↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/48

第18話「命令を拒む城壁」

「十二軒を今夜中に取り壊します」


 アレクシアは集めた作業員へ命じた。


「住民は旧離宮で受け入れる。家の補償は、裁判に勝ってから血冠家へ請求します」


 勝てなければ補償する者はいない。わかっていながら、アレクシアは口にしなかった。


 誰も返事をしなかった。


 貧民街の家は古い。だが、そこには暮らしている者がいる。裁判に勝つまで住まいを失えと言われて、納得できるはずがない。


「ガラン。始めなさい」


「できません」


「できない理由は?」


「家の壁が隣と支え合っています。十二軒を壊せば、三十軒以上が傾きます」


「なら、三十軒を先に避難させます」


「それでも壊しません」


 アレクシアの声が冷えた。


「私の命令を拒むの?」


「はい」


「鉱山であなたを救助係にしたのは私よ」


「だから、家を壊せるようになったわけではありません」


 周囲の使用人が息を止めた。


 人間国にいたころなら、その場で追放していた。命令へ逆らった一人を許せば、次は全員が逆らう。


 アレクシアの意識に、帳簿の頁が開いた。


 だが、記された名前はガランではない。


 ――アレクシア・エルデンブルク。


 ――婚姻と権限を守るため、三十以上の家族へ住居を失う危険を負わせる。


 黒い文字から伸びた線が、目の前の家々へつながっていた。


「私の名前……」


 これまで何度も、過去の自分が悪かったと認めてきた。それでも帳簿に、自分が現在選んだ加害を見せられたのは初めてだった。


 頁の下に、新しい文字が浮かぶ。


 《記帳》


 命じた事実は、取り消しても消えない。


 けれど、頁の端で伸びかけていた線は止まった。


 命令を撤回すれば、命じた責任は残るが、これから生まれる被害までは増えないらしい。


「アレクシア様」


 セヴランが呼ぶ。


「……命令を撤回します」


 その一言を口にするだけで、喉が痛んだ。


「ガラン。代案があるから拒んだのでしょうね」


「あります。家を支える壁を先に補強します。それから井戸を広げて、横穴を掘ります。時間はかかりますが、家は壊しません」


「審理は明日の正午よ」


「夜明けまでに保管庫へ届きます」


「間に合わなければ?」


「私が責任を負います」


「あなた一人の責任にはしないわ。採用した私の責任でもある」


 アレクシアは住民たちへ向き直った。


「勝手に家を壊そうとしました。謝罪します」


 許すという声はなかった。当然だった。


「井戸を使わせてください。壊した場所は、元より丈夫に直します。作業中は旧離宮で食事を用意します」


「口約束なら要らないよ」


 若いゴブリンが言った。


「明日の裁判に負ければ、あんたは権限を失うんだろう。そのあと誰が直す」


 アレクシアは返す言葉を失った。住民たちは、彼女の事情を知らないのではない。


 知ったうえで、その事情に生活を賭ける気がないのだ。


「修繕用の木材と費用を、先にこちらへ渡します」


 ニムが残りの予算を計算する。


「旧離宮の十日分の食費が減ります」


「それでも渡して。失敗した側が飢えるべきで、家を壊されかけた側ではないわ」


 セヴランが契約を書き、井戸を使う範囲、壊した場合の補償、作業を中止させる住民の権利まで記した。


 代表三人が署名するまで、誰も道具へ触れなかった。


 長い沈黙のあと、年老いたスパイダー族の女性が言った。


「ガランが壁を支えるなら、使っていい」


 アレクシアではなく、ガランを信じたのだ。それでよかった。


 作業は夜通し続いた。


 ガランは家々へ木枠を組み、壁の重さを一本ずつ確かめた。


 ニムは必要な板と縄を数え、一本も不足させない。


 ルルクは細い隙間へ入り、地下の空気が流れる場所を探した。


 アレクシアも泥を運んだ。


 手伝ったからといって、謝罪が済むわけではない。


 住民は必要な指示だけを出し、彼女へ礼を言わなかった。


 アレクシアも感謝を求めなかった。


 夜半、井戸の壁が一度崩れた。


「下がってください」


 ガランが身体で木枠を支える。腕が震えても、すぐには掘り直さない。土が落ち着くまで待ち、別の角度から支柱を入れた。


「急げば間に合う」と作業員が焦る。


「急げば、この上の家が沈みます」


 その言葉で、全員が手を止めた。裁判へ間に合わせるための作業だったはずが、いつの間にか、家を守ることが先になっていた。


 夜明け前、井戸の底でガランが手を上げた。


「この向こうです」


 最後の石を外すと、冷たい空気が流れ出した。


 地下室には、種族ごとに異なる文字で名前が刻まれた石板が並んでいる。


 中央の台に、一冊の厚い文書が置かれていた。


 セヴランが表紙の埃を払う。


「建国盟約の原本です」


 最初の頁には、魔王国の歴史から消された名があった。


 ――人間族代表。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。