第17話「王統の器」
西鉱山から戻った翌日、黒冠院はアレクシアと魔王の婚姻契約を停止した。
血冠が提出した申立書には、こうある。
――人間は建国盟約に署名しておらず、王統に加わる資格も、魔王国の民へ役目を与える資格もない。
停止は、婚約の名だけに関わるものではなかった。
妃候補として与えられた予算は凍結され、アレクシアが任じた会計係や救助係も、審理が終わるまで仮採用へ戻される。
護衛を王宮の外へ動かす権限さえ失う。
血冠は、一度にすべての手足を奪う条文を選んでいた。
「ずいぶん都合のよい時期に見つかった規則ね」
アレクシアは公開審理の席で、魔王の叔父である血冠を見た。冷たい顔には侮りも怒りもない。
「規則は最初から存在した。陛下が私情によって見落としていただけだ」
「毒殺で追い出せなかったから、次は法律?」
「毒殺事件と血冠家は無関係だ」
黒い文字は出ない。少なくとも、あの毒には関わっていない。
「鉱山の爆破は?」
「証拠を示しなさい」
命令書を持った役人は、崩落した通路の奥にいる。帳簿に見える悪意だけでは裁けなかった。
血冠は魔王へ向き直った。
「陛下。人間の娘へ居館を与え、低位種族を集めさせ、軍の補給記録にまで触れさせた。これ以上は、王統を危険へさらします」
「婚姻契約は、黒冠院の審議を経ている」
「古い王統法との矛盾が判明した以上、審議をやり直すべきです」
「鉱夫を殺して作った判明でなければな」
「それでも、手続きは手続きです」
「人間が王統へ入れば、何が起きるとお考えですか」
古冠が問うと、血冠は初めてアレクシアを見た。
「人間は、かつて一つの構成種族にすぎなかった。それが数を増やし、自らの国を作り、国境を引いた。私は陛下を、人間の人口と王位継承の争いへ差し出すつもりはない」
「陛下が十歳で帰国されたとき、王族の半数は即位候補から外すよう求めました」
血冠の声は平らなままだった。
「人間国の夢を見て、人間の食事を好み、人間の娘の名を寝言で呼ぶ子どもだった。私は自家の継承順位を下げ、あの方が黒角王家の正統な後継者だと保証した」
魔王の指が、椅子の肘掛けへ食い込んだ。
「その保証を、後悔しているのか」
「いいえ。だからこそ、王位を私情で動かさせません」
「私を王にしたのではなく、人間国で育った部分を消したかっただけではないのか」
血冠は答えなかった。
その沈黙に、黒い文字は出ない。甥を愛していないのではない。
人間国で覚えたものを切り落として初めて守れると、今も信じているのだ。
言葉のすべてが偽りではない。
人間国が独立するまでに争いがあり、魔族の村も焼かれた。
その記憶を利用しているからこそ、血冠の主張には従う者がいる。
けれど、恐れに根拠があることと、鉱夫を巻き込んで証拠を消してよいことは別だった。
審理の後、魔王は執務室の窓辺に立っていた。
「血冠を拘束する」
「できるの?」
「王命を出す」
「証拠がないまま叔父を捕らえれば、王統を守るための申立てが正しかったと証明するだけよ」
魔王は答えなかった。
「あなたを育てた人なのね」
「人質から戻った私を保護し、王位争いから守った」
「夜になると、人間国の童謡を口にした。叔父は私が忘れるまで、毎晩、扉の外で王統史を読んだ」
「優しかったのね」
「ああ。翌朝には、その楽譜を燃やした」
守ることと削ることを、血冠は最初から分けていなかった。
「だから、裏切りを認めたくない」
「情だけでためらっているわけではない」
「情も含まれているのでしょう。私を選んだ理由と同じように」
魔王は否定しなかった。
「叔父を捕らえれば、私が王であるために消されたものは戻ると思っていた」
「戻らないわ」
「わかっている」
「では、彼を罰するためではなく、鉱夫と記録を守るために動きなさい。あなた自身の傷は、裁判の証拠にはならない」
アレクシアが《悪意の帳簿》を証拠にできないのと同じだった。魔王も、正しい怒りだけで叔父を裁いてはならない。
アレクシアは初めて、自分が彼の切り札ではなく、弱点になっていると理解した。
魔王が強引に守るほど、血冠は王が人間の女に操られたと主張できる。
「王命は出さないで。私が法律で勝ちます」
「期限は三日だ。負ければ、お前の居館と任命は失われる」
「三日もあるのね」
「強がるな。予算の支払いは今日から止まる」
「なら、旧離宮の食料が何日もつかを先に数えます。勝てると信じることと、負けたときの備えをしないことは違うもの」
旧離宮へ戻ると、セヴランが床一面に目録を広げていた。
「建国盟約の写しは、血冠家が管理するものしか残っていません。しかし、百八十年前の書庫目録に原本の移管記録があります」
「どこへ?」
「旧種族街の共同保管庫です」
人間国との独立戦争のあと、異なる種族が混住していた区画は段階的に閉じられ、百二十年前に完全に封鎖された。
現在、その上には雑役や従属労働に置かれた者たちの貧民街が広がっている。
「血冠家が原本を捨てなかったのはなぜ?」
「盟約そのものを失えば、血冠家が建国九氏族である根拠も失います。自家に必要な頁だけ残したかったのでしょう」
消したい歴史と、自分を支える歴史が同じ一冊にある。だから燃やせず、誰にも見つからない場所へ閉じ込めた。
「入口は?」
「西鉱山から続く地下道です。昨日の爆発で崩れました」
ニムが古い市街図と現在の地図を重ねる。
「真上からなら入れます」
彼女が指した場所には、家が密集していた。
地図の上では小さな四角にすぎない。
しかし現地の記録には、スパイダー族の織物工房、銀狼族の母子が暮らす家、共同の炊事場と書かれている。
十二軒を壊せば、少なくとも五十人が住まいと仕事場を同時に失う。
「何軒壊せばいいの」
「最短なら十二軒です」
審理の再開まで、残り二日。住民を説得し、移す時間はない。
アレクシアは地図を見つめた。
「壊します」




