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第41話「悪妃の解散命令」

 二日目の朝だった。


 旧離宮の共同地図室に、八人が集まっていた。


 長机には、書きかけの避難路の図が広げたままになっている。


「嫌です」


 最初に答えたのは、スライム族のルルクだった。


 言葉は、もう途切れていない。


 あまりに早かったため、アレクシアは聞き返した。


「命令の意味を分かっている?」


「はい。分かった上で、記録庫は閉じません。記録はアレクシア様の持ち物ではありませんから」


 悪魔族のセヴランが解散命令を持ち上げた。


「私が結んだ契約も、あなた個人との契約だけではありません。避難する市民、投降する兵、保護を求めた村との約束があります」


 ゴブリン族のニムが帳簿を抱え直した。


「これを放り出したら、明日の食料が届かないよ」


 オーガ族のガランが腕を組む。


「橋も避難所も、途中で捨てられん」


 オーク族のマルザが鼻を鳴らした。


「腹をすかせた者は、命令書を食べてはくれないからね」


 スパイダー族のシェラは天井に張った糸を一本はじいた。


「国境から、今も助けを求める声が届いています。糸を切っても、その声は消えません」


 銀狼族のフェンは、首輪のない首に触れた。


「俺は命令でここにいるんじゃない。自分で道を選ぶと決めた」


 最後に、リザードマン族のザハルが言った。


「川は王妃のものではない。魔王のものでもない。両岸で暮らす者のものだ」


 アレクシアは八人を見回した。


「反乱者にされるかもしれないのよ」


「では、誰が指揮を執るんです?」


 ニムの問いに、全員が黙った。


 アレクシアの命令へ逆らうことと、アレクシアなしで動けることは同じではない。


 フェンが言った。


「国境までの道は俺が決める」


「速い道が安全とは限らない」


 ザハルがすぐに反対した。


「では、食料の配分は私が」


 ニムが口を開くと、マルザが首を振った。


「数字だけで腹の減り方は決められないよ」


 ガランは避難所を先に作るべきだと言い、ルルクは被害記録を取る者がいなければ同じ村が二度置き去りになると主張した。


 八人の声が重なった。


 アレクシアは止めなかった。


 以前なら、自分が最も効率のよい順番を決めていた。そのほうが早い。失敗したときも、責任を自分へ集められる。


 だが、それでは彼女が倒れた瞬間、全員が止まる。


 セヴランが紙を八枚に分けた。


「一人の指揮官を置くから争うのです。仕事ごとに責任者を決め、二つ以上の部門へ影響する決定は合議にしましょう」


「票が四対四なら?」


 シェラが尋ねる。


「被害を受ける住民の代表へ決定権を渡します」


「時間がないときは?」


「人命を守るための一時判断だけを現場責任者へ認めます。ただし、あとで必ず報告し、審査を受ける」


 ニムが紙を奪い、費用を公開する条項を書き足した。


 マルザは、敵兵にも最低限の水と食料を残すと加える。


 フェンは位置を報告しない自由を求め、シェラは連絡が途切れた場合だけ捜索すると修正した。


 彼らは争いながら、自分たちの規則を作り始めた。


 アレクシアの帳簿が開いた。


 八つの名前の横にあった細い線が、次々と伸びていく。


 線はアレクシアへ向かわなかった。


 村、倉庫、裁判所、水門、避難所へつながっていた。


 文字が浮かぶ。


 《叙任、完成》


 《役目は、任じた者から独立しました》


 アレクシアは、自分の能力が部下を強くするものだと思っていた。


 違う。


 仕事を与え、責任を渡し、最後には自分がいなくても続くようにする。それが、この力の終わりだった。


「分かりました」


 アレクシアは解散命令の裏へ、新しい規則を書いた。


「私の私兵は、本日をもって解散します。同時に、八部門を共同救援隊として独立させます。代表は八人の合議。私は国境交渉担当として、一票だけを持つ」


 ルルクが体を震わせた。


「一票は持つんですね」


「勝手に置いていくつもり?」


 小さな笑いが起きた。


 剣冠は新しい規則を読み、長く黙った。


「軍命令を受けない武装集団は認めん」


「武装は護衛用だけです」


 セヴランが答えた。


「会計も人員も公開し、住民代表の監査を受けます。私兵ではなく、救援組織です」


「言葉を変えただけではないのか」


「ならば、活動を見て判断なさい」


 アレクシアが言った。


 剣冠は許可を与えなかった。


 だが、止める命令も出さなかった。


 その日の午後、八つの部門は首都軍より先に国境へ出発した。


 武器を積んだ荷車は少ない。


 代わりに、紙、食料、杭、糸、薬、水門の道具を満載していた。


 彼らを動かしたのは、悪妃の命令ではなかった。


 アレクシアは、門から荷車が消えるまで見ていた。


 対等な関係で仲間の出発を見送るのは、初めてだった。

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