第48話「許さないまま、信じる」
戦争集結から、一年が過ぎた。
アレクシア、ベアトリス、魔王は二十五歳になっていた。アレクシアが最初の人生で死んだ年齢を、三人とも生きて迎えた。
机の上には、二つにちぎれた押し花の片方が置かれていた。
ベアトリスが捨てずに持っていた半分だった。
アレクシアは手帳の間から、もう半分を取り出した。
昔、ベアトリスから奪い、それでも捨てられなかったものだ。
二つを並べても、破れた線は消えない。
「元に戻したいわけではありません」
ベアトリスは言った。
「私もよ」
アレクシアは花に触れなかった。
過去を美しい友情へ書き換えれば、傷つけた事実まで薄くなる。謝罪を受け取ったことと、許したことも同じではない。
「あなたの能力について、聞きたいことがあります」
「《悪意の帳簿》のことね」
「私の名は、載っていますか」
「いいえ」
「だから、私を信用するのですか」
アレクシアは、かつてなら迷わず肯定していたかもしれない。
「いいえ。帳簿に載らない者が、国を滅ぼすこともあると知ったから」
「では、私を信じていますか」
「共同委員会の議事録を一年分読んでから決めるわ」
ベアトリスが少しだけ笑った。
「私も、同じにします」
古い押し花は、修復せず、一つの箱へ収めた。
その日、二人は新しい花を交換しなかった。
信頼を約束するには、まだ早かった。
エドガーは王都の復興救護院で働き始めた。
監督を受け、薬を運び、けが人の話を聞く。
最初、彼は自分の判断で薬の配布順を変えようとした。
「この子のほうが苦しんでいる」
治療責任者は止めた。
「その薬を先に使えば、次の三人の分がなくなります」
かつてなら、エドガーは目の前の苦しみを理由に命じていた。
今は、責任者に従った。
「では、私にできることは?」
「そばにいて、水を飲ませてください」
王でも英雄でもない。
目の前の一人を助けたいという彼の優しさは、そこで初めて、他人の判断を問わずに役立った。
だからといって、王位が返されることはない。
一年の間に、共同委員会では何度も争いが起きた。
旧離宮も、アレクシア個人の居館から共同委員会の事務局へ変わった。
裏庭の共同倉庫は両国の支援物資を受け入れ、玄関の相談窓口には魔王国の者だけでなく、人間国から来た職人や帰還兵も並ぶ。
アレクシアの私室は残っていたが、建物を閉じる権利はもう彼女一人にはなかった。
人間国の難民を魔王国側へ移す案では、アレクシアが受け入れを急ぎ、魔王が食料不足を理由に反対した。
「過去の記録では、冬まで待てば国境で病が広がる」
魔王は黒冠の軍事予測を提出した。
その予測は、アレクシアの案を支持していた。
「自分の反対意見に不利でも出すのね」
「記録を選別してから渡さないと約束した」
二人は決着を自分たちだけでつけなかった。
マルザが食料量を調べ、ザハルが冬でも使える居住地を示し、地域代表が受け入れ人数を決めた。
アレクシアの当初案より人数は少なく、魔王の案より開始は早くなった。
どちらも完全な主張を通すことはなかった。
それでも、誰も死ななかった。
別の会議では、魔王が王家の古い通路を防衛上の機密として残そうとした。
アレクシアは公開を求めた。
審査の結果、通路の位置は非公開にするが、利用者と利用期限は記録することになった。
魔王は裁定へ従った。
一年分の議事録を通して、彼がアレクシアの決定を覆した形跡も、都合の悪い頁を隠した形跡もなかった。
春の初め、魔王は新しい婚姻契約書を持ってきた。
互いの仕事と財産は独立させる。
重要な情報を故意に隠した場合、相手は一方的に婚姻を終えられる。
魔王妃になっても、共同委員会の席が増えることはない。役職と夫婦の関係を混同させない。
「今度は、私が断っても困らない契約ね」
「困る」
魔王は真面目に答えた。
「だが、困ることを理由に、君の選択を奪わない」
アレクシアは最後まで読んだ。
「幼い日の約束を、覚えている?」
「両国を仲良くする」
「半分だけ果たせたわ」
「残りの半分は?」
「仲良くなくても、争わずにすむ国にすること」
アレクシアは署名した。
魔王も、自分の名を書いた。
誓約書で読んだときと同じ、称号のつかない名前だった。
「ヴァルド」
初めて、その名を声にした。
彼が顔を上げる。幼い呼び名を返されたときの揺れとは違う、呼ばれると思っていなかった顔だった。
「君にその名で呼ばれるのは、初めてだ」
「偽名で呼び合う子どもは、もういないもの」
王墓で私室の鍵を返した日から、アレクシアは彼をアルと呼んでいない。幼馴染としての信頼は、そこで終わったままだった。
元に戻したのではない。
名前を一つ、新しく覚えただけだ。
こうしてアレクシアは、初めて自分で選んで魔王妃になった。
その一か月後、共同委員会へ最初の重大な違反が報告された。
人間国の国境貴族が、農具倉庫と偽って武器を集めていた。
その貴族は、アレクシアの実家と古くからつながりがあった。
家族を守るための備えだと訴え、人間国の内政へ魔族を入れるなと民衆を煽った。
報告したのは、ベアトリスだった。
「隠せば、人間国の名誉は守れるかもしれません」
「次の戦争までの名誉ね」
アレクシアは答えた。
共同委員会は倉庫を公開調査し、条約上限を超えた武器を没収した。
決定書には、女王ベアトリスと魔王妃アレクシアが署名した。
人間国の新聞は、アレクシアを祖国を売った悪女と呼んだ。
「噂どおりになったわね」
新聞を読んだベアトリスが言った。
「何のこと?」
「魔王妃として、祖国を支配する悪女です」
アレクシアは新聞を畳んだ。
「祖国を滅ぼす自由を取り上げたのよ。悪女で結構だわ」
その春、共同水門のそばに学校が開いた。
悪魔、オーガ、ゴブリン、銀狼、オーク、スライム、スパイダー、リザードマン、そして人間。
九種族の子どもたちが、左右に分けられた二つの正史を読み、同じ墓地に刻まれた名前を学ぶ。
校舎はガランが古い倉庫を補強し、シェラが火事と増水を知らせる糸を張った。
昼食の量はマルザとニムが毎月見直し、契約と会計はセヴランが子どもにも読める言葉へ直した。
フェンは両国から通う子どものために安全な道を選び、ザハルはその道を水路から離した。
ルルクは授業で交わされた言葉を記録する。
ただし、子どもが消してほしいと望んだ私的な声は、公的な記録へ残さない規則になっている。
八人はもう、アレクシアの命令を待っていなかった。
開校式のあと、ベアトリスが小さな白い花を持ってきた。
国境の共同農園で育てられた、新しい花だった。
一本をアレクシアへ渡す。
「一年分の議事録を読みました」
「私もよ」
「あなたを許したわけではありません」
「ええ」
「けれど、あなたを信じます」
アレクシアの帳簿は開かなかった。
相手の本心を保証する文字は、どこにも現れない。
それでも、花を受け取った。
授業が終わると、シリルが共同水門を開けた。
十五歳になった彼は、共同河川委員会の見習いとして、開閉の記録を自分の字で書く。
アレクシアが横に立っても、手は止まらなかった。
「今日の水量は?」
「昨日より少ないです。上流で雨がなかったので」
それだけ答えて、次の欄へ数字を移す。
二年前、この人はまだ怖いですと言った子どもだった。
いまは、怖いとも許すとも言わない。
姉のように許すか信じるかを決める場所には立たず、自分の署名で水門を開ける者として、隣に立つ相手と数字を確かめるだけだった。
水の音と一緒に、子どもたちが両側から走り出す。
悪意が見えなくてもいい。
誰かが正しく導いてくれると、信じなくてもいい。
間違いを記録し、止める者を残し、選び直せるようにする。
もう、誰も世界をやり直せない。
だからこの国は、何度でもやり直せる。




