第四話 童貞王太子が魅了にかかりましたが、語彙がなんだかおかしいです
「僕は真実の愛を見つけた!」
王太子アドリアンは、見知らぬ令嬢の手を取って高らかに宣言した。
ほんの少し前まで、婚約者であるアメリア様の妊娠が発覚し、大広間の真ん中で「僕は童貞なのに!?」と叫んでいた男である。
その婚約が事実上破綻してから、まだ半刻も経っていない。
私は、アドリアン殿下と令嬢を交互に見た。
「殿下……それは、ちょっと不吉な宣言な気がいたします」
「なぜだ!?」
「本日だけでも色々ございましたので」
「僕はようやく気づいたんだ。彼女こそ、僕がずっと探し求めていた女性だ!」
「殿下!」
手を握られた令嬢の方は、明らかに困っていた。
淡い桃色のドレスをまとった、私と同年代ほどの令嬢である。
王太子に手を取られて喜ぶどころか、なんとか振りほどこうとしていた。
「お放しください!私には好きな方がいるんです!」
「ならば、その男から奪ってみせよう」
「はい?」
「身分など関係ない。君が僕を愛するようになるまで待つ」
「困ります!殿下を好きになることはございませんと申し上げていますのに!?」
「そうやって僕に媚びないところもいい」
彼は満足そうに笑った。
「君は……おもしれー女だな」
「……」
無言で王太子を見つめた。
「なんだ?何か言いたそうだな」
「あの……あー……いえ、やはり言わせていただきますわ」
「うん」
「殿下、先ほどから、語彙が妙にださいですわ」
「なっ!?」
彼は傷ついた顔をしている。
「真実の愛だの、奪ってみせるだの、おもしれー女だの。普段の殿下なら、もう少しましなことをおっしゃるでしょう」
「僕の愛を馬鹿にするな!」
「出会ってどれくらいですの?」
「時間など愛には関係ない!」
「また一つ追加されましたわね」
王太子の隣で、令嬢が泣きそうな顔になっている。
「本当に違うんです!私、殿下とは先ほど初めてお話ししたばかりで!」
「お名前は?」
「リリアーナ・モーリスです」
「リリアーナ……なんて美しい響きなんだ」
「殿下。この方のお名前をご存じでした?」
そう尋ねると、殿下は黙った。
「……」
「殿下?」
「名前など、真実の愛には関係ない!」
「セシリア様、なんとかしてください!」
とうとうリリアーナ様が助けを求めてきた。
「私、本当に好きな方がいるんです。今日だって、その方に少しでも振り向いていただきたくて……」
「そんな男は忘れろ!」
「嫌です!」
「リリアーナを悲しませる男など僕が許さない!」
「まだ何もされていません!私を困らせているのは殿下です!」
「ならば僕が守る!」
「何からですか!?」
会話が成立していない。
王太子はすっかり彼女に夢中らしい。
だが、そのリリアーナ様本人が全力で拒絶している。
先ほどまでのアドリアン殿下なら、相手が嫌がっているのに手を握り続けるようなことはしなかった。
少々素直すぎて、婚約者の言葉を信じて托卵されかけてはいたが。
少なくとも、人の話は聞く男だったはずだ。
「リタ、王宮魔術師を探してきてくれる?」
「かしこまりました」
「待て!」
アドリアン殿下がこちらを振り返った。
「なぜ魔術師を呼ぶ!?」
「殿下がおかしいからです」
「おかしくない!僕はようやく本当の自分に気づいただけだ!」
「そういうことを言い出す方は、大抵おかしくなっております」
「僕たちの愛を魔法などというもので片づけるな!」
「酔っ払いも、大概酔っていないと言いますし」
「酔っ払いと一緒にするな!僕は、リリアーナに酔っているだけだ!」
「やかましいですわ」という言葉をなんとか呑み込み、平静を装う。
これでも相手は王太子だ。不敬を働くわけにはいかない。
「リリアーナ様は先ほどから、一度も殿下を愛しているとはおっしゃっておりませんが」
「今はまだ、だ」
「怖いです!」
リリアーナ様がアドリアン殿下から一歩離れた。
するとアドリアン殿下も一歩近づく。
リリアーナ様が二歩離れると、アドリアン殿下も二歩近づいた。
「殿下、追わないで差し上げてくださいませ。嫌がっていらっしゃいます」
「照れているだけだ」
「それを言う男性は、大抵嫌われますわ」
「なぜ君はさっきから、僕の恋路を邪魔するんだ!?」
「見ていられないからです」
幸い、リタはすぐに王宮魔術師を連れて戻ってきた。
年配の魔術師は状況を聞くなり、アドリアン殿下とリリアーナ様を順番に見た。
「殿下。失礼いたします」
「僕には何も――」
魔術師が杖をかざした瞬間、殿下の体を淡い光が包んだ。
その光が、リリアーナ様の胸元へ細く伸びている。
「やはり魅了ですね」
「やはりってなんだ!?」
「そちらの首飾りを拝見しても?」
「これですか?」
魔術師がリリアーナ様を見る。
彼女が首から下げていたのは、小さな赤い石がはめ込まれたペンダントだった。
「今日、王都の露店で買ったんです。恋が叶うお守りだと聞いて……」
「これでしょうな」
「えっ」
魔術師がペンダントへ杖を向けると、赤い石が鈍く光った。
「魅了の術式が組み込まれております」
「そんな!」
「ただし、かなり粗悪です。本来なら、身につけた者が好意を寄せる相手から、多少意識されやすくなる程度でしょう」
「多少?」
「ええ」
魔術師はアドリアン殿下を見た。
「殿下には、少々効きすぎたようですが」
「……なぜだ」
「精神干渉系の魔法への耐性が、かなり低いのかと」
「僕、王太子なんだが?」
「身分は魔法耐性に関係ございません」
「王太子でも?」
「王太子でもです」
ショックを受けている。
魔術師が術を解除すると、王太子の表情から急速に熱が引いていった。
しばらくして、アドリアン殿下がゆっくりと周囲を見回した。
「……僕は、何を言った?」
「真実の愛を見つけた、と。好きな男性がいるリリアーナ様を、その方から奪ってみせるとも」
「……」
「時間など愛には関係ない、と」
「もういい」
「おもしれー女だな、とも」
「頼むからやめてくれ」
両手で顔を覆ってしまった。
「お気になさらず。先ほどの童貞宣言よりは、まだ広まっておりません」
「比較対象がおかしい!」
アドリアン殿下が顔を上げると、リリアーナ様は申し訳なさそうに頭を下げた。
「本当に申し訳ございません、殿下。私、魅了の魔道具だなんて知らなくて……」
「いや。君も知らなかったのなら仕方ない」
「ですが……」
「購入した店については王宮で調べる。こんな物が普通に売られている方が問題だ」
そこだけは、きちんと王太子らしい。
ほんの少しだけ感心した。
「なんだ?」
「いえ。殿下も王太子なのだな、と」
「僕を何だと思っているんだ?」
「大広間で童貞だと叫んだ方です」
「忘れてくれと言っただろう!」
その横で、リリアーナ様が魔術師を見つめていた。
「先ほど、このお守りは……好きな相手から意識されやすくなるものだとおっしゃいました?」
「本来の術式は、そうですな」
「では」
彼女の目が輝いたのを見て、嫌な予感がした。
「リリアーナ様?」
「同じものをもう一つ買えば、あの方にも!」
「お待ちになってくださいませ」
「まだお店は開いているはずです!」
「待て!」
リリアーナ様はドレスの裾を持ち上げると、ものすごい勢いで駆け出した。
「買いに行ってまいります!」
「駄目です!」
「それは没収対象だ!待て!」
アドリアン殿下も追いかける。
二人の姿はあっという間に廊下の向こうへ消えていく。
「……」
遠ざかっていく二人の背中を、リタと一緒に呆然と見つめることしかできない。
「……速いですわね」
「リリアーナ様、踵の高い靴でしたよね」
「ええ」
「よく走れますね」
「先ほどのサリー様とスザンヌ様もそうでしたけれど、なぜ皆様、ドレスと踵の高い靴であれほど速く走れるのでしょう」
しばらくして、廊下の向こうから足音が戻ってきた。
一人、肩で息をしながら、アドリアン殿下がとぼとぼと歩いてくる。
「殿下?」
「……速かった」
「追いつけませんでしたの?」
「……うん」
しょんぼりしている。
「最初は追いつけると思ったんだ……でも途中から、どんどん離されて」
「そうですか。近衛騎士は?」
「追わせた……」
「最初からそうなさればよかったのでは?」
「目の前で走っていったから、つい……」
思わず口元を押さえた。
「今、笑っただろう」
「いいえ。王太子殿下がドレス姿の令嬢との競走に負けたことが笑えるなどとは、決して」
「言ってるじゃないか!」
「申し訳ございません」
「絶対に申し訳ないと思っていないだろう」
殿下はまだ息を整えながら、恨めしそうに私を見る。
「今日は散々だ……」
「殿下の場合、一部はご自身の迂闊さも原因では?」
「魅了は僕のせいじゃない!」
「それはそうですわね」
「そこは認めてくれるのか」
「事実ですから」
もう夜会どころではない。
今度こそ、本当に帰ろう。
「それでは殿下。私はこれで失礼いたします」
「ああ、僕も帰る。馬車まで一緒に行こうか」
「結構です。殿下は残ったほうがよろしいでしょうし」
「いや。もう夜会という気分ではない。それに、今更何も起きないだろうし――」
「その言い方も、少々危険ですわ」
そのとき。
廊下の向こうから、聞き覚えのある声が響いた。
「セシリア様ー!!」
その声に足を止めると、二人の令嬢がこちらへ向かって走ってくる。
サリー様とスザンヌ様だった。
「……あの二人も脚が速いな」
隣で、アドリアン殿下がぽつりと言った。
「セシリア様!見つけましたわ!」
どうやら、まだ帰らせてもらえないらしい。
次々に修羅場に遭遇する令嬢…次はどんな修羅場に遭遇するのか…
気になったら、ブックマーク、★★★★★、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ
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