第五話 サリー様とスザンヌ様が浮気相手を見つけてきましたが、相手の様子がなんだかおかしいです
「セシリア様!見つけましたわ!」
「……何をですか?」
「マリーです!」
廊下の向こうから、サリー様とスザンヌ様がものすごい勢いで駆けてくる。
先ほど階段から転落したと騒いでいたお二人である。
正確には、互いを突き落とそうと押し合いながら一段ずつ階段を下り、最後の三段だけ転げ落ちたお二人だ。
今日一日で、ドレスを着た令嬢というものは私が思っていたよりずっと速く走れるのだと知った。
私には恐らく無理だ。
「……見つけた、とは?」
できれば聞きたくなかった。
けれど、二人とも私の目の前まで来てしまった。
「浮気相手ですわ!」
「ついに尻尾を掴みましたの!」
「そうですか」
私はリタを見る。
「今度こそ帰りたいのだけれど」
「私もそう願っております」
背後では、先ほどリリアーナ様との徒競走に敗れたアドリアン殿下がまだ少し息を整えていた。
「マリーというのは、さっき話していた?」
「はい!」
スザンヌ様が大きく頷いた。
「寝言で呼んでいた女性ですわ!」
「まだ女性と決まったわけではございませんけれど」
「女性に決まっています!」
サリー様が言い切った。
その自信はどこから来るのだろう。
その思い込みでスザンヌ様と殴り合いになったはずなのだが。
「それで、マリー様はどちらに?」
「こちらです!」
サリー様が私の腕を取った。
「ちょっと、お待ちになって」
「もうすぐですわ!」
「私は別に――」
引っ張られる。
足が速いだけじゃない、腕力もなかなかだ。
私は今日、何度こうして他人の男女関係へ連れていかれるのだろう。
少し離れた廊下を曲がり、客室が並ぶ一角まで来たところで、彼女が急に足を止めた。
「この部屋です」
「中にマリー様が?」
「間違いありませんわ」
人差し指を唇に当てるように言われ、声を潜める。
なぜ分かるのかと尋ねる前に、すでに扉に顔を寄せ聞き耳を立てている。
「セシリア様も」
「嫌です」
「聞けば分かります!」
「何がですの?」
「いいから!」
仕方なく、少しだけ扉へ近づく。
すると、中から男の声が聞こえてきた。
「あぁ……そこ……そう、そこだ……いい……」
私は動きを止め、隣を見る。
彼女が「ほら!」という顔をしている。
「もっと……強く……」
いや。
これは。
「踏んでくれ……あぁ……そこだ……!」
「マリー!!」
スザンヌ様が扉を開けようとした。
鍵がかかっている。
「開けなさい!」
「スザンヌ様、まずは――」
「マリー!いるんでしょう!?」
返事はない。
「もっと右……そう……いい……」
代わりに、男の声が聞こえた。
スザンヌ様の顔が真っ赤になる。
「許せませんわ!」
「お待ちになってくださいませ」
「待てません!」
そこへ追いついてきたアドリアン殿下が、扉を見た。
「何をしているんだ?」
「浮気現場です!」
「また?」
「殿下までそのようにおっしゃらないでくださいませ」
「とにかく扉を開けます!」
私まで浮気現場を探して歩いているようではないか。
スザンヌ様が近くにいた使用人から鍵を借り、勢いよく扉を開いた。
「マリー!!」
全員が中を見る。
寝台があった。
その上に、スザンヌ様の婚約者らしい男性がうつ伏せになっていた。
上半身は裸である。
そして、その背中を。
「はい。もう少し右ですね」
「そこだ……そこ……」
筋骨隆々の一人の女性が、男性を足で踏んでいた。
「……」
「……」
「……」
誰も言葉を発しなかった。
やがて、女性がこちらへ顔を向けた。
「何か御用でしょうか?」
「マリー……?」
「はい。マリーです」
本当にマリー様だった。
「何をなさっているの?」
「マッサージですが」
「マッサージ?」
「はい」
彼女は当然のように答えた。
「こちらのお客様は腰と背中がかなり凝っておられまして。手では足りないので、体重をかけて踏む施術をしております」
寝台の上の男性が顔を上げる。
「スザンヌ?」
「あなた……」
「どうしてここに?」
「それはこちらの台詞ですわ!」
スザンヌ様が男性を指さした。
「毎晩、寝言で『マリー、もっと強く踏んでくれ』『そこだ、いい』と言っていたでしょう!」
「ああ」
「ああ!?」
「最近、腰がずっと痛いって言っていただろう?」
「それとこれと何の関係が――」
「だからマリーさんに踏んでもらってるんだ」
今も職務を全うしようと、男性を踏んでいるマリー様を見る。
「そういう施術なのですね?」
「そういう施術です」
「気持ちいいのですか?」
「かなり」
答えたのは婚約者の方だった。
「セシリア様!」
「確認しただけですわ」
「では……浮気ではないの?」
スザンヌ様が呆然と婚約者を見る。
「なぜマッサージで浮気になるんだ?」
「寝言が!!」
「寝言なんて覚えていない!」
確かに言葉だけ聞けば、かなり誤解を招く。
けれど、現場を見る限り、本当に腰を踏まれているだけだった。
「では、マリー様の件は解決ですね」
「……はい」
彼女が今にも消えそうなほど、どんどん小さくなる。
「スザンヌ様も、階段で殴り合う前に確認なさればよかったですわね」
「私は巻き込まれた側です!」
「あなたも私を突き落とそうとしたでしょう!」
「それはあなたが先に!」
「……では私はこれで」
また始まりそうなので、逃げるように扉の方へ向かった。
今度こそ帰れる。
そう思ったところで、廊下から男の声が聞こえた。
「ちょっと、やめろって!」
「ぶふっ、ぶふっ」
妙な鼻息。
「セザンヌ!舐めるな!ちょっ……顔は……!」
サリー様が固まり、私も止まった。
男性が一人、廊下を歩いてくると、腕には丸々とした犬を抱えていた。
潰れたような鼻。大きな目。短い脚。
犬は嬉しそうに男性の顔を舐めている。
「あぁっ、セザンヌ!そんなっ、情熱的なっ!」
「……」
サリー様が男性を指さした。
「あなた」
「あれ、サリー?」
「何ですの、その犬は?」
「セザンヌだよ」
「セザンヌ!?」
犬が「ぶふっ」と鼻を鳴らした。
どうやらこの犬がセザンヌらしい。
「では、あなたが寝言で言っていた『セザンヌ、そんなに激しくされたら』というのは……」
「こいつ、顔を舐める時すごいんだよ」
今もすごかった。
「『首輪は外さないでくれ』は!?」
「首輪?ああ、これのことか?」
男性は犬を少し持ち上げた。
セザンヌの首には、青い革に金具をあしらった立派な首輪がついている。
「僕が誕生日に贈ったんだ」
「犬に!?」
「すごく似合うだろう?」
満面の笑みだった。
「ちなみに僕の犬ではない」
「違うんですの!?」
「犬カフェの推し犬だ」
「推し犬」
「週に三回は会いに行ってる」
婚約者より会っているのではないだろうか。
サリー様も同じことを考えたらしく、非常に複雑そうな顔をしている。
「では……セザンヌという女性は」
「犬ならここにいるが……」
セザンヌがまた「ぶふっ」と鳴いた。
私はサリー様とスザンヌ様を見た。
「つまり、お二人とも浮気相手ではなかったのですね」
「……はい」
「……そうみたいですわ」
「その勘違いで、階段の上から互いを突き落とそうとなさった」
「最後の三段です!」
二人同時だった。
「そこはもう存じております」
どれだけ大事なのだろう。最後の三段。
「では、本当に今度こそ帰っても?」
「もちろんです!」
「ありがとうございました、セシリア様!」
私は何もしていない。
マリー様を見つけたのもスザンヌ様だし、セザンヌは勝手に廊下を通っただけだ。
それでも礼を言われたので、曖昧に頷いた。
「殿下も、今日はありがとうございました」
「僕はほとんど見ていただけだが」
アドリアン殿下にも頭を下げる。
長い一日だった。
婚約者の浮気現場に遭遇し。
その情事があまりにも終わらないので証人を集め。
階段で殴り合う令嬢二人に遭遇。
王太子殿下の婚約者の妊娠騒動に巻き込まれ。
王太子殿下が大広間で自身が童貞であると宣言。
その直後、魅了。
そして最後には、浮気相手だと思われていた人物がマッサージ師と犬だった。
もうしばらく、修羅場というものには関わりたくない……心の底からそう思った。
ところが、それから数日後。
「王宮からです」
リタから渡された封書を見た瞬間、私は嫌な予感がした。
差出人は、アドリアン・レオポルド・ヴァルディエール王太子殿下。
『先日の一連の騒動について、改めて礼をしたい。ついては、王宮での茶会へ招待したい』
「……」
「いかがされますか?」
断りたい……このうえなく、ものすごく断りたい。
けれど、王太子殿下から正式に招かれた茶会を、なんとなく嫌な予感がするという理由で断れるはずもない。
私はもう一度、招待状を見た。
「……今度こそ、普通のお茶会ですわよね?」
感想欄でいただいた案を一部アレンジして使わせていただきました。ありがとうございました!
感想欄から修羅場が増殖しております。
次々に修羅場に遭遇する令嬢…次はどんな修羅場に遭遇するのか…
気になったら、ブックマーク、★★★★★、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ
もし、こんな修羅場を見てみたい!などありましたら、感想でもらえると嬉しいです!




