↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
43/48

第43話「もう戻れない王冠」

 六日目。


 砦冠の息子が源流神殿へ入ったとき、魔王は国境の両軍へ向けて通信を開いた。


 シェラの糸だけではない。神殿と王宮を結ぶ、国の正式な回線だった。


 古冠は止めなかった。


 七日目に廃位される王であっても、隠した事実を自分の口で明かす責任は残っている。


「魔王国のすべての民と、人間国軍に告げる」


 魔王は黒冠を手にしていた。


「この王冠に、やり直す力は残っていない」


 黒冠が世界を巻き戻せることは、建国以来の言い伝えとして知られていた。


 残りが何度あるかを知るのは、黒冠院だけだった。


 その数が尽きたという事実が、国中へ流れた。


 王宮では泣き出す者がいた。


 国境では、次の世界で死者が戻ると信じて戦っていた兵が剣を落とした。


 一方で、王が国の切り札を失ったと知り、敵が攻め込むと叫ぶ者もいる。


 事実を公開すれば安心が広がるとは限らない。それでも、虚偽の安心に国を預け続けることはできなかった。


「最後の力は六年前に使った。私が失敗しても、この世界は続く。死者は戻らない。焼けた家も、流された畑も元には戻らない」


 源流神殿で、その声を聞いた反乱者たちが動きを止めた。


 砦冠の息子だけが叫んだ。


「嘘だ! 王はいつでも逃げられると、父の記録にあった!」


 アレクシアはフェンとともに神殿の正面へ着いた。


「あなたは、やり直せるから村を焼いたの?」


 男は彼女を見た。


「人間の悪妃か。お前も次の世界へ行けばいい。この戦いの結果を王へ教えれば、次はもっと上手く勝てる」


「次などないわ」


「王が隠しているだけだ!」


「隠していたから、王位を失うのよ」


 男の顔から、初めて笑みが消えた。


 アレクシアは、一回目の痛みを覚えていた。


 脇腹へ入った刃。崩れた城壁。逃げていく男の背中。


 ここで彼を殺せば、過去の自分が少しだけ報われる気がした。


 帳簿が開く。


 男の名の横には、焼いた村、売った武器、偽の人質、消した命令が並んでいた。


 だが、そこにアレクシア自身の復讐は書かれていない。


「裁判へ連れていきます」


 アレクシアは告げた。


「あなたが私を殺したからではありません。今、この世界で行ったことを、この世界で償わせるために」


「私がお前を殺した? 何を言っている」


「あなたが知らなくていい、終わった世界の話よ」


 復讐の相手には、自分が何をされたか理解させたかった。


 だが、彼に前の世界の罪まで背負わせれば、今の世界の法を自分の記憶で曲げることになる。


 砦冠の息子は柱へ火薬を置いた。


「ならば、世界ごと終わらせてやる!」


 爆発が起きた。


 石の床が割れ、地下水が噴き上がる。


 魔王が神殿へ着いたとき、反乱者を追えば男をその場で討てた。


 だが、崩れた水路の先には集落があった。


 魔王は剣を捨てた。


「ザハル! 流れを西へ!」


「承知!」


 ザハルが水路へ飛び込み、全身で水の向きを変える。ガランが崩れた柱を支え、マルザとニムが住民を高台へ走らせた。


 魔王は濁流へ入り、倒れた子どもを抱き上げる。


 その間に、砦冠の息子は神殿の裏口へ逃げた。


 そこで待っていたのは、フェンだった。


「やり直せると思ったから、何人死んでもよかったのか」


 男が剣を抜くより早く、フェンが腕を地面へ押さえつけた。


「俺たちは、やり直せないから道を選んだ」


 源流神殿は崩壊した。


 《水印》はルルクの体に包まれて残った。集落の住民にも死者は出なかった。


 負傷者は十九人。家を失った者は六十三人。神殿の修復には年単位の時間がかかる。


 翌朝の掲示には、それも書かれた。「死者なし」だけを勝利として掲げなかった。


 夜、剣冠が神殿へ来た。


 泥だらけの魔王と、武器ではなく道具を持つ八種族を見た。捕らえられた反乱者と、保護された人間国兵も見た。


「人間国への全面攻撃命令を撤回します」


 剣冠は告げた。


 魔王は頷いた。


「廃位への同意は?」


 アレクシアが尋ねた。


「撤回しない」


 剣冠は魔王をまっすぐ見た。


「今日、陛下が民を救ったことと、六年間、国の最後の備えを隠したことは別です」


「私が公布の猶予を認めたことも、廃位を撤回する理由にはしません。正しい判断を一度したからといって、監督が不要になる王を作るつもりはない」


「それでいい」


 魔王は答えた。


 七日目の日没、王宮の広場で廃位の儀式が行われた。


 魔王は自分の手で黒冠を外した。


 剣冠へ軍の印を、古冠へ国政の印を返す。新しい統治者が選ばれるまで、黒冠院が暫定的に行政を預かる。


「本日をもって、あなたの魔王としての権限を停止します」


 古冠が宣言した。


「異議はありますか」


「ない」


 王ではなくなった青年は、空になった頭を下げた。


 広場に歓声はなかった。


 彼が国を売ったわけでも、民を捨てたわけでもない。


 それでも、善い行いが責任を消さないことを、国全体が見届けた。


 国境の戦いは終わった。


 しかし人間国の王宮は、敗北を認めなかった。


 反乱軍を正規の先遣隊と呼び、投降した兵を裏切り者と発表した。


 軍の重臣たちは、エドガー王へ総動員令を差し出した。


「今ここで退けば、王家の威信は終わります」


 エドガーは震える手で羽根ペンを持った。


 その隣で、ベアトリスは三冊の記録を机へ置いた。


「署名する前に、議会へ行きましょう」


「ベアトリス?」


「陛下が何を思っていたかではなく、何をしたかを、国民に見てもらいます」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。