第16話「鈍いオーガ」
崩れた土砂の向こうから、助けを求める声が聞こえた。
「中に何人いるの」
「四十七人です」
「救助隊を出しなさい」
「二次崩落の危険があります。砦冠家の技師を待たなければ」
「王都から何日かかるの?」
「早くて二日です」
待てば、生き埋めになった者が死ぬ。
それでも鉱山監督の周りに黒い文字はなかった。規則に従うことしか考えておらず、本当に危険を判断する力もない。
アレクシアは補給契約をセヴランへ渡した。
「荷物の受領が終わるまで、私たちには鉱山内の物資を保全する義務がある。そうね?」
「人命を物資へ含めるのは、かなり強引です」
「禁じる条文は?」
「ありません」
「では、救助の指揮を引き取ります」
監督が青ざめた。
「人間の妃に、その権限は――」
「私が失敗すれば越権行為で訴えなさい。成功したら、あなたが二日待とうとしたことを記録に残します」
アレクシアは、地面へ手を当てたままのオーガへ向き直る。
「名前は?」
「ガランです。荷運びをしています」
「何がわかるの」
「空洞の位置と、土の重さです。南坑道は崩れましたが、古い排気路は残っています」
「救助できる?」
ガランはすぐに答えなかった。周囲から失笑が漏れる。
「やはり鈍い」と誰かが言った。
ガランは目を閉じ、指先へ伝わる震えを確かめていた。
「三十三人はできます。十四人は場所がわかりません」
「全員助かるとは言わないのね」
「わからないことを、わかるとは言えません」
耳ざわりのよい返事を急ぐ者より、ずっと頼りになる。
「十分よ。まず三十三人を出して、残りを探す」
ニムが鉱山の在庫表を広げた。
「坑道用の梁が百二十本あるはずです」
「倉庫には七十本しかない」と監督が言う。
「五十本消えた?」
「いいえ」
ニムは、崩れた入口脇の新しい木くずを拾った。
「切られています。支柱から外して、爆薬を置く場所を作った」
黒い線が、南坑道から監督の補佐役へ伸びた。男が逃げようとする。
「捕らえなさい」
アレクシアが命じるより早く、ガランが男の前へ腕を置いた。
「いま走ると、東側も崩れます」
男は動きを止めた。
「……脅しているのか」
「事実です」
ガランは腕を下ろさなかった。
脅しではなかった。地面が揺れ、男はその場へ座り込んだ。
ガランの案内で、作業員たちは古い排気路を掘った。
ニムが足りない梁の代わりになる荷車の車軸を数え、ルルクが狭い隙間へ身体を伸ばして、生存者の位置を探る。
「一度に掘るのは三人までです」
ガランは土へ線を引き、待機する場所を決めた。
「なぜだ。人数を増やせば早いだろう」
「六人が同じ場所へ乗れば、下の空洞が潰れます。三十回、息をするごとに交代してください」
鈍いのではない。一つの答えを出すまでに、地面の音、土の重さ、作業員の足の位置まで聞いているのだ。
監督はなおも責任問題を口にしたが、救助された鉱夫の妻たちが道具を運び始めた。
旧離宮の者も、砦冠家の者も、その列へ加わる。
誰を助け、誰を捨てるかで手を止めたのは、最初の一度だけだった。
一人目が運び出されたのは、一時間後だった。
敵方の印を胸につけた鉱夫を見て、旧離宮の使用人がためらう。
「砦冠家の者です」
「生き埋めになるとき、どこの派閥かは関係ないわ」
アレクシアは自分の外套を裂き、止血の布にした。
夜までに三十三人が救出された。
ガランは食事も取らず、地面の音を聞き続けている。
「残りは?」
「下です。図面にない空間があります」
ニムが古い記録をめくった。
「百年前の坑道図には、倉庫が一つあります。封鎖済みと書かれています」
ガランは岩壁の一点を示した。
掘り抜くと、十四人は石造りの地下室に逃げ込んでいた。全員、生きていた。
最後に運び出された老鉱夫が、アレクシアの袖をつかんだ。
「あんたが、人間の妃か。血冠様の役人が、ここを探っていた。人間を王家から追い出す証拠を見つけるんだと」
セヴランが身を乗り出す。
「何を探していたのです」
「昔の盟約だ。見つからなければ、地下室ごと埋めろと言われた」
「命令書は?」
「役人が持っている。爆発の前、南の通路へ入った」
捕らえた補佐役は唇を噛んだ。
ニムは補佐役の鞄を、監督と鉱夫二人の前で開かせた。中から濡れた命令書と、爆薬の受領札が出てくる。
「誰が、どこで見つけたかを書きます。妃殿下だけが見た証拠にはしません」
命令書には血冠院の印があった。ただし、命じた者の名は記号で隠されている。
これだけで血冠院すべてを罪に問うことはできない。
それでも、事故として片づけることはもうできなかった。
その周りに黒い文字が浮かぶ。
――血冠の婚姻無効申立てに不利な記録を、坑道ごと消す。
王宮の争いは、もう旧離宮の中だけでは済まなくなっていた。




