろうか。
けれど、その表情を見る限り、本人はそう思っていないらしい。
「剣ではなく?」
「もっと小さいんです」
「短剣?」
「もっと小さくて、細くて……手元で扱うような」
「……包丁とか」
「料理は食べる方が好きなので、なにか違いますね」
「もっと小さいとなると……針では?」
「それです!」
騎士の顔が明るくなる。
「昔から黙々と細かい作業をしていると、すごく落ち着くんです」
「……殿下」
「訓練後に破れた手袋を縫っていたら、気づけば二時間経っていました」
「うん」
「色の組み合わせを考えるのも楽しくて。赤い糸の隣には金がいいとか、青には銀が映えるとか」
「それ、騎士のスキルではない気がいたします」
「僕もそう思う」
「え?」
騎士が目を丸くした。
「……もっと向いている職業があるのでは?」
「……」
騎士が固まった。
その顔が、だんだん驚きに変わっていく。
「……刺繍」
「はい?」
「刺繍だ!!」
わなわなと両手を見ていたかと思ったら突然叫びだし、中庭に残っていた何人かの騎士がこちらを見る。
「僕の適職、刺繍職人だったんだ!!」
「まだ決まったわけではございません」
「間違いありません!だからステータスが開かなかったんです!」
「そこは関係ないと思いますわ」
「騎士は仮の職業だったんだ……!本当のジョブが今、解放されたんだ!」
「話を聞いております?」
聞いていない。
じょぶとはなんだろうか……聞きたいような、聞きたくないような……いや、聞いてはダメだ。
騎士は自分の手を見つめ、感動している。
「そうか……僕のこの手は、剣を握るためにあるのではなく、針を握るためだったんだ……!」
「ずいぶん小さくなりましたわね」
「でも、今から刺繍職人になれるのか?」
アドリアン殿下が尋ねる。
「なれます!いえ!なってみせます!!祖母が刺繍を仕事にしていたので、子供の頃に少し習っていたんです!」
「それを先に言ってくださいませ」
「そういえば先日、母からも『お前は剣より針の方が上手い』と言われました!」
「答えはとっくに出ていたのでは?」
「気づきませんでした!」
どうして気がつかないのだろう。
こんなに周りの環境がよいだけではなく、助言も受けていたのに。
「殿下!今すぐ退職届を出してきます!」
騎士が勢いよく頭を下げた。
「……たいしょくとどけとはなんだ?」
「退団願でしょうか?」
「それです!もう半年もステータスが開かなくて悩んでいたんです!今日ようやく僕の進むべき道が見えました!」
「見つけたのはセシリアだろう」
「ありがとうございます!退職代行に頼まずに済みました!」
今度は私へ深々と頭を下げる。
「いえ、私は話を聞いただけで……」
「僕、立派な刺繍職人になります!」
「退団願が受理されてからになさってください」
「はい!」
返事をすると、騎士は走っていった。
さすが、退団するとはいえ、騎士なだけあって脚が速い。
「……行ってしまいましたわ」
「本当に退団する気だな、あれは」
「刺繍がお好きなら、良いのではないでしょうか」
「騎士団長には僕から事情を説明しておく」
「『ステータスを開こうとしたら刺繍職人が適職だと判明しました』と?」
「どう説明すればいいんだ……」
殿下が頭を抱えた。
私は知らない。騎士団内部のことは、王太子殿下にお任せしよう。
気が付けば五分どころか、四半刻は経っている。
「では、今度こそ帰りますわ」
「ああ。今日は本当に色々あったな」
「色々ありすぎました」
白い結婚ごっこも見た。
更に、レオナルド様とミランダの話だけで十分。
なのに、刺繍職人を目指すことになった騎士にも出会った。
もう、これ以上は何もいらない。
中庭を抜け、王宮の出口へ向かう。
あと少し……あの角を曲がれば、王宮の外へ続く廊下だ。
「アドリアン」
聞き覚えのない男性の声。
殿下が立ち止まるのに合わせ、私も仕方なく足を止めた。
廊下の向こうから、一人の男性が歩いてくる。
年齢は四十代半ばほどだろうか。
整った顔立ちは、どことなくアドリアン殿下に似ている。
というより……このお顔……姿絵で見たことがある。しかも王宮の入り口で……
「父上」
やはり国王陛下だった。
「こんなところで何をしている?」
「少し騒ぎがありまして」
「またか?」
また……陛下までそうおっしゃるのか。
「そちらの令嬢は?」
視線がこちらへ向いた。
これは、逃げられない。
「セシリア・アースキン伯爵令嬢です。先日の件で色々と助けてもらっていて」
「ほう。君が」
陛下に視線を向けられ、慌てて両手でスカートを軽く持ち、カーテシーをする。
「最近、アドリアンからよく名前を聞く」
「父上!」
「何だ?」
「余計なことは言わないでください」
「事実だろう?」
殿下が珍しく慌てている。
少し気になったけれど、今はそれどころではない。
国王陛下が目の前にいる。
帰りたい……ものすごく帰りたい。
先ほどの騎士を見なかったことにして通り過ぎていれば、もう馬車に乗っていたはずなのに。
ステータス・オープンなど、無視すればよかった。
「ちょうどいい」
何がちょうどいいのだろう。
嫌な予感しかしない。
「これから晩餐なんだが、セシリア嬢も一緒にどうだ?」
次々に修羅場に遭遇する令嬢…次はどんな修羅場に遭遇するのか…
気になったら、ブックマーク、★★★★★、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ
もし、こんな修羅場を見てみたい!などありましたら、感想でもらえると嬉しいです!




